41話 敵襲
「「「い、いらっしゃいませ!」」」
開店後数時間にして初めてのお客さん。気を抜いていた部分もあって、少しオドオドしてしまう。
「って、なんだ、母上でござるか。」
「こんにちは。繁盛していますか?」
サッと目を逸らす僕達3人。その様子に呆れたのか実さんは、はぁ、と短いため息をついた。
「それはそうでしょう。看板を見ましたが、あれでは怪しいとしか思えませんよ。せめて店の名前くらいは書いたらどうです?」
「実は拙者も少しそう思っていたのでござる。」
その看板には、こう書いてあった。「この屋敷。何でもします。お気軽に。」語呂の良さを意識して五・七・五にしてみたのだが、言われてみると確かに怪しい。せめて店名くらいあった方が信憑性も出るだろう。
「そうですね、じゃあ店名を考えましょうか。」
「はいはい!二十二世紀のロボットみたいな名前が良い!」
「確かに人助けはしているけど、パクるのは良くないだろ。」
「では「暗黒結社」などはどうでござる?」
「怪しすぎでしょう。我が息子ながら呆れます。」
一瞬四包の目が輝いたのを僕は見逃さなかった。四包も中学生の頃、ああいうことを恥ずかしげも無く言っていたものだ。斯く言う僕も、誰にも明かさずにそういうことを考えていたことがある。
「では「天恵」というのはどうでしょう。少し宗教っぽく聞こえますが、僕達の能力もいわば天からの恵みなわけですし。それを世のため人のために使う仕事ですから。」
「アリだね。」
「ありでござるな。」
「良いと思います。」
満場一致で決定した。こういうものはもう少し批評が欲しい。もちろん自分が良いと思うものを言っているのではあるが、あまりすんなりと決まってしまうと、どこか気が引ける。
「じゃ、看板書き直してくるよ。」
「僕も行こう。」
「拙者は留守番でござるな。」
「引き続き頑張ってくださいね。」
まだ仕事がないので引き続きも何も無いのだが、それは言わないでおく。ささっと看板を手直しして、店へと戻る。すると、稔君ともう一人、見知らぬ女性が立っていた。実さんはもう帰ってしまったし、髪の色も違う。
「あ、四包殿、海胴殿!」
「どうしたんですか?この方は?」
「お客さんでござるよ。母上から話を聞いて来たそうでござる。」
「こんにちは。四包さん。」
「こっ、こんにちは。」
店員として初めての挨拶。四包も緊張しているみたいだ。僕はスルー。相手からすれば、四包の印象が強すぎて僕は眼中に無いといったところか。前の世界でもずっとそうだった。これが僕に友達がいない理由の一端であったりする。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」
わざと存在を主張するように大きな声で仕事の話をする。慣れたと言っても気分の良いものではないのだ。
「稔さん、この方は?」
「海胴殿でござる。四包殿の兄でござるよ。」
「これはこれは。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。」
「いえ、お気になさらず。」
礼儀正しい人、という印象を受ける落ち着いた対応。記念すべき最初のお客様が良い人そうでよかった。
「私は実さんの友人で、蕾と申します。」
「蕾さんですね。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
類は友を呼ぶ。実さんの誠実さと似た真面目さを感じる。と言うより似すぎだ。髪の色も身長も殆ど変わらない。きっと年齢も変わらないだろう。
「それでは依頼なのですが、配達をお願いしたいのです。」
「何の配達ですか?」
「収穫した野菜を農家以外の方々にも均等に配らなければなりません。農家の方々は直接渡すことが出来るのですが、他はどうにもならないもので、毎回、誰が運ぶかで揉めているのです。数は多くないので今日中に終わると思いますが、受けていただけますか。」
「はい。もちろん。ですが、こちらも仕事なので、対価をいただきたいのですが。」
「ええ、わかっています。働きに見合う量、収穫した野菜の一部を差し上げます。」
契約成立だ。力仕事は苦手だが、便利屋の仕事はこんなものだろう。慣れていかなくては。
「お兄ちゃん、これがあっちの家?」
「合ってるぞ。僕はこっちへ行くので、稔君はそっちをお願いします。」
「承ったでござる。」
こそあど言葉が飛び交う作業。住所は大まかにしか存在していないのでとても不便だ。
そして、ここで僕の非力さを思い知らされることとなった。当然のように僕の倍ほどの荷物を軽々と持つ稔君。四包は僕と変わらない重さだが、移動量が僕よりずっと多い。この中では僕が1番役立たずではないだろうか。
「ふーぅ。終わったねぇ。」
「お疲れ様でござる。」
「はぁ、はぁ、お疲れ、様でした。」
息を切らしている僕に対し、良い運動だとでも言うように軽く汗を拭う体育会系の二人。これはまずい。非常にまずい。兄として、年上としての尊厳が。人には得意不得意があるのは弁えている。だがそれでもせめて、妹よりは強くありたい。そのために、年上としての尊厳をかなぐり捨てる。
「稔君、お願いがあります。」
「何でござる?」
仕事を終え、頂いた野菜で夕食を摂り、お風呂にも入って、疲れによってすぐに寝付いた後の世界。
どうやらしばらく年月が経ったようで、僕の視界も高くなっている。それを確認した僕の元に伝令が駆けつけた。
『敵襲!敵襲!』
『予想より大分早かったな。だがそれでも、俺たちの準備は整っている。』
あの予知からも準備は怠っていなかったようだ。それでも、現代兵器にかなうとは思えないが。
『神の御子様。出陣の音頭を。』
馬に乗る夢の世界の僕の分身に、鎧を纏い、剣を背負った若者が声をかける。それに応えるように、この体は大きな口を開けて叫んだ。
『今こそ!我らに仇なす愚か者共を駆逐する時だ!皆の者!かかれ!』
『『『おおおおおぉぉぉぉぉ!!!』』』
今まで負けたことの無いミール族の士気は高い。一斉に弓を放ち、敵への牽制とする。その隙に騎兵部隊が敵軍へ砂埃を撒き散らしながら突っ込む。これは悪手だと思ったのも束の間、弓兵が突如上に向かって弓を放ち始めた。まさか、敵軍との距離を掴み、曲射をしているというのか?そんな馬鹿な。
卓越した技術だ。しかし、それも砂埃の中の断末魔によって絶望に塗り替えられる。それは聞き覚えのある声。出陣を促した若者の声だった。
『何だ、いったい何が起こっているんだ。』
乾いた破裂音が響いたと思えば、近くで兵が血を流して倒れている。絶望の淵で、幸か不幸か銃弾に当たらない。その分他の人達、戦友が1人、また1人と倒れていく。
『は、はは。お前たちが死ぬのは慣れていたはずだったのになぁ。』
未来視の中で、何度も彼らが死ぬのを見たのだろう。それでも実際に目の前にある死というのは、耐え難いものだった。感覚を共有しているだけの僕にも、とめどない感情が溢れてくる。
とてつもない、悲しみと後悔が。
『もっと、もっと俺が、注意深ければ。俺が、驕っていなければ。俺が、お前らのために、最善を尽くそうと思っていれば。』
いくら後悔をしても、現実は変わらない。それに、もし最善を尽くしていても、結果は変わらなかっただろう。夢の僕を擁護しているわけではない。それほどまでに、人間は凶悪な物を生み出したということだ。
「やっぱり、こうなったか。」
夢の内容を振り返って、ぽつりと呟く。
いつもより早く目を覚ました。夢のせい、というのもあるが、今日は稔君との約束があるのだ。
「行ってきます。」
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