59話 遊宴
「お誕生日、おめでとーう!」
桜介君が入って来ると同時にみんなで一斉にクラッカーを鳴らす。これも四包の作戦のうちだ。クラッカーを作ったのは僕だが。
もちろん火薬などないので、構造から考えた。クラッカーというのは、要は音が出ればいいのだ。四包に頼んで容器に水素を入れて貰い、各々の魔法で着火。パンッというよりポンッという音が鳴るのだが、容器が燃える。燃えた容器の炎上を避けるため、即座にバケツに入れて鎮火。
理科の実験のようで楽しくはあるのだが、普通に危ない方法なので、良い子はマネしないように。もちろん悪い子もだ。
「ほら、こっち来て、桜介兄ちゃん!」
「今日はちゃんと摘み食いしないで待ってたんだよ。」
「それが普通になってくれないかな。」
呆気に取られたまま亜那ちゃんに袖を引かれる桜介君。浩介君は誇らしそうにしているが、ちっとも誇れるところではないと千代さんも呆れ顔。
「...まったく、しんみりした空気を返せ。」
「何か言った?桜介兄ちゃん。」
「いや、何でもない。なんだかいい匂いがするな。」
「今日は特別なんだよ!」
「海胴兄ちゃんと四包姉ちゃんが考えてくれたんだよ!」
「...上手に、できた。」
年少3人が桜介君に絡む。今日は四包の発案でパーティ用の晩御飯に変えさせてもらった。もともといつもより豪華になるはずだったのだが、それは普通の域を出ないと四包が申し出たのだ。
「これは...」
桜介君が2度目の驚きを見せる。その視線の先には6枚の顔。
それは1つ1つがそれぞれ子供たちの手作りであるピザだ。生地を伸ばすのもソースを塗るのもチーズをかけるのも全て子供たちが行った。
トッピングには子どもたちの好きな物、主に野菜をふんだんに使用している。とうもろこしであったり、彩を考えてブロッコリーであったり、赤いソースの上にさらに人参を乗せたり。
「みんな桜介兄ちゃんの顔を作ったんだよ!」
「へ、へぇ。」
誇らしげに胸を張る香那ちゃんだが、チーズで象っているので輪郭もドロドロだったりする。これが自分の顔だと言われても少し敬遠するだろう。
これの面白いのが、目がコーンで表現されていたり、頬がトマトであったりして、ユーモラスな顔になっているところだ。素人目だが、ピカソ風であるようにも見える。
他にも数枚焼いたので、飽きることなく食べて貰えるだろう。桜介君の胃袋が悲鳴をあげることは間違い無いが。
「それじゃあ、桜介の旅立ちを祝して!」
「「「かんぱーい!」」」
各々水が入ったコップを桜介君のグラスに当てにいき、ちょっとした行列ができる。
桜介君はそんな光景を、どこか寂しそうな苦笑いで見つめていた。
「桜介兄ちゃん、私のも食べて!」
「僕のも僕のも!」
乾杯が終わっても、桜介君はこっちへ引っ張られあっちへ引っ張られ、大人気だった。1週間程度共に暮らしただけの僕達ですら、彼がどれだけ好かれているかがわかる。いや、きっとこの光景を見たら誰だって理解できるだろう。
「これは何味だ?四包姉ちゃんしか食べてないみたいだけど。」
「あー、それは」
「食べてみたら?桜介兄ちゃん。」
早那ちゃんが意地悪い笑みを浮かべて桜介君に勧める。桜介君は勧められるがままにピザに手をつけてしまった。彼の額がみるみるうちに汗ばんでいく。
「かっらぁ!」
「それは四包が我儘を言って作った唐辛子入りなんです。ここの教会の人は辛いものなんて好まないのは知っているのに四包ときたら。」
「説明はいいから水!水をくれ!」
「大成功だね、へへへ。」
桜介君はごくごくと一気にコップの水を呷ると、早那ちゃんに恨みがましい目を向けた。あれは復讐に燃える目だ。
嫌な予感がしたので桜介君の行動を注視してみた。彼の作戦として、他のピザの皿に激辛ピザを混ぜることで、見事早那ちゃんに報復ができたのだが。案の定、他の皿に盛られた激辛ピザにより僕以外のみんなは無差別攻撃されたのだった。
「お口直しに甘いピザはいかがですか。」
「甘いの?」
「食べる食べる!」
僕が持ってきたのは、ソースとしてハチミツを使ったピザ。これが甘くて美味しいのだ。それだけでなく、追加で生クリームを乗せたピザなんていうものも作ってみた。
前にお菓子の料理本で見て、実験的に作ったのだが、子どもたちには案外好評であった。大人たちには甘いものは好みに合わなかったらしい。
「多那、ほっぺたにクリームがついてるぞ。拭いてやるから動くなよ。」
「んっ、ありがと。」
「桜介兄ちゃん、私も拭いてー。」
「私もー!」
「ああっ、わざとつけるなよ!」
こうして桜介君は妹同然の少女たちの口周りを拭いていく作業を繰り返すこととなった。口では注意しているが、満更でも無さそうだ。
「馬鹿なことしてないで、そろそろ引出物でもあげたらどうだい。」
「はーい!」
「まずは私からいきましょうか。桜介君、お誕生日、おめでとうございます。」
「ありがとう、柑那さん。」
手渡されたのは鳥籠。中には1匹の鳩が入っている。いわゆる伝書鳩というもののようで、足に小さなタグがついていた。
「向こうに着いたら、これに手紙を括りつけて送ってください。」
「絶対書くよ。ありがとう。」
「じゃあ次は私が。私は千代さんと2人で1つのものを作りました。」
「正確には2人で1組ですけどね。」
「助かるよ。ありがとう。」
梓さんと千代さんからは手編みの手袋。寒くなるこれからの季節にはありがたいアイテムだ。雪の結晶のマークがついている。前の世界で商品化してもおかしくない出来だ。
「次はあたしだね。あたしはこれだよ。」
「お箸?」
「今まで桜介は子ども用の短いのを使ってたからね。これだってあたしの手作りだよ。」
木でできたまっすぐな箸。手作りでこの直線を出すのは難しいだろうに。この教会の大人たちはみんな器用なのか。
「ありがとう、おかあ...万穂さん。」
「珍しいね、桜介兄ちゃんがお母さんって言いかけるの。」
「う、うるせえよ亜那。」
「そう言われると息子が旅立っちまうみたいで、寂しいねえ。」
「なんだよ、息子じゃなきゃ寂しくないのか?」
「そんなわけないさ。桜介は桜介のままで、十分大事でかけがえのない家族だよ。」
「...そうか。」
「桜介兄ちゃん、照れてるの?」
「照れてねえよ。」
「うっそだー。絶対照れてるよ。」
「照れてねえの!あんまり言うとまた激辛ピザ食わせるぞ!」
「げっ、それは勘弁!」
からかった浩介君を桜介君が追い回す結果になって、大人たちのプレゼントタイムは終了した。ちなみに、祐介さんは用意できていない。さすがに前日1日ではどうしようもなかったようだ。家に帰ったら何か渡すと言っていた。
次は僕達の番だ。今日のために寝る間も惜しんで作った最高傑作。どうせ近くに住むことになるので、必要無いといえば無いのだが、形は大事だ。祐介さんのように疎外感は受けたくない。
「受け取ってください。」
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