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ポルックス  作者: リア
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39話 菓子

「ただいま!」



 勢いまかせに古びた扉を開けたのは、宣伝を終えた四包だった。壊れたらどうするんだ。

 そんなことはお構い無しに、四包は腕を組み、胸を張って、少し男っぽい声で言った。



「野郎ども!この屋敷には、お店を開くにあたって足りないものがある!」

「誰が海賊の一味か。」

「よくわかったね、お兄ちゃん。まあそれは置いといて、何が足りないかわかる?」

「何でござるか?」

「そう、それは...」

「それは?」

「外っ観っ!なのだよ!」

「...あ。」



 今どき野郎どもなんて言葉を使うのは、物語の中の賊くらいなものだ。そんなことよりも、この屋敷、やたらと蔦が絡まっていたのだった。窓も割れている。これではお化け屋敷かと思われてしまう。

 ちょうど看板も出来たところだ。今日という日はまだ残っているし、軽く掃除してしまおう。窓はどうしようもないかもしれないが。



「よし、じゃあ蔦切り大会、開始だ!」



 最近こういう雑務しかしていない気がする。生きていく上で必要とはいえ、面倒で仕方ない。

 ...と、思っていたのだが。



「お兄ちゃん!切れたよ!」

「お、おう。じゃあ次を頼む。」

「まっかせろい!」



 魔法、大活躍。四包の無限に近い魔素から出されるエアカッターとでも呼ぶべき魔法により、文字通りサクサクと作業は進んでいく。僕と稔君は蔦を一箇所に集めるだけでいい。

 確かに面倒だとは思った。思ったが、こういうものは苦労してこそ達成感を味わえるものではなかったのか。便利さの代償は重いのかもしれない。



「ほいっ、終わったよ!」

「お疲れ様、四包。」

「なに、お兄ちゃん。損したような顔して。」

「いや、何でもないんだ。ありがとう。」

「お兄ちゃんの作業を私があっという間に終わらせたんだから、今日の晩御飯は凝ったものにしてね。」

「わかった。」

「どうしたの?何か言いたそうだけど。」

「いや、その...」



 相変わらず僕の機微に聡い。謝るべきだとは思うが、なんだか恥ずかしいな。今までにもこんなことは少なからずあったのに。



「四包、さっきはちょっと言い過ぎたみたいだ。悪かったな。」



 意を決して言葉を紡ぐ。ちゃんと言えてよかった。気にしていないように見えたが、こういうものは形が大事なのだ。



「なんのこと?」

「ほら、面接で時間が無いって怒っただろう。」

「あれ?そんなことあったっけ?」



 すっとぼけるつもりか。まあ気にしていないということでいいのだろう。いつもとは違うが、これも四包の優しさということか。それをわざわざ説明してふいにすることもあるまい。



「覚えてないならいい。この蔦は編み込んで紐にしよう。運ぶのを手伝ってください。」

「んー、はーい。」

「わかったでござる。」



 少し思案顔を浮かべた四包だったが、稔君と共に手伝ってくれる。

 さて、開店準備が整ったところで晩御飯だ。今日でいただいた野菜も尽きる。どうせ使うなら隅々まで使い切ろう。



「「「いただきます!」」」



 今日の献立は、おでんだ。おでんというのは大体どんなものでも受け入れてくれる。さすがにカレーには及ばないが。野菜のほとんどを残り全てぶち込んで作った。とても手が込んだ料理とはいえないが、食後の秘密兵器があるので安心していい。



