58話 陶器
本日は2本立てでございます。
「すみません、移動お願いします。」
謝ってすぐに許して貰えてひと安心だ。そうでなくては、疲労で動けない身体を路上に放置された挙句、地面の冷たさに耐えながら誰かが来るのを待つ羽目になる。
元から教会の中でやればよかったのかもしれないが、稔君に問答無用で外に連れ出されたし、そうでなくてもみんなに迷惑だ。せっかく飾り付けまでしてあるのに、そこで暴れるなど言語道断。
「はいはい、わかったでござるよ。」
「頼みます。」
今の僕の身体は面白いほどされるがままだ。稔君におぶってもらった頃にようやく体重移動が出来るくらいになった。そのまま稔君の大きな背中に身体を預け、ぐでーっとしたまま教会へと戻る。
「あ、海胴兄ちゃんに稔兄ちゃん、朝ごはん出来てるよ。」
「早く早く!」
子供たちに急かされて、シャワーを浴びる間もなく朝ごはん。咀嚼はできるが、少し硬いパンを噛み切るには少し時間がかかる。結局、最年少の宗介君と同じくらいに食べ終わった。
「桜介!今から日用品の買い出しに行くよ!」
「わかった!親父も来てくれるか?」
「一緒に暮らすことになるんだ、当然行かせてもらおう。」
万穂さん、桜介君、祐介さんの3人は昼からは買い物に出かけてしまった。その隙に、僕達居残り組は準備を始める。昨日、四包が思いついた名案を形にしていく。
俺の引っ越しに必要な荷物を揃えるために、少しだけ遠出をしている。といっても、歩いて数十分といったところだが。
「うちの皿がもうすぐダメになりそうでして。大人用で使っていない皿が1組あるので1人は大丈夫そうなのですが。」
「そうかい。じゃあまずは皿からだね。」
「こっちじゃ陶器は普通だけど、親父が住んでるあたりは少ないんだっけか。」
「そうだ。その代わり、うちのあたりは鉄製品が豊富なんだ。」
陶器の元になる粘土や、鉄鉱石が採れる鉱山の位置関係によって、栄えている産業が違う。
南側区画は農業。西側と東側の区画は、作っている物は違えど製造業。そのハイブリッドの地域が、西側で言えばこのあたり。東側で言えば親父が住んでいるあたりだ。
「陶器は食器になるけど調理道具には向かない。鉄製品は調理道具になるけど食器には向かない。お互い持ちつ持たれつってことだな。」
「へーぇ。」
今まで木製だった家並みが、所々石造りの建造物も混じり始めた。おそらく竈だろうな。
「さあ、ここがあたしがたまに使う陶器屋だよ。入る時は足元に気をつけな。」
「それってどういう?」
ゆっくりと扉を開ける万穂さんに続いて店に入ろうとするのだが、なかなか進んでくれない。
「どうしたんだ?」
「ちょっと待ちなよ...っと、これであたしでも通れるね。」
奥に詰めた万穂さんの分だけ店内へ入る。そこには所狭しと陶器が並んでいた。万穂さんは並ぶ陶器を横の陶器に重ねて道を作っている。
「こらぁー!」
「うわっ、なんだなんだ。」
突然奥から怒鳴り声が響いてきた。危うく体勢を崩して陶器に倒れ込むところだったぞ。おそらくこの店の店員と見える風貌の男性。いかにもな髭を蓄えたその姿は、まさに職人。...桃色の前掛けさえなければ。
「久しぶりだね。」
「久しぶりだね、じゃねえよ馬鹿野郎。前も言ったはずだぞ。陶器は直接重ねて置くと駄目になっちまうんだ。」
「そうだったかね。いや、すっかり忘れちまったよ。」
「こんなに沢山置いておくから悪いんじゃないのか。」
「こうしねえと折角の絵柄が見えなくなっちまうだろうが。」
小声で言ったつもりだったのだが、見た目に反して耳が良いようだ。ところで、親父がまだ入ってこれていない。必要無いといえば必要無いので、気にするほどではないが。
「それで、何の用だ。」
「陶器屋に来たら陶器を買うに決まってるだろう?この子に似合うのを頼むよ。」
「その小僧か。わかった。じゃあお前は外に出てろ。」
「はいよ。桜介、ちょっと出ておくれ。」
万穂さんと場所を入れ替わり、俺だけ再び店へ入る。すると、職人は俺にいくつかの質問を投げかけてきた。
「小僧、この店をどう思う。」
「変わった店だな。足の踏み場もない店なんて初めてだ。というか、俺は小僧じゃねえ。桜介って名前があるんだ。」
「そうか。」
少し考えるような素振りを見せた後、また次の質問が飛んでくる。
「小僧、儂を見てどう思った。」
「桃色の前掛けさえなきゃ、しっかり職人っぽいなー、と。だから小僧じゃねえって」
「儂の孫が作ってくれた前掛けに文句があるのか?あぁ?」
だめだこの爺。人の話を聞かない。どうしても小僧呼びは変わらないみたいだ。
前掛けの話になった途端、青筋を立てて激昴した。あんまり怒ると体に毒だぞ。
その後にもいくつか質問をされ「少し出ておけ。また呼んでやる。」と言って追い出された。
「まったく、あの爺は。相変わらずまどろっこしいね。さっさと決めちまえばいいのに。」
「中で何をしているんですか?」
「今、桜介に合う陶器を選んでるんだよ。客にぴったり合うのを選ばないと気が済まないみたいでね。」
「通りでいろんなことを訊かれたわけか。」
よく耳を澄ますと、陶器同士が触れ合う音が小さく聞こえる。どうやら決まったみたいだ。
扉が開いて、中から数枚の器を持った職人が出てきた。桃色の前掛けは着けたままで。
「丁寧に扱えよ。」
「ありがとう。」
「ありがとうございますだろ、桜介。」
「ありがとうございますぅ。」
なんだよ、こういうときだけ父親っぽいこと言いやがって。普段は影が薄いくせに。
俺のやる気のない礼に、ふんっと不遜な返事を返した職人は、陶器の説明を始めた。
「小僧にはこの白茶色の陶器が似合っている。」
「白茶色?」
「今の小僧は良くも悪くも素直だ。これから何色にでも染まりゆく。そのための色だ。自分の意志を貫き、この白茶色を鮮やかに染め上げてみろ。」
「それじゃあ、会計を頼もうかね。」
俺が背負ってきた野菜からいくつかを渡す。この世の中じゃあ物々交換が主流だ。昔は貨幣というものがあったらしいが、襲撃の影響で効力を失ったらしい。
製造業従事者にもある程度農産物は配られるのだが、それは微々たる量で、生活のためにも交換で食料を手に入れるのは必須事項なのだそうだ。柑那さんからの受け売りだが。
その後にも、毛布や筆記具など必需品を買って、教会へと戻った。教会の扉に手をかけた頃にはもう夕方。明日には出発することを思うと、もの寂しくなる。
そんな哀愁を吹き飛ばすような破裂音が、扉を開けた俺の耳に届いた。
「お誕生日、おめでとーう!」
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




