55話 親父
「戻ったよ!」
昼前に出て夕方に着いてしまった。前は朝から夕方までかかったのに。自分でも驚くぐらい体力がついている。稔君の教育には脱帽だ。
「おかえり!万穂さん!」
「「「四包姉ちゃん、海胴兄ちゃん、おかえりなさい!」」」
「たっだいまー!」
「ただいま戻りました。」
1番に万穂さんを出迎えた桜介君に続き、他の子どもたちが僕達を歓迎してくれた。
「遅かったですね。」
「ちょっと立て込んでてね。」
チラリと後ろに視線を向ける万穂さん。僕達の後ろに隠れている祐介さんに投げかけた視線だったと思うのだが、その隣の稔君が反応してしまった。
「はじめましてでござる!四包殿と海胴殿の親友にして同僚、稔と申す者でござる!」
「四包姉ちゃん!向こうで何してたの?」
「海胴兄ちゃん!ちゃんとプレゼント持ってきた?」
「あれぇ...?」
子どもたちの興味は僕達兄妹に向いていて、稔君は1人で虚しく自己紹介をする羽目に。子どもたちは身勝手なので、基本的には反応こそしてくれるが、他に興味があれば、好奇心の赴くままに行動する。
「四包姉ちゃん、あの人だあれ?」
僕達が粗方質問攻めを捌ききった後、宗介君によって、ようやく稔君に出番が回ってきた。稔君はあからさまに嬉しそうな顔をして、仁王立ちのポーズをとった。
「皆さん、はじめましてでござる!四包殿と海胴殿の親友にして同僚の、稔と申す者でござる!」
「海胴兄ちゃん、あの人なんて言ったの?」
「僕達のお仕事仲間だと言っています。」
「そうなんだ!よくわかんなかったや。」
子どもたちの前でもその言葉遣いというのはどうかと思うのだが。おかげで香那ちゃん以下、子どもたちには伝わらなかった様子だ。
「子どもたちに同僚なんて言ってもわかるわけがないじゃないですか。」
「そ、そうでござるな。」
「あと、その変な喋り方も原因です。普通の喋り方はできないんですか?」
「あの、これ、拙者の個性なのでござるが。」
「たしかに、稔君からこれを取ってしまったら何も残りませんね。」
「それはそれで酷いでござる!」
どうにか子どもたちの輪に加わることが出来た稔君であった。皆の興味が稔君に集まる中、1人だけ未だに僕達の方を向いている子がいた。
否、その視線は、正確には僕達の後ろ。祐介さんを見つめていた。
「親父...?」
「おう、すけ?君が、桜介なのか?」
「ようやく気づいたみたいだね。さ、あたしたちは夕食の準備だ。あんたたち、行くよ。」
「みんな!晩御飯だって!お手伝いしよう!」
「「「はーい!」」」
空気を読んだ万穂さんが桜介と祐介さんを残して食堂へと誘導する。意図を察した四包もそれに続き、玄関ホールには2人だけが残った。
「桜介、きちんと話してきな。」
そう言って桜介君の背中を押した万穂さんに、僕もついて行く。今日は2人のために、精一杯の料理を作ろう。
俺と親父の二人きりにされてしまった。唐突すぎて何を言ったらいいのかわからない。恨み言を言えばいいのか、会いに来てくれたお礼を言えばいいのか。
「桜介。」
「なんだ、親父。」
「大きくなったな。」
「そりゃあ、もう8年になるからな。」
「それもそうだな。」
ありきたりな会話のように思えるが、捨てられた子どもと捨てた親の、8年ぶりに交わす会話。
「桜介。」
「なんだ。」
「すまなかった。」
「...」
意外だった。あの母さんに流されてばかりだった親父が、自分から謝ってくるなんて。まあ、わざわざ会いに来るぐらいだから、謝ろうとしていたのだろう。
「許して貰おうなんて虫のいいことは考えてない。桜花に賛成ではなかったといっても、止めなかったことは変わらない。それは見捨てたのと一緒だ。俺にはもう、父親を名乗る資格なんて無いのかもしれない。それでも今だけは親として、謝らせてくれ。すまなかった。」
「ああ、もういいよ。頭を上げてくれ。」
「ダメだ。こんなものでは少しもお前を捨てた罪に見合ってない。」
「...たしかに、親父は1度、俺を捨てたよ。どうしてだって、恨んだこともあった。」
それは紛れもない本心。だがそれは過去の話だ。
「それでも今はさ、こんなに大きくなったんだ。大事な仲間...いや、家族だって沢山できた。子どもを捨てるのは、周りから見たらそりゃ悪いことだろうよ。でも、俺にとってはそうじゃない。」
ここでようやく、親父が顔を上げた。息子になんてみっともない顔見せてやがる。
「俺の幸せは俺が決める。周りの人間がどれだけ可哀想だと哀れもうが、そんなのは関係ない。俺は今まで生きてきて幸せだった。間違いなくそう言える。」
「桜介...」
「だから親父が気にすることなんて何も無い。これからは...いや、これからも、俺の父親であってくれ。」
「桜介...ありがとう。」
親父の胸に抱きしめられる。万穂さんとは違って、その胸は堅い。でもそこには確かな温かさがあった。
「なあ桜介。1つ頼んでいいか?」
「いいよ。何でも言ってくれ。」
親父は何か覚悟を決めるように深呼吸をして、その双眸を俺にしっかりと向けた。
「俺を1発殴ってくれ。」
「は?」
「弱い父親は今日でもう捨てる。これはそのけじめだ。」
「わかった。親父がそうしたいなら。」
親父はもう一度深く呼吸をして、静かに目を閉じた。
拳を固く握りしめた。全身の体重を右足にかけ、左足の踏み込みによる体重移動と共に右腕を渾身の力で突き出す。
「お二人共、お話は終わりまし...え?」
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