「やっぱりお兄ちゃんの作るおでんは美味しいね。」

「具がもう少し欲しいでござるが。」

「そこは我慢してください。」



 普段はお肉や厚揚げなんかの具が沢山入っているのだが、今日はそれらがない。幸い、四包はこの出汁がお気に入りのようで、具は妥協しているようだが。



「今日は食後のデザートがあるぞ。」

「え?!やったー!」



 女の子というのは総じて甘いものが好きだ。僕も好きだが、四包はそれを軽く超えている。甘いもののためならなんでもしてしまうだろう。



「そのために四包、最後の焼きの行程を頼む。」

「まっかせて!ミディアムレアに焼いてあげる!」

「いや、普通に焼いてくれ。」



 焼き上げるのは小さなケーキ。卵、小麦粉、牛乳、砂糖などを混ぜた生地を、いつもならレンジやトースターで加熱するのだが、今日は目を輝かせた四包に頼む。



「火は小さくていいからな。絶対に爆発とかさせるなよ。」

「大丈夫だって。細心の注意を払うよ。『点火』」



 指先から小さな火を出して、炙るように加熱する。串を刺して、生地がつかなければ十分だ。



「よし!出来上がりだ!」

「やったー!ケーキ!ケーキ!」



 小さな子どものように、嬉しさで踊りだす。喜び方も、昔から変わっていない。小さな頃から感情表現が上手だった。今と同じように、弾けるような笑顔を浮かべていたものだ。



「このケーキとやら、甘くて美味しいのでござる。」

「あれ?稔君、ケーキって知らないの?」

「物語で読んだことはあるのでござるが、実際に食べたことは、なかったでござる。」

「まあ今の暮らしではそうなりますよね。」



 もともと農業がさかんな地区であったとはいえ、他の地区から人が流れ込んできたのだ。食料もままならないだろう。そして、この地区の農業を支えているのは、他の地区で作っていた機械だ。それがなくても、生きることくらいは出来る生産はあるだろうが、その場合は野菜しか作れない。調味料などの生産がストップする。



「どうにかして余裕のある生活がしたいですね。」

「どうしたらいいのかなぁ?」

「まあ、今は出来ることをするしかないでござる。」



 難しいよな。こちらの世界では大人という扱いだが、実質的に子ども3人だ。どうにかなるはずが無い。



「「「ごちそうさまでした。」」」



 そうして、まさか10代の若者が考えるとは思えないことを考え、稔君が帰っていった。



「四包、ちょっと来てくれ。」

「はーい。何するの?」

「さあ、本日ご紹介する商品は、コチラ!」

「お兄ちゃんテンション高いね。」



 夜の狂ったテンションに任せ、某ショッピング番組のパーソナリティのように、妙にキーの高い声で話す。後で恥ずかしくなるのだが、やらずにはいられない。



「小麦粉?」

「そう!小麦粉っ!ゴホッゴホッ。」

「ほらお兄ちゃん。無理して裏声なんか使うから。はい、お水。」

「反省している。ありがとう。ついでにそこの鍋に水入れてくれるか。」

「ん、了解だよ。」

「ではこの鍋を火にかけ、小麦粉をダマにならないよう入れていきます。」

「火にかけるのは私だけどね。」

「そして、とろみが出るまで温めたものがこちらに」

「ないでしょ。」

「ありません。」



 ふざけながらも鍋の中をかき混ぜていく。白くなってとろみが出てきたら火を止め、冷ます。四包の魔法にかかればそのくらい朝飯前だ。晩飯後だが。



「で、冷ましたけど、これって何なの?」

「ふっふっふ、聴いて驚け。シャンプーだ。」

「え?この小麦粉スープが?」

「そう!その通り!騙されたと思って使ってみな!」

「まあ、お兄ちゃんがそう言うなら。他に代わりもないし。これってボディソープとしても使っていいの?」

「悪いことはないと思うぞ。」

「わかったよ。使ってみる。」



 スタスタとお風呂場へ消える四包を見送る。どんな反応が来るか楽しみだ。

 ぼーっと考え事をしながら四包がお風呂を上がるのを部屋で待っていると、ダダダダッと廊下を駆け抜けてくる大きな足音が聞こえてきた。そのままの勢いで扉を開く。



「お兄ちゃんっ!これっ!」

お読みいただきありがとうございます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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