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ポルックス  作者: リア
ポルックス
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38話 師匠

「すみませんがんばります。」



 僕が面接官への怒りも込めて圧力をかけた結果、四包は僕が思っているよりも凹んでしまった。ちょっと強く言い過ぎたのだろうか?そんなつもりは全くもって無いんだが。

 そういうわけで四包は今、外で宣伝に回り、僕達男衆は、看板の色塗りをしている。



「ちょっと、言い過ぎたんでしょうか?」

「何がでござる?」

「四包に面接のことで...」

「いや、そんなに気にするほどのことは言っていないと思うのでござる。むしろこちらとしては助かったでござる。」

「そうですかね。」

「きっと働いていない自覚があったでござるよ。」



 心底共感するように頷きながら、四包の思いを予測する稔君。今まで働いて来なかった稔君と四包を同じにして欲しくないのだが。



「ところで、稔君の剣術はどこで習ったのですか?独学では無いと思うのですが。」

「よくわかったでござるな。その通り。拙者には師匠がいたのでござる。」

「いた?」



 少し表情に陰りを見せる稔君。また余計な詮索をしてしまっただろうか。きちんと人の気持ちを考えて行動しなければ。



「その師匠なのでござるが...」

「あぁいえ、無理をして話していただかなくても結構ですよ。」

「別に大丈夫でござるよ。拙者の師匠は旅に出たのでござる。もう3年ほど前のことでござった。」



 曰く、稔君が師匠に出会ったのは10年ほど前のことだった。幼い稔君は、今よりも物語や伝説に憧れていたという。



「その頃は拙者「勇者になる!」と夢見がちなことを叫んでいたのでござる。」



 恥ずかしそうに苦笑し、続きを話し始める。

 男の子特有の、強さに憧れる気持ちを持ち始めた稔君の前に、1人の男性が現れた。黒い髪に筋肉質の身体。見るからに強者といった風貌の男性に、稔君の心は奪われた。どうにかして、自分もああなりたいと。



「そこで拙者、何も考えずに師匠の後を追いかけ始めたのでござる。畑仕事に行くにも、家に帰るにも。」



 しかし、ある日から男性が畑仕事に行かなくなってしまった。幼い稔君に常識や礼儀などというものは無く、窓から家の中を覗いていたところ、唐突に男性が窓の方へ向き、声をかけた。「何か用か、坊主?」と。

 幼いながらにうまく隠れていたつもりだった稔君は、そのことに驚いた。しかしそれと同時に、男性の強さを再確認した。どうやらその男性は稔君の尾行に最初から気づいていたようだ。



「「弟子にしてくだされ!」なんて、初めて言ったでござるよ。」



 稔君の熱意に押され、その男性は弟子入りを認めた。渋々ではあったそうだが。そこから稔君には、子どもに課すものとは到底思えないほどの、大量のトレーニングが課された。



「いや〜あれは嫌がらせとしか思えなかったでござるよ。」



 きっと嫌がらせだっただろう。弟子入りなんて面倒だったに決まっている。畑仕事すら辞めたのだから。

 トレーニングは数年に及んだ。そうして稔君は同年代の子どもたちとはまるで違う体つきを手にいれた。代わりに友達が全くいなくなったが。そりゃあ自分たちとは明らかに違う人を仲間に入れようとするはずがない。ましてや子どもたちだ。



「学校から帰るにも行くにも1人というのは、さすがにキツかったでござる。」



 稔君も苦労しているのだな。僕には辛うじて四包がいたから良かったが、もし一人っ子なら同じ目に遭っていたのか。

 話は逸れるが、この世界の学校教育は基本3年刻みで、生まれてからは家庭、3年で幼稚園、また3年で小学校、またまた3年で中学校、最後に3年大学校がある。その頃の稔君は小学校だ。

 トレーニングの日々は終わり、剣術の修行が始まった。その頃にはもう男性も諦めていたようで、異常なまでに過酷なものではなくなったらしいが、それでも十分厳しいものだった。



「そのお陰で、人に見せられるくらいのレベルにはなったのでござる。」

「辛い人生を送っていたのですね。」

「師匠ほどではないのでござる。」

「そのお師匠さんはどこへ?」

「わからないのでござる。しかし、どこかで海胴殿が出会うやもしれぬので、師匠についてわかるだけのことは話してみるでござる。もし見つけたら、そのときは。」

「はい。すぐに連絡します。」



 ひと呼吸置いて、稔君は至極真面目な表情で語り始めた。



「よく覚えているのでござる。積もらないくらい少しの雪が降っていた、寒い日でござった。」




「師匠、何をしているのでござるか?寒いでござるよ?」

「今からお前に見せてやろうと思ってな。」

「何をでござる?」



 また新しい技術を教えてもらえるのかと、期待に胸を膨らませる拙者であったが、返ってきた答えは予想外のものでござった。



「俺の...戦いの、傷跡だ。」



 そう言って拙者に背を向け、師匠は上着を脱ぎ捨てたのでござる。師匠の背中には、色褪せた包帯が巻かれてござった。それすら取り払い、師匠が見せてくれたのは、茶色く爛れた皮膚でござる。



「いいか、戦う...つまり、剣を握って人を斬るってのは、こうなる覚悟が必要だ。それが無いうちは、絶対に戦っちゃいけねぇ。いいな。」



 拙者は凄惨な傷跡に面食らい、ただただ頷くことしか出来なかったでござる。師匠が畑仕事を辞めてしまわれたのは、農業が軌道に乗り、療養に専念することができるようになったからでござった。

 襲撃。拙者がまだ生まれていない頃の出来事を、初めて身近に、恐ろしいものとして刻んだのでござる。




「背中に大きな火傷の跡、というのが一番大きな手がかりでござる。」

「...はい。わかりました。」



 なるほど、お師匠さんは襲撃経験者だったのか。戦った末に魔法か何かで火傷を負い、逃げてきたのだろう。

 なんだか気まずい沈黙が場を包む。僕は沈黙を気にしないタイプなのだが、稔君はそうではないようだ。稔君が何か話そうと口を開きかけたとき、代わりに屋敷の扉が勢いよく開いた。



「ただいま!」

お読みいただきありがとうございます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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