65話 大人
本日もまた、2本立てにございます。
「おい、お前。」
過労で動けない僕に、桜介君がぶっきらぼうな感じで話し掛けてくる。一応、僕の方が年上なのだが。
「お前、四包姉ちゃんのこと幸せにしてやれよ。」
「え?」
「だから、俺が選ばれなかったんだから、俺の分まで四包姉ちゃんを幸せにしろって言ってんだよ!」
いつも通りに振舞っていても、やはり昨日の告白に思うところがあったのだ。にしても、そんな言い方をするなら四包が好いている人に言うべきだろう。
「返事はどうした。」
「え、ああ、はい。僕の全身全霊を以て、立派に育て上げるつもりです。」
「育て上げるってお前...まさか、本当に気づいてないのか?」
「何がですか?」
唐突におかしなことを言い出す桜介君。気づいている気づいていないとは、何の話だ。
四包が自分で幸せを掴めるように僕が育成する。それが僕の生きる軸だ。それに気づいた桜介君は、教育者である僕に覚悟を問うたのではないのか。父親が歩んできた人生を踏まえ、僕に四包の人生を動かす覚悟があるのかどうかを。
「じゃあいい。なんでもない。忘れてくれ。」
「気づいていないって、どういう意味なんですか?」
「なんでもない!」
そう思っていたのだが、何やら違った様子だ。言うだけ言われて引っ込められるとどうしても気になってしまう。
「桜介君、どういうことなんですか?教えてください。」
「うるさい!気にすんな!」
顔を赤くしてそっぽを向く桜介君。その仕草はまだ13歳だから許される仕草だぞ。大人になってから男がそんな挙動を取ったら気持ち悪くて仕方ない。祐介さんにはこういったところを教育してもらわなくては。
そういえば、祐介さんには桜介君が四包を好きだと言っていなかったはずなのだが、聞かれていたらまずいのではないだろうか。
「祐介さん。今の聞いてましたか?」
「...」
「親父なら死んでるから心配しないでくれ。」
「心配してあげましょうよ!また電気ショック要りますか?」
「やめてくれ!疲れてるだけだから!」
また生き返った。よく倒れる人だ。何事も大袈裟に表現すれば良いというものではない。
そんな一悶着があってから、すぐ近くの祐介さん宅へ移動。元々3人住みであっただけあって、桜介君が暮らすスペースも、絵を飾るスペースも十分揃っている。
「さ、持ってきた物も片づいたことだし、晩御飯の準備にかかろうか。」
「うちの食堂なら広いので、そちらへ行きましょう。」
「万穂さん!その間この街の探検したい!」
「私も私も!」
「桜介兄ちゃんも行こ!」
「お、おう。いいぞ。」
「千代、梓、ついて行ってあげな。祐介さんも頼めるかい。」
「わかりました。」
「暗くなる前に帰ってくるんだよ!」
傾き始めた夕日に向かって駆け出す子どもたち。7色に並んだ衣服が揃うのは、おそらく今日で最後になるだろう。存分に楽しんで欲しい。
さあ、野菜は貰ったものが沢山ある。昨日が誕生日パーティーとするなら、今日はお別れパーティーとなる。引き続いて豪華な夕食にしようではないか。
こいつらに手を引かれて歩くのも、今日が最後になるのか。正確に言えば最後じゃないが、しばらく訪れることはない時間だ。この一瞬を記憶に焼き付けよう。
「ねえ桜介兄ちゃん、祐介さんと暮らすの楽しみ?」
「楽しみ半分、不安半分ってとこだな。何しろあの父親だからな。」
「ぐはぁっ。」
早那の質問に答えると同時に、後ろで親父が膝をついた音がするが、気にせず進んでいく。ここの道は結構舗装してあって歩き易いな。これなら手を繋ぎながらでも転ばないだろう。
「この道、夕日がすっごく綺麗だね。」
「そうだな。夕日がまっすぐ目の前に見えるなんて、いい趣味してる。」
