47話 露見
「四、包...?」
目を覚ました途端、そう呟いてしまった。どういうことだ?あの夢に四包が出てくるなんて、そんなはずはない。どうしてこうなったんだ。
現実に起こったことは夢にも影響すると聞く。その類だろうか。たしかに、今目の前には四包の顔がある。
でもあの夢の主人公は僕じゃない。僕はあの人の記録をなぞっているだけだ。その記録に四包が出てくるというのか?
「んぅ...?」
名前を呟いてしまったせいか、目は閉じているが、返事をされてしまった。
まずい。ここで四包を起こしてしまっては、昨日よりも早く起きた意味が無くなる。
昨日はなんとか仕事で誤魔化せたが、さすがに今日も、というわけにはいかないだろう。そのため、昨日よりも早くから、四包が目覚める前までには鍛錬を終わらせなければならない。
「おにぃちゃん...」
こう至近距離で呼ばれると、妹とはいえども少しドキッとする。可愛らしい寝顔しやがって。
幸いまだ起きていないようなので、ベッドからそろりと降りようとする。しかし、抜け出すことができない。
「どうなってんだ...って、マジですかあなた。」
掛け布団を捲り中を確認したところ、思わず声が出た。
なんということだ。寝ながら僕の服をキツく握りしめている。器用にも程があるだろう。
なんとか四包の束縛も解いて、稔君に会いに行く。また今日も快晴。こちらの世界に来て、もう2週間ほどになるが、曇り空を見たことがない。
「遅かったでござるな。昨日より早くしようと言ったのは海胴殿でござったのに。」
「すみません。四包が寝ながら掴んできたもので。」
昨日と同じように訓練を始める。筋肉痛がまだ残っているので昨日よりも辛い。
「ほら、あと50回でござるよ。」
それでもこの訓練になるとサディスティックになる師匠は、手を緩めるどころか、昨日より多く課題を出してくる。しかもそれをこなすのに、四包が起きるまでという時間制限付き。いや、時間制限というほどではないが、なるべく早く終わらせなければならない。
「ほーら、あと30でござるよ。」
しかし、今日の僕には考えるべきことがある。夢と四包との関係性だ。よく夢を思い出してみよう。
死に物狂いで走った末、気が付いたら柔らかい感触。多分ベッドだろう。に横たわっていた。そして現れたのが四包だった。
いや、別人の可能性もある。この世には、自分と同じ顔をした人間が3人いるらしい。ドッペルゲンガーと言うのだったか。
よく思い出してみると、確かに髪の色が違った気がする。四包は銀色の髪をしているが、夢の中の四包に似た人は、黒っぽい髪だったと思う。
「おーい、海胴殿ー?もう終わったでござるよー?」
よく思い出せ。手がかりはあるはずだ。目を覚ました場所はどこだった。なんとなく見覚えのある天井だったはずだ。
「海胴殿!」
「っ!はい!」
「もうとっくに終わってるでござる。早く帰らなくていいんでござるか?」
「えっ?あっ。」
気がつくと、もう日が昇っていた。急いで帰らなければまた四包が気づいてしまう。妹に怒られるのは筋肉痛に耐えるよりも嫌だ。
疲れきった身体に鞭を打って帰路を走る。裏路地を抜けて屋敷の前に出た。そこには、般若の面が幻視できるほどに怒りの念を全面に表した仁王立ちの四包の姿が。
ところで、般若の面は女性の嫉妬や恨みを表す面らしい。鬼の面なんかも、女性を模したものだそうだ。いつの時代も、女性は恐ろしいもののようだ。
「お兄ちゃん、何してるの?こっちにおいで。」
現実逃避的に考えていると、処刑台へ登れとの宣告が。魂が抜け落ちたように力を抜いて1歩を踏み出す。
「ねぇ、お兄ちゃん。こんな朝早くからどこへ行っていたのかな?」
「な、なんで、起きて...」
「あまり、お兄ちゃんセンサーを舐めないことだね。それで、質問の答えは?」
「いや、その...」
「答えられないの?」
「言います!言いますから顔は勘弁してください!」
右手に握り拳を作った四包を必死で宥める。これはまずい。昨日満さんから学んだじゃないか。くだらない見栄を張ったら死ぬ、と。1度隠そうとしたからもう遅いかもしれないが、次に誤魔化せば今度こそアウトだ。
「ほら、はやく。」
今の四包はトレーニング中の稔君より何倍も怖い。正直に言う以外の選択肢を選ばせる気はなさそうだ。
「えっと、稔君に付き合ってもらって、トレーニングしてました。」
「へぇ。妹に心配かけさせて、やってたことがトレーニング。正直に言ったことは評価してあげるけど、わかってるよね?」
「...はい。」
いつも僕が四包の気持ちを顧みない行動を立て続けに取ったときの制裁。筋肉痛より遥かに痛い衝撃に備え、気持ちを整える。
僕のこめかみの少し上に、四包の握りしめられた手が添えられた。磔にされたような緊張と悪寒が僕の背筋を襲う。
「おりゃあ!お兄ちゃん!反省しなさい!」
「ごめんなさ痛い痛い痛い痛い!」
「ぶふっ。」
くっそぉ、稔君め。僕が痛い思いをしているのにヘラヘラしやがって。
やがて解放され、地面に倒れ伏す。冷たい。
頭の痛みやら筋肉の痛みやらで、もう1歩も動きたくない。
「さ、稔君。お風呂入っておいで。お兄ちゃんは引き摺っていいから。」
「わ、わかったでござる。」
稔君に身ぐるみを剥がれ、顔がお湯につかないように浸けてもらう。その間、僕は全く力を入れていない。やはり稔君は力があっていいな。
「せめて服を脱ぐくらい、自分でして欲しかったでござる。」
「すみませんね。もう動く気力も無いもので。」
「なんというか、羨ましいでござるな。」
「こんな仕打ちがですか?稔君にそんな被虐趣味があったとは。」
「ご、誤解でござるよ。拙者にもああやって遠慮なく接してくれる友人が欲しいだけでござる。」
「そうですか、安心しました。被虐趣味の変態さんは四包の教育に悪いですからね。」
「だからそれは誤解でござるよ。」
お風呂の間のちょっとした会話を楽しみ、筋肉の痛みをほぐして風呂場を後にする。頭はまだ治らない。形が変わっていたりしないだろうか。人間の骨はそんなにヤワじゃないとわかっているが、そう思ってしまうほどに痛い。
「あ、稔君。と、お兄ちゃん。おかえり。」
「四包、今日のはいつもより痛くないか?」
「いつもよりって、そんなにしょっちゅうしてないよ。何年ぶりかってくらいなんだから、そりゃ力も強くなってるって。」
「そんなものか。」
「不思議でござるな。」
「え、何がですか?」
「さっきまで怒っていた四包殿と普通に会話する海胴殿の神経でござる。」
「あー、たしかに不思議に見えるよね。」
「まあ、慣れですね。何度も怒られたり怒ったりすると、仲直りが面倒になるんです。なので怒るときは怒る、それ以外は普通にしているんです。」
怒られる度に顔色を伺って、慎重に行動するなんて面倒で疲れる。省エネというやつだ。...違うか。
とりとめのない話をしていると、屋敷の扉が開く、良く言えば風情のある、悪く言えば古めかしい音がする。
「「「いらっしゃいませ。」」」
振り返って見た扉には、記憶に新しく、恰幅のいい人影。
「元気にしてるかい?」
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