60話 贈物
「受け取ってください。」
僕たち兄妹からのプレゼントはネックレス。教会の壁に描かれた「繋様」をモチーフにした装飾がしてある。
最初、四包が提案したネックレスという案だったが、材料が無くて頓挫していたところ「魔法でどうにかなるのでは?」と思いついた。実際にどうにかなってしまい、今に至る。
単純に、ドロドロに溶けた鉄を魔法で生み出し、僕が頑張って作った型に流し込んだだけなのだが、これがまた大変だった。型に流し込むと剥がれないので、作ったそばから型を壊さないといけない。鉄の塊を削るよりはマシだと思うしかなかった。
「へーぇ、すごいな。こんなの見たことない。」
「どんなの?!」
「見せて見せて!」
またもや子どもたちが桜介君に群がっていく。大人たちも興味があるようで、遠目からだが覗いていた。
正直、桜介君の誕生日プレゼントに、母さんに似たネックレスを作るのは気が引けるのだが、教会のシンボルといえばこれしか思いつかなかったのだ。
「この飾り、壁のとおんなじところに傷があるよ。」
「ほんとだ!すっごーい!」
「仕事が細かいですね。」
他の教会との差別化を図るために、1週間の滞在でさんざん見てきたあの「繋様」の特徴を再現した。
この教会の壁に描かれたものには、頬のあたりにシミのような傷がある。それを、少し削ることで表現。この作業は集中力が必要なだけで、特に辛いことはなかった。
「これだけ精巧だと、売れば結構な値段になるだろうな。」
「こら。心のこもった贈り物になんていうことを言うのですか。」
「あはは、もしまた祐介さんのせいで路頭に迷ったときは、売ってくれて構いませんよ。」
「絶対にさせませんよ。」
祐介さん、久々に喋った気がする。
「ありがとう。これでいつでもここが思い出せる。」
「その前に、これは桜介君のためだけに作ったものではないんです。」
「みんなの分も作ったよ!」
「え、ほんとに?!」
「やったー!」
「桜介兄ちゃんとお揃い!」
飛び上がるほどに喜んでくれる子どもたち。頑張った甲斐があるといものだ。1回1回型を壊すのは本当に心が折れそうだった。
「いいのかい?」
「構いませんよ。もう作ってしまいましたし。こんなに喜んでくれているんですから。」
「ここの教会のみんなは仲良しだからね。1人だけってわけにはいかないよ。」
「大人の皆さんの分もありますよ。あまり放っておくと錆びてしまうので、定期的に手入れをお願いします。」
「ありがとう。必ずするよ。」
これでこの教会のみんなは離れていても繋がっていられる。この繋がりを生み出したのが教会で、教会を生み出したのが「繋様」というと、なんだか神のご利益のように思ってしまう。今まで宗教なんてものに興味はなかったが、こんな神様なら良いものかもしれない。
稔君と祐介さんが物欲しそうな目でこちらを見てくる。あなた達の分はありませんよ。教会2日目の分際で一員になった気にならないで下さい。僕達でさえ自分たちの分は作っていないのだから。純粋に時間がなかったというのも1つの理由だが。
「次は拙者の番でござるな。」
「稔君も何か用意していたんですか。」
「誕生日会に手ぶらで行くというのは、さすがに気が引けたでござる。」
「ぐはぁっ。」
祐介さんが胸を押さえて膝をついた。また電気ショックが必要か?
構って話が進まなくなるのも面倒なので、テキトーにスルー。
「どんなものを持ってきたんですか。」
「既製品のうえにお下がりで申し訳ないのでござるが、拙者が幼い頃読んでいた本を持って来たのでござる。」
「この本、書斎にあるよ?」
「ええっ!本当でござるか、亜那殿っ!」
驚いたあと、しばらく考え込むような仕草を見せる稔君。決心がついたように顔を上げ、胸ポケットから1冊の本を取り出し、桜介君にずずいっと近づいた。
「...決して誰にも見られてはいけないのでござるよ。いいでござるな。」
「お、おう。ありがとう。」
中身を見せながら、そう小声で言ったかと思うと、桜介君に本を押し付けるようにしてササッと元の位置に戻る。そのあまりに滑らかな動きに誰も何も言えない。暫く経ってハッとしたように子どもたちが桜介君に集まっていく。
「何もらったの、桜介兄ちゃん!」
「本だよ本。」
「どんな本?見せて!」
「こら、やめろ!」
子どもたちが桜介君の本を取ろうと手を伸ばすが、彼が一番背が高いので、誰も届かない。なんとか本を捕らえようと何人もピョンピョンする姿はさながらライブのようだ。行ったことはないけれど。
「稔君、いったいどんな本を渡したんですか?」
「海胴殿ならいいでござるか。絶対話してはいけないでござるよ。あれは...」
耳打ちで教えてくれる。なるほど、そりゃあ1人で読まないといけないわけだ。祐介さんにでも知れ渡ったりしたら目も当てられない。
それにしても、稔君がそんな本をまだ持ち歩いているなんて。あのお母さんだから、それが習慣づいてしまったのかもしれないが。
「どんな本なの、お兄ちゃん。」
「いや、四包にはまだ早い。別に見なくて困るものじゃないんだ。」
「えー、教えてよぉ。」
「必要無いことまで知らなくていい。」
「けちぃ。」
なんとでも言うがいい。教育に悪い本というほどではないが、まあ良くはない。
「あっ!」
「今だ!」
「なんて書いてあるの?」
あまりにも子どもたちが執念深くて、桜介君があの本を取り落としてしまった。目にも止まらぬ速さで本を掠め取った浩介君が中を開く。その途端、頭に疑問符を並べた。
「何これ?」
「どれどれー?」
桜介君を抜いて最年長の亜那ちゃんが中身を見るが、またもやよく分からないといった表情をした。
「あたしには検閲の義務があるからね。見させてもらうよ。子どもたちに悪影響のある本だったら承知しないからね。」
「その点は大丈夫でござるよ。ばれてしまった以上、ただ祐介殿には知らせないであげて欲しいのでござる。」
「わかったよ。」
万穂さんが開いた中身。それは大量の求人情報を纏めた冊子だった。
桜介君は祐介さんのご家業を継ぐという話だったのだが、稔君はもしもの為にと渡したようだ。誕生日プレゼントにもなって一石二鳥だろうと。ちなみにその家業は聞いていない。
もし桜介君が仕事を継がない気だと祐介さんが思ってしまえば、それだけで祐介さんは立ち直れなくなるだろう。ただでさえメンタルが弱いのだ。
「これならまあいいか。」
「何があるんですか?」
祐介さんが可哀想ではあるが、仕方ない。円陣よろしく祐介さんを本に近づけないようにガードする。祐介さんだけは何も分からないままに子どもたちのプレゼントへと移ることとなった。
「ちょっと待っててね。」
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