「そこは「亜那のほうが綺麗だ。」とか言ってくれてもいいんじゃない?」
「はあ?なんでそんなことを言わなきゃいけないんだ。」
「うわ、ひっどーい。」
口ではそう言うが、悪戯っ子のような笑みを浮かべる亜那に怒る気配はない。それどころか、むしろ喜んでいるような。その表情はたしかに、綺麗と言えなくは無いかもしれない。
「...ん。」
「どうした、多那。何かあったのか?」
俺の袖を引く多那が指さす先にあるのは、小さな人形。どうやら売り物のようで、硝子越しに飾ってある。
「欲しいのか?」
「ん。」
「悪いな、お前にあげられるほど財力は無いんだ。俺がもっと大人になったら買ってやるよ。」
「ん!」
分かりにくいが、どこか嬉しそうに首を縦に振る多那。そんな表情を見せたのは何時ぶりだったか。最初の頃はおかしな奴だと思っていたんだが、慣れてくると、若干の違いも察知できるようになった。
「桜介兄ちゃん、あれ!あれ!」
「浩介、そんなにはしゃぐと転ぶぞ。何があるって言うんだ。」
「流れ星!」
「嘘つけ。こんな明るいのに見えるわけないだろう。吐くならもっとマシな嘘をだな」
「ほんとだ!桜介兄ちゃん!あれだよあれ!」
「香那まで、何を言ってるんだ。そんなもの見えるわけが...」
あった。どこかうっすらとしているが、オレンジ色に照らされたその姿はまさに流れ星。形はそれそのものだ。
「でもあれは流れ星じゃないぞ。見えてる時間が長すぎる。」
「じゃあ何?」
「いや、それは...わからんな。」
「えー。じゃあ流れ星でいいじゃん。そのほうが夢があるよ。」
その流れ星もどきを見て立ち尽くした。もうすぐ日も落ちる。並んで見る最後の景色がこれとは、なかなか粋なものだ。
「うぇっ、ぐすっ。」
「おい、どうした、宗介。急に泣き出したりして。」
「ひっく、えぐっ。」
「ほら、ゆっくりでいいから言ってみろ。言わなきゃわからんぞ。」
「だってぇっ。ひぐっ。桜介兄ちゃん、もうお別れだからぁ。」
日が落ち、世界が暗く沈んでいく。
5歳児が放った「お別れ」という言葉に、ほかのやつらの視線も沈みがちになる。これから最年長になる亜那は、殊更明るく振舞った。
「大丈夫。きっとまた会えるよ。」
「ひっく。次はいつ?」
「えっ、と、それは...」
「ぐすっ。うあぁぁんっ!桜介兄ちゃんとっ、ぐすっ、離れたくないよぉ!」
ついには声を上げて涙を流し始めた。早那だって浩介だって、目には涙を溜めている。みんな我慢してたんだ。俺だって...
「俺だって、お前らのことが大好きで、ずっと一緒にいたい。でも、それと同じくらい、大人にだってなりたいんだ。」
「おと、な?」
「そう。大人になるには、いつまでもお前らと一緒にいる訳にはいかない。わかってくれるな。」
「ぐすっ。うんっ...桜介兄ちゃんがしたいこと、応援、する!」
「ありがとう、宗介。」
「私もっ!応援するっ!頑張って!桜介兄ちゃん!」
「頑張って!桜介兄ちゃん!」
「頑張れ!桜介兄ちゃん!」
「...ん!」
「お前ら...ありがとう。」
なんて良い弟妹を持ったものだろう。別れを惜しむことを止め、俺を応援してくれるというのだ。本当に良い家族を持った。親から見放されようが、女にフラれようが、俺は幸せ者だ。
「お前らも早く大人になって、俺に追いついてこい。」
「「「うんっ!」」」
涙を拭いて、元来た道を帰る。もう迷いなんてない。俺は宣言したんだ。愛すべき家族に。「俺は大人になる」と。
「どうしたんだい、あんたたち。」
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