6話 教会
「おやすみ、四包。」
翌朝。身体が重い。風邪でも引いてしまっただろうか。そう思い目を開けると、そこにはつむじがあった。どうやら四包が僕の上に乗っかっているらしい。右腕を僕の胸の横に置き、左腕を僕の右腕に絡めて、僕の上でうつ伏せになっている。デタラメな寝相だ。よくそれで眠っていられるな。
不意に四包が身体を捩り、僕から見て右側にストンと落ちる。その衝撃で目が覚めたようだ。ふぅ、これでやっと解放され...マズい。その腕のポジションは非常にマズい。ナニがマズいとは言わないが、生理現象と言えばわかるだろう。
「おはよぉ、おにぃちゃん。」
「お、おはよう、四包。」
「お兄ちゃんって腹筋とかあるんだね。この辺とか結構硬いよ。」
四包はそう言ってポンポンと叩く。本当にヤメテ。
へばりついている四包を引き剥がして、急いで上体を起こす。
「うにゃぁ、おにぃちゃん、乱暴はよくないよぉ。」
「さっさと起きろ。足音が聞こえる。教会の朝は始まっているのだ。」
「なにそのドキュメント。」
部屋の扉を開けると、7人の子どもが元気よく走り回っていて、3人の大人たちがそれを追いかけている。いったい何事だろう。
おばちゃん...万穂さんに訊ねてみようと思い、辺りを見回していると、どこからか食欲を刺激する香ばしい香りが漂ってくる。
「チビども!朝ごはんだよ!顔を洗ってきな!」
万穂さんの怒鳴り声で、蜘蛛の子を散らすように逃げ回っていた子どもたちが手のひらを返して大人たちの元へ駆け寄る。魔法で顔に水をかけてもらっているようだ。何が面白いのか、子どもたちはキャッキャとはしゃいで楽しそうにしている。いつの間にか隣に来ていた万穂さんが話しかけてきた。
「おはよう、兄妹。」
「おはようございます。この子たちは?」
「ああ、この教会は孤児院としても使われているんだ。親を失ったこの子たちをまとめて面倒を見るのがあたし達の役目さ。あんたたちも、顔を洗ってきな。」
僕達も子どもたちの列に並ぶ。不思議そうな視線がちょっと痛い。僕達ぐらいの人は普通なら自分で魔法を使うものなのだろう。四包はまだ扱いに慣れていないし、僕に至っては使うこともままならない。大人たちは事情を知っているようで、同情の眼差しを向けてくる。四包はというと、そんな視線に少しも気付かず、子どもたちに笑顔で話しかけている。
「おはよう。」
「おはよう、お姉ちゃん。」
「ねぇ、どうしてお姉ちゃんたちは自分で顔を洗わないの?」
「私達はね、魔法がない世界から来たんだよ。だから魔法に慣れてないの。」
「ふーん?」
どうやらわかっていなさそうだ。
顔を洗ってもらい、食堂のような部屋の椅子に座る。ちなみに、魔法で顔を洗ってもらうのはちょっとくすぐったかった。大人たちが香ばしい香りの源であろう焼きたてのパンと牛乳を運んできてくれた。万穂さんがみんなの前に立って話し始める。
「おはよう、みんな。」
「「「「おはようございます!」」」」
「今日からしばらくの間、仲間が増えるよ!あんたたち!まずは自己紹介だ!」
「はい!御門四包っていいます!魔法のこととか、まだ全然わからないので、よければ教えてください!よろしくお願いします!」
「御門海胴です。四包の双子の兄で、17歳です。よろしくお願いします。」
パチパチパチパチ...子どもたちの素直な拍手が送られる。しかし、大人たちはあまり良い表情をしていない。突然世話をしなければならない子どもが増えたのだ、当然だろう。
「みんな!仲良くしてやっておくれよ!」
「「「「はーい!」」」」
「それじゃ、いただきます!」
「「「「いただきます!」」」」
食べ盛りの子どもたちにはパン1個というのは少ないのではないかとも思うが、こちらではこれが普通なようだ。
「子どもたちは食べ終わったら畑の方でいつも通り雑草の処理をお願いね。大人たちもいつも通り牛の世話だよ。」
「あの、僕達はどうしたら...」
「あんたたちは牛の世話のほうに行ってもらっていいかい?結構な力仕事なんだよこれが。」
そういえば、最初に見たときはこの辺り一面瓦礫だらけだったのだが、どこで農業や牧畜ができるのだろうか。
そう思って来てみると、ちょうど建物や瓦礫で見えなかったであろう場所に、池があった。そこから水を引いたりして畑や牧草地を作っているらしい。そこだけ妙に緑が多い。ここが街の中であることを忘れそうになるほど良い空気だ。
僕達はそこで普通に牛の世話をした。...これでいいのか異世界。もっとファンタジックなことは起こらないのか。
作業をしているとあっという間に日が暮れ、晩御飯だ。現在、子どもたちは既に寝ている。そんな時間に四包と喋りながら万穂さんを待つ。これからこの世界のことを話してもらう予定なのだ。
一旦四包との会話を切り上げ、お手洗いに席を立つ。すると帰りがけ、食堂のほうから灯りが漏れているのに気づいた。別にコソコソする気は無いが、ドアの前に立ち、隙間に耳を澄ませる。
「どうしてあなたはまた子どもを連れてくるのですか!」
「仕方ないだろう。放っておけなかったんだ。」
「あれくらいの子なら大抵のことは自分で何とかします!ただでさえ子どもが多いからと我々の配分は減らされているというのに!」
「何とかってどうするんだい?もし食料を求めて畑を荒らされたらどうする?」
「そ、それは...」
万穂さんが大人の1人と揉めているらしい。...これはあまり長居できなさそうだな。
そう考えて部屋に戻った。これからどうするか四包と相談しなくては。
秘密の作戦会議を終えたところでちょうど万穂さんがやってきた。
「おまたせ、じゃあ、話そうか。この国の話を。」
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