46話 敗走
「承りました。少々お待ちください。」
いつもより多くの人に料理を振る舞うというのは、緊張するのと同時になんだかワクワクする。
「あっ、でも今お肉は...」
その通り、肉じゃがとの注文をいただいたのだが、この国では前の世界のような質の良い肉は言わずもがな、普通の肉さえ貴重となっている。祝い事でもなければ使わないだろう。そんなものが家に置いてあるはずがない。
「仕方ないな、豆腐を使ってもいいですか?」
「はい、どうぞ。でも、どうするんですか?」
「それはお楽しみです。」
この国には大豆料理が豊富だ。豆腐、醤油、味噌、納豆など、結構な大豆食品が揃っている。豆腐はハンバーグの代用品となるくらいのポテンシャルを秘めている。昔はよく給食で出たものだ。
「四包。豆腐を凍らせてくれるか?」
「うん、わかった。冷気。」
目に見えないので手を翳してみると、四包の手からは真冬のロシアくらいの温度で空気が出ていた。ロシアに行ったことは無いけれども。
「よし、凍って黄色っぽくなってきたら、温めてくれ。」
「暖気。あれ、せっかく凍らせたのに溶かしちゃうの?」
「ああ。大量に水が出るから気をつけてくれ。」
「あ、ほんとだ。」
「よし、もういいぞ。」
あとは水気を切って、鍋にジャガイモ、ニンジン、タマネギなどと一緒に入れ、ひたひたになるくらいまで水を入れる。沸騰したら醤油、砂糖、みりんなどの調味料を入れ、落し蓋。あとは汁気が少なくなったら完成だ。
「はい、おまちどうさまです。」
「お兄ちゃん特製、肉無し肉じゃがだよ。」
「これ、おとーふ?」
「えっと、そうみたい、だね。」
肉の代わりにそぼろ風にした豆腐が入っている。出汁を吸って茶色っぽく変色しているので、見栄えは問題ない。問題は味だ。さて、うまくいっているといいのだが。
「「「いただきます!」」」
煮込んでトロトロになった甘いタマネギ。程よく柔らかくなったニンジン。口の中でホロホロと崩れるジャガイモ。これらは全て合格点だ。問題の豆腐だが、僕的には上手くいっていると思う。他の人はどうだろうか。
「出汁の味が染みてます。」
「えっと、豆腐が、こんなに、固くなるんですね。」
「前にたべたお肉よりやぁらかい!」
「流石お兄ちゃんだね。」
「これも良いでござるが、拙者はもう少し歯ごたえが欲しいでござる。」
咬合力のある稔君以外には概ね好評だった。豆腐に歯ごたえを求められても、さすがに応えられない。
「「「ご馳走様でした!」」」
「お粗末さまでした。」
「それでは、お世話になりました。」
「いえいえこちらこそ。子守とご飯、ありがとうございました。ほら康樹。ちゃんとお礼言って。」
「ありがとーございました!」
「えっと、また何かあれば、頼らせてもらいます。」
「はい。天恵をどうぞ御贔屓に。」
依頼主の男性が家族に何も言っていなかったときはどうなることかと思ったが、とりあえず仕事は上手くいってよかった。これからの家族がどうなっていくのかは本人次第だが、きっと上手くやっていけるだろう。
名は体をあらわす。奥さんとあの男性、円さんと満さんなら、夫婦円満間違い無しだ。
重量感のある仕事、子守をしたその夜。今日もまた、僕は夢の世界へと落ちていく。
血塗られた戦場。隣で倒れていく仲間たち。見慣れたはずの光景が、実際にあるというだけで、どうしようもないほどの絶望を与えてくる。
『御子様。どうかお下がりください。ここにいては貴方まで撃たれてしまいます。』
『断る!仲間がやられているのを、黙って見ていられるか!』
涙ながらに勇ましく啖呵を切るも、その手にはもう、力など入らない。銃弾を掻い潜り、敵を討つほどの力など、その手にありはしない。
そうして何もできないまま、戦場から離されてしまった。
夢として見ている僕にも、何も入ってこない。それほどまでに、この人にはもう、何も残っていないのだ。
生まれて物心ついた頃には、神の子として崇められ、それからずっとこの集落を見守ってきた。愛着など底知れないほどに湧いている。それが一瞬にして奪い去られた。
復讐を成し遂げるだけの能力も無い。あるのは、今となっては役に立たない未来を見る能力だけ。逃がしてくれた兵士の分まで、ただ逃げるしかなかった。
『ここは...?』
次に僕に意識が伝わったのは、見知らぬ天井だった。この人の記憶にも、この場所は見つからない。身を起こそうにも、動けない。
「起きたみたいだね。」
『っ?!誰たっ!』
声を出そうにも、掠れてしまって上手くいかない。
「落ち着いて。別にどうこうしようってわけじゃない。...身体は起こせないみたいだね。じゃあ寝たままでいいからこれ飲んで。」
何かの器を持って視界に入ってくる女性。その人の顔を、僕はよく知っている。今までずっと、1番近くで見てきた人。
「四、包...?」
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