62話 好意
「俺と付き合ってくれ。」
暗い教会の裏で、突然に愛の告白が始まった。まさか桜介君が四包にそんな感情を抱いていたとは。
不意に僕の後ろから小さく足音が響いた。驚いたようにその足音は動きを止めたが、暫くして歩き始め、僕のすぐ後ろに立ち止まった。
「まさか海胴兄ちゃんも来てるなんてね。」
「亜那ちゃん?」
ヒソヒソと耳打ちしてきたのは、なんと亜那ちゃんだった。夜中に抜け出してきた桜介君を怪しんでつけてきたらしい。僕と一緒ということだ。
「一目見たときから気になっていたんだ。もう一度言おう。俺と付き合ってくれ。」
「ごめんなさい。」
一刀両断。迷う間も、戸惑うような隙もなかった。桜介君もさぞ驚いていることだろうと思ったのだが、見たところ取り乱すような様子もなく、それどころか落ち着いている。
「今じゃなくたっていい。きっといつか四包姉ちゃんを幸せに出来るくらいになってみせる。だから」
「ごめんなさい。」
食い気味な謝罪。さすがの桜介君も、これには奥歯を噛み締めた。
にしても一目惚れとは、やはり祐介さんの息子だな。
「理由を、聞いてもいいか。」
「私ね、心に決めた人がいるの。」
「そいつが四包姉ちゃんに興味が無くてもか。」
「それでも。私はあの人のために生きるよ。」
力強い意志を感じる瞳で桜介君を捉え、真っ向から気持ちをぶつける。それでこそ、正直に気持ちを告白した人に対する礼儀というものだろう。
「やっぱり駄目かぁ。」
「亜那ちゃんは知っていたんですか?」
「そりゃあねぇ。見てたらわかるよ。桜介兄ちゃんは四包姉ちゃんの前だと凄い堅くなってるし。四包姉ちゃんだってたまに物思いに耽ってる感じするもん。」
本当か。全く気づかなかった。そう考えると、四包と桜介君の絡みは少なかったように感じる。桜介君が恥ずかしがって話せていなかったのかもしれない。
「言いたかったのはそれだけだよ。首飾り、ありがとな。あと、夜遅くに呼び出してすまなかった。」
「いいよ。応えてあげられないでごめんね。」
にしても、四包に好きな人か。いったいどんな人だろう。この世界に来たときに、未練は無いと言っていたが、いよいよそれも怪しくなってきたな。四包が数週間やそこらで人を心から好むなんてことがあるとは思えない。母さんと僕の例からして、好きな人にはべったりの性分だからな。この世界にいたならば、離れようとはしまい。
「それじゃあ、おやすみ。」
「ああ、おやすみなさい。」
四包が帰ろうとしたその瞬間、強い風が吹いて、月に掛かった雲が流れると同時に、くしゃみをしたい欲求が。耐えろ。今見つかったら気まずさで死ぬ。
そんなささやかな僕の頑張りも虚しく、後ろからクシャミが聞こえてしまった。亜那ちゃん、お前もか。
「あ...」
「亜那?」
「お兄ちゃん?」
見つかった。予想通り、とても居心地が悪い。気まずい沈黙の時間が流れ、最初に口を開いたのは四包だった。
「お兄ちゃん、どこから、いたの?」
「えっと...月が綺麗だな。のあたりから?」
「ほぼ最初からじゃねえか!」
「てへへ、2人がこんな時間に抜け出すものだから気になっちゃって。悪いなぁとは思ってたんだけどさ。ごめんね。」
「まったく、お前らだけならまだマシか。万穂さんなんかに見つかったら明日どんな眼差しを向けられるかわかったもんじゃない。」
「嘘...お兄ちゃん、聞いてたの?」
桜介君は割り切ったみたいだが、四包の様子がおかしい。そこまで気にされると、こちらとしては謝るしかない。
「四包、盗み聞きしたことは悪かった。ごめんなさい。」
「ううん、それはいいの。心配かけちゃったんだと思うし。」
「そ、そうか。」
僕達の空気感を怪しんだ亜那ちゃんと桜介君は、いらぬお節介で教会へ帰ってしまった。また気まずい空気が流れる。
「えっと、好きな人...なんだけど、お兄ちゃんは気にしないでいいから!」
「お、おう。わかってるよ。」
言い切る前に脱兎のごとく逃げ帰ってしまった。月にまた雲がかかり、僕は暗闇の中に1人取り残される。
四包はああ言っていたが、これからは元の世界に戻るための情報収集もしなければ。折角妹に好きな人がいると知れたのだ。嬉しいような悲しいような複雑な気持ちだが、会わせてやるのが兄の務めだろう。
どうしようどうしよう。聞かれちゃった。誤魔化すみたいに「気にしないで」なんて言ったけど、さすがにあの鈍感なお兄ちゃんでも気づいちゃうよ。
再三お兄ちゃんには好きだって言ってるけど、お兄ちゃんは全部家族としてのものだと思ってる。一応告白のつもりではあるけど、関係が悪い方に変わっちゃうのが嫌で、好きだとしか言ってなかった。
でも今日は心に決めた人だなんてあからさまな表現をしちゃった。さすがに気づいちゃうよね。あー、明日お兄ちゃんとどうやって話したらいいんだろう。
「ぐえっ」
何か踏んだような気がするけど、今はそれどころじゃない。明日お兄ちゃんになんて声をかけるか考えないと。
視点が低い。それにここはマットが敷いてあって、周りではたくさんの子どもたちが思い思いに遊んでる。きっと私も同じくらいの年になっちゃってるんだ。ならここは夢の中かな。
「海胴くーん、四包ちゃーん。いらっしゃーい。」
「「はーい!」」
ちょうど私の後ろで遊んでいたお兄ちゃんと一緒に、先生のところへ向かう。懐かしいな。誕生日のときは「おたんじょうびカード」に手形を押して貰ってたんだ。あのときはそれだけでも嬉しかったなぁ。どことなく既視感があるし、これはきっと私の記憶の一部なんだろうな。
「ねぇ四包ちゃん。四包ちゃんの夢ってなあに?」
「んーっとねえ...」
保育士さんに尋ねられる。おたんじょうびカードに書く内容についてのことだったはず。あとから見返しても楽しめるようにって、幼稚園でこの先生だけがしてることだったんだ。
「んーっとねぇ、私は、お兄ちゃんのお嫁さんになる!」
「へーぇ。じゃあ海胴君に好きになってもらえるように頑張らないとね。」
「うん!」
「僕だって四包のお婿さんになる!」
「2人は両想いなんだね。」
「「うん!」」
先生が自分のことのように笑顔でいてくれたのを今でもちゃんと覚えてる。
あの頃はお兄ちゃんも私の正直な想いにちゃんと応えてくれたのになあ。今じゃ私がびびっちゃって正しく気持ちを伝えられてない。それにお兄ちゃんも勘違いしっぱなしだし。
そんな思考を巡らせている間にも、夢は進んでいく。だんだんハッキリしなくなってきた。あの頃の幸せな記憶の体験も、もうすぐ終わるんだ。
「戻りたいな。」
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




