48話 再会
「元気にしてるかい?」
朝の鍛錬を終えた後のお客さんは、見慣れた姿だった。豪胆な笑顔を貼り付けた姿は安心感すら与えてくれる。
「万穂さん!」
「いらっしゃいませ、万穂さん。」
「御二方のお知りあいでござるか。」
「そうだよ。よろしくね。」
友好の印と言わんばかりに、稔君と握手する万穂さん。それに対し、若干稔君は怯えている。無理もないだろう。自分より身体の大きな人が出会って早々握手を求めているのだ。誰だって戸惑う。
「よ、よろしくお願いするでござる。」
「ところで万穂さん、どうしてここに?僕達に会いに来ただけってわけじゃないでしょう?」
「あんたたちに会いに来るのだってちゃんとした目的の1つさ。まあ、それだけじゃないんだけどね。」
それから1拍置いて、どことなく照れくさそうに、万穂さんは再び口を開く。
「あんたたち、便利屋なんてものをやっているんだろう?なら1つ、頼み事を受けてくれないかい?」
「ええ、構いませんよ。」
「出来ることならなんでもするよ!」
「四包殿、なんでもなどと、気軽に言ってはいけないのでござる。期待に応えられない場合も多いでござるよ。」
「はーい。」
「その頼み事っていうのはね、桜介の親のところへ付いてきて欲しいんだ。」
「桜介君の?」
桜介君は教会に住んでいる子どもたちの中の最年長で、今12歳。白い髪で、反抗期というかなんというか、反発したい年頃なのか、教会から逃げようとしていた。
「三日後は桜介の誕生日でね。魔法や生活の基礎も教えたし、親元でなら生きていけるくらいには育てた。桜介を旅立たせるには丁度いい。」
なるほど。13歳というのはこちらの世界では中学校を卒業する年齢だ。教会のあたりでは学校が機能していない以上、卒業も何も無いので、キリはいいだろう。
「それで、桜介を旅立たせる前に、下見というか、確認をね。あまりに酷い親なら桜介を帰すわけにはいかないし。」
「でもそれに僕達は...」
必要なのか、と問いかけたが、答えはわかっていた。誰だって不安なはずなのだ。知らない人に会い、人格を確認する。それだけなら普通かとも思うが、自分の子どもとも言える人を預けるのだ。これを見誤れば一生後悔する。
「わかりました。一緒に行きましょう。」
「私もお姉さんとして、桜介君の親御さんを見てみたい!」
「親御さんなんて久しぶりに聞いたでござる。あ、拙者は行かぬでござる。部外者が行くものではないでござる。」
言葉遣いのおかしい人が言葉の違和感を指摘するというのはなんとも可笑しい。言葉遣いのおかしい稔君はお留守番。部外者が行くものではないという判断だ。
さて、桜介の親だが、家はここから割と近くにあるらしい。大通りを横切って少し歩き、新しいとも古いとも言えない普通の民家の前で止まった。どうやらここのようだ。
「じゃあ、いくよ。」
「はい。」
「うん。」
コンコン。ドアを叩く音が静閑な住宅地に小さく響く。緊張で手が汗ばんできた。
体感にして数分が経過。返事はない。
「留守かな?」
「そうみたいだね。まだ昼間だし、仕事でもしているんだろう。」
「また夕方に来てみましょうか。」
「そうしようか。」
家まで引き返す。そういえば今日は食べるものが無い。必然的にミドリムシジュースとなるが、そろそろ安定供給できる食料源が欲しいものだ。何か考えなくては。
「そういえば、今日のご飯はどうするんだい?あたしが作ろうか?」
「それが、お昼ご飯の材料が無いんです。一応栄養素だけは採れるのですが。」
「だめだよ、育ち盛りなのにご飯抜きなんて。便利屋なんて不安定な仕事に就いたばっかりに。」
元手が無いのだから仕方ないだろう。お節介を焼くくらいなら食べ物が欲しい。
相手にその気が無くとも、自分の選択を貶されるとつい反抗してしまいそうになる。こういったことを口にこそしないが、考えてしまうあたり、僕も子どもだ。
「まあいいさ。仕送りとして持ってきた野菜があるんだよ。本当は依頼が終わってからにしようと思ったけど、前払いにしようか。」
「いいの?!やったー!」
「ありがとうございます。助かります。」
「いいんだよ。あんたたちはあたしたちの子ども同然なんだから。」
たった1週間程しか共に暮らしていなかったというのに、この人ときたら。まったく、良い人に出会ったものだ。
家の扉から死角になる位置に、万穂さんが持ってきた野菜の入った紙袋がちゃんと置いてあった。上手く隠したな。
「では、今日は感謝の気持ちを込めて僕が作りましょう。」
「私も手伝う!」
「楽しみにしてるよ。」
まず、トマトのヘタを取り、種も取る。この種を植えてみようか。さすがに野菜の栽培についてはあまり知らないので、実験的となるが。
次にニンニクをオリーブ油で炒め、ニンニクを上げる。そこへトマトや、茹でたブロッコリーなどの野菜を食べやすい大きさに切って入れる。それから塩コショウをして煮込んでいく。
5分ほど煮たら、上げておいたニンニクをまぶして完成だ。
やはり料理雑誌は便利だな。立ち読みならタダだし。
「お待たせしました。」
「すごいじゃないか。」
「相変わらずの腕前でござる。」
僕と四包が料理をしている間、少し距離が縮まったのか、稔君も普通に万穂さんと接している。良いことだ。そのうち、稔君も万穂さんの子どもにされてしまいそうだが。
「「「いただきます。」」」
昼ご飯も食べ終え、午後の時間は教会から独立してからの話に費やした。もちろん万穂さんの話も聞いたのだが、子どもたちの話しか出てこない。話を聞く限り、みんな元気そうで何よりだ。
「じゃあ、いくよ。」
「はい。いつでもどうぞ。」
夕方。世界はだんだん橙色に染まり始める頃。桜介君の親の家の前にて、覚悟を決めた。昼間よりは緊張もほぐれたし、不審な人とは映らないだろう。
意を決してドアを叩く。
今度は1分と経たずにドアは開かれた。
「どちら様ですか?」
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