3話 治療
「え?ここ?」
日が傾き、僕達の背中を太陽が照らしている中、僕達が止まったのは、石材で出来た教会のような場所の前。ここまで通ってきた細道沿いには木製の家しかなかった。教会の前はちょっとした広場のようになっているが、やはり木製の家ばかりが立ち並んでいる。浮きすぎだろう、この教会。
「びっくりしたかい?これでもあたしはテオス教徒なんだよ。」
「テオス教?」
「ああそうか、テオス教ってのはこっちの世界の宗教のことだよ。ま、とりあえず入りな。妹ちゃんを休ませてやらないと。」
教会に入ると、中には華美な装飾などなく、窓と入口から差し込む夕日に石造りの壁の彫刻が輝いている。
「綺麗だろう。この彫刻に描かれているのが、あたし達テオス教徒が信仰する繋様だよ。」
確かに綺麗だ。...それに、誰かに似ている気がする。
「ほら、こっちがあたしが暮らしてる部屋だよ。妹ちゃん、寝かしてやりな。」
言われてハッと気づく。つい見とれてしまったようだ。早く四包を寝かしてやらないと。
部屋は簡素で、テーブルと椅子、ベッドがあるだけだ。そのベッドに四包を寝かし、膝立ちの姿勢から立ち上がろうとすると、袖を引かれる感覚があった。いつの間にか四包が僕のシャツを掴んでいる。これではおばちゃんと話ができない。
「そばにいてやりな。だいぶ辛いはずだからね。身体が意識を切り離そうとするくらいに。話は2人揃って聞かせてあげるよ。」
「治る見込みはあるんですか?」
「何もしなけりゃ丸1日寝込むね。でも、この粉薬を飲ませたら数時間で目覚めるよ。」
「じゃあ!」
「ただし!丸1日の痛みが数時間に凝縮されるんだ。それなりの覚悟が要るよ。」
僕にはそれを決めることができない。苦しむのは四包なのだから。そう思い答えを出しあぐねていると、四包の手が伸びた。わずかに意識があるようだ。おばちゃんも驚いているが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「本人は大丈夫だって考えてるみたいね。あんたはどうだい?飲ませてるやるかい?」
「...そうですね。四包がそう望んでいるなら。」
「じゃあ、口開けな。」
「へ?」
どうしてこっちを見て薬をかまえているんだ?病人はどう考えても四包だろう。
「妹ちゃんにはちょっと意識があるとはいえ、起き上がることもできない。無理に飲ませたら吐き出しちまう。医療行為とはいえ、会ったばかりのおばちゃんと意識があるのにアレするってのも嫌だろう?ほら早くしな。」
いや、兄妹でも充分アウトですよ。そうは思ったが、確かにおばちゃんが初めてっていうのは四包も嫌かもしれない。兄妹ならノーカンだと誰かが言っていた気がするよ、うん。
おばちゃんから口内に薬と水を流し込まれる。ゴーヤやコーヒーなんてものじゃない、もっと絶望的な苦味が口に広がる。いったい何を入れたらこんな味になるんだ。
四包の顔に自分の顔を近づける。心が安らぐような甘い匂いがする。至近距離にある四包の顔。苦しくて力んでいるのか、いつもより赤く色っぽい頬、小さく艶やかな唇に、今さらながらにドキドキしてきた。これは医療行為、これは医療行為。口内の苦味が雑念を追い払うのを手伝ってくれる。
「なにやってんだい!早くしな!」
おばちゃんが急かす。こっちにも心の準備というものがあるんだよ。
四包の口を開かせ、僕の口から薬を流し込む。あまりの苦さに吐き出そうとする四包に無理やり飲み込ませる。四包が飲み込んだのを確認し、顔を離そうとする。そのとき、四包の体がビクッと大きく跳ねた。
「ぷはぁっ!おばちゃん!四包は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。一気に痛みが押し寄せて、身体が完全に意識を手放したね。たぶんそれによる反応だろう。」
四包は変わらず苦しそうな顔だ。僕のシャツも皺が出来るほど握られている。どうして四包にだけこんな苦しみがやってくるんだ。
「さ、晩ご飯の支度してくるよ。あんたは四包ちゃんに付いててあげな。」
「ありがとうございます。なにからなにまで。」
「いいんだよ。困ったときはお互い様。それがテオス教の教えだからね。」
そう言っておばちゃんは部屋を出ていく。今は僕と四包の2人しかいない。
僕には四包の苦しみを理解することができない。いつだってそうだった。僕と四包は、双子だというのに違いすぎる。四包は白くて綺麗な髪をしているが、僕は黒くてくせっ毛だ。運動の才能もない。唯一似ているところといえば、体型くらいか。そう思ったとたんに四包のシャツを握る力が強くなり、ベッドに引き倒され、おでこ同士が軽く触れ合う。危ない危ない、あと少しで強くぶつかり合うところだった。僕の背筋も捨てたもんじゃないな。わかっていたことだが、四包に熱はない。
「こうしていると、前の世界でのことを思い出すな。」
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