61話 絵画
「ちょっと待っててね。」
そう言って外へと駆け出していく子どもたち。大人たちは全て知っているようで、玄関で黙って眺めている。彼女らが追いかけたりしないので、僕達も棒立ちしているしかない。
「浩介!そっちもうちょっと上げて!」
「香那姉ちゃん!そっち下がってるよ!」
「多那と宗介!弛んでるとこ押し上げてくれ!」
「もーちょっと待っててねーっ。」
子どもたちが運んで来たのは、扉ぎりぎりサイズの大きな紙。正確には絵だ。折り曲げたらいいんじゃないかとは思うが、折角の絵にシワをつけるのは興ざめか。
「亜那姉ちゃん、そっち掛けて!」
「よし!掛かった!早那、そっち貸して。私が引っ掛けるよ。」
「うん、ありがとう。」
協力して壁に掛けた絵は、教会を背に子どもたちが並んでいる姿だった。左から亜那ちゃん、香那ちゃん、浩介君、桜介君、早那ちゃん、多那ちゃん、宗介君の順で描かれている。桜介君が中心というところ以外は年齢順だ。
「せーのっ」
「「「桜介兄ちゃん、お誕生日、おめでとう!」」」
絵と同じ順番に並び、声を揃えて言う。さながら何かの発表会のようだ。その姿に桜介君は暫く呆然として、
「ぷっ、あははははっ!」
笑い出した。それはもう、心の底から。今までずっと、どこか寂しげな表情が現れていたのに、それが吹き飛んだような朗らかな笑い声。
子どもたちは不思議そうな顔をしているが、それは僕でさえクスリとしてしまうような絵だった。
「桜介兄ちゃん、これはね、自分で自分の絵を描いたんだよ。」
「はははっ。わかってるよ、そのくらい。誰がどんな絵を描くのかは、全部知ってる。でも、俺の絵は誰が描いたんだ?不均一すぎるだろ。くははっ。」
まんまるな顔に、白い髪。そこまではいい。
目は明らかに少女が描いたと分かる左目と、まるで自画像のようにリアリティのある右目。
「左の目は早那が描いて、右の目は多那が描いたんだよ。桜介兄ちゃんのはみんなで描きたかったんだ。」
代表して、亜那ちゃんが解説する。通りで不揃いなはずだ。それを抜きにして驚きを隠せないが。主に多那ちゃんのセンスに。
次に鼻は、多分浩介君。浩介君の絵も鼻の穴が異常に大きい。他のみんなは普通サイズなのに、どうしてここに浩介をキャスティングしたのかわからない。と思ったが、よく見ると浩介君は全体的に歪だ。苦手なのだろう。
口だって、唇が異様に分厚い。たらこ唇も行き過ぎるとこうなるのか。このタイプは多分、宗介君。本人の絵は1本線だが、それだと寂しかったのだろう。精一杯の自己主張だ。
耳は案外普通だった。少しだけ高さが違うが、この程度なら1人で描いていても発生するだろう。
「この手は誰だ?右手は浩介みたいだが、こんなふうに左手描く奴いたか?両方浩介か?」
右手は浩介君が描いたと桜介君が断言するだけあって、それ相応の出来だったが、左手はそれより酷い。右手はかろうじて手のひらがあるが、左手は手首から指が生えている。他の絵を見渡してもそんな人は見当たらない。
「すみません、私が描きました...」
「えっ、千代さん?」
「ううっ、恥ずかしい。」
顔を赤くして俯く姿はいつにも増して小さく見える。その姿は可愛らしいが、描く絵は混沌そのもの。試しに人の絵を描いてもらったら、首と手のひらが消滅した。人様にお見せできるレベルではない。
「私たちが描いたところもありますよ。といっても背景くらいですが。」
「ありがとう、みんな。大事にするよ。」
「でも、こんなに大きな絵をどうやって持ち帰るんですか?」
「折るのは...駄目だよなあ。」
桜介君は思案顔を浮かべ、頼るように祐介さんを見るが、彼も良案は無いらしい。
「じゃあじゃあ、みんなで桜介兄ちゃんの家まで行こうよ!」
「いいね!」
「さんせーい!」
「こらこら、勝手に決めるんじゃないよ。あんたたち、1日中歩くことになるんだよ?」
「大丈夫だよ。ね、みんな。」
「「「うん!」」」
元気良く返事をする子どもたち。これはもう止まらないだろうな。行き先を想像して話を弾ませている。
「行くにしたって、泊まるところも無いだろうに。」
「うちの屋敷でしたら空き部屋がいくつかありますよ。」
「ちょっと海胴、あんたは子どもたちの味方なのかい。」
「ええ、まあ。みんなまだ桜介君と一緒にいたいでしょうから。」
「ぐむむ、仕方ない。ならあたしたちも付いていくからね。」
そんなこんなで、明日の旅立ちには教会のみんなも付いていくことになってしまった。雨が降らないといいのだが。もし雨が降ってしまったら延期になってしまう。
「みんなで桜介兄ちゃんを送りに行こう!」
「「「おおーっ!」」」
「俺と親父の意見は聞かないんだな。」
その晩。横に眠る四包がゴソゴソと動き出した気がして目が覚めた。静かにベッドを降りた四包は、抜き足差し足忍び足の要領で部屋を出ていく。
1度眠ったら朝までぐっすりの四包が、お手洗いに起きるなんて滅多にない。なのにベッドを抜け出すのは、相応の理由があるはずだ。
良いことではないとわかっていても、どうしても気になってしまい、後をつけた。四包に倣い、抜き足差し足忍び足。稔君を起こさないように部屋を出る。
「まだかなぁ。」
やってきたのは教会の裏手。以前僕と桜介君と万穂さんが話し合った場所だ。言い争ったというほうが正しいのか。その茂みの1角に身を潜める。四包はどうやら待ち合わせをしているようだ。
「遅くなった。ごめんなさい。」
「そっちから呼び出しといて遅れちゃ駄目でしょ。私もう眠いんだから。」
「本当ごめんなさい。」
待ち合わせの相手は桜介君のようだ。こんな時間に何の用だろう。それも四包1人を相手に。
「き、今日は月が綺麗だな。」
「ちょっと曇ってるけどね。空気が澄んでるのかな、星も綺麗に見えるよ。」
釣られて上を見上げると、木でよく見えないが、確かに星が沢山輝いている。月のあたりは曇っているが、そのおかげで暗闇に紛れることができているのでありがたい。
「なあ、四包姉ちゃん。」
「何?」
ここで桜介君は区切って、心臓を押さえるようにして深呼吸をした後、意を決したように四包を見つめた。
「俺と付き合ってくれ。」
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