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ポルックス  作者: リア
ポルックス
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37話 面接

「おやすみ...お兄ちゃん。」



 そう呟いて話し終えた途端、疲れたのか四包は眠ってしまった。話し声の無くなった部屋の中は暗闇と静寂に包まれ、いつもなら少しばかりの不安を感じるだろう。だが今は、四包の温かさのお陰でむしろ安心すら感じる。

 安らいだ心持ちのまま、僕は眠りの世界へ落ちた。




 また、あの地獄だ。3度目になる。もう以前のように取り乱しはしない。いつまでも弱いままではいられないんだ。きちんと見ておかなければ。

 やがて赤い荒野の映像が途切れ、夢の中の僕が目を覚ました部屋へと戻ってきた。目の前の老人に対し、僕の口が、僕の知らない言葉で何事か話している。全く知らない言語であるはずなのに、不思議と意味だけは伝わってきた。



『近い未来、隣のラムス族が戦争を仕掛けてくるだろう。』

『早急に準備せねばなりませんな。』

『ああ、急いでくれ。』



 どうやら、夢の世界で僕が感覚を共にしている人間は、この民族の神とされているようだ。というのも、この人には未来を見る能力があるらしい。つまり、僕が先程見た映像は、この人が未来で見る光景ということだ。

 信じられないことだが、僕が信じなかったところでこの夢の世界に影響など全くない。受け入れるしかないだろう。

 このあっさりとした会話から、この地域は戦争の多い地域だということがわかる。

 ラムス族というのは、ある宗教を中心とした民族だ。他の神、つまり夢の世界の僕を信仰しているこの民族、ミール族を目の敵にしている。



『ふぅ...』



老人が退室してすぐ、最初の夢で目を覚ました寝具に身体を倒す。どうやらこの未来視は、燃費がとてつもなく悪いようだ。気だるさを感じる。

 力の抜けた身体と、慣れたとはいえ血塗られた未来への精神的ダメージによって、そのまま夢の世界でも眠りに落ちた。




「おはよう、お兄ちゃん。」



 目を覚ますと、すぐ目の前に四包の顔があった。知らない間に寝返りをうったようで、横向きに四包と向かい合っている。



「おはよう、四包。」

「今日はぎゅってしなくて大丈夫?」

「大丈夫だよ、ありがとう。いつまでも恐怖に負けていられない。」

「そっか...でも甘えてくれてもいいんだよ?1人で溜め込んじゃだめだからね?」



 どこか未練がましい四包。甘えたいのは四包の方じゃないのか?...いや、気のせいだ。変な勘繰りは失礼だろう。きっとこれは善意で言っているに違いない。



「じゃあお言葉に甘えようかな。」

「うん!そうして!」



 ブンブンと振られる尻尾が幻視できそうなほどの満面の笑みで、四包は起き上がり、両手を広げる。可愛いやつだ。



「ちょっと恥ずかしいな。」

「来ないならこっちから行くよー!ぎゅーっ!」



 さては寝惚けが抜けていないな。アグレッシブすぎる。四包にされるがままに抱き締められて、照れながらも四包の背に手を回す。

 はあ、あったかい。やはり人の温もりというのは安心する。たしか30秒抱き合うと元気になるという話があったな。よし、30秒続けてみよう。



「お、お兄ちゃん、いつまで続けるの?」

「あと15秒。」



 時間というのは数えているとなかなか進まないものだ。この数十秒がとても長く感じる。四包の体温がだんだん上がってきた気がするのは気のせいだろうか?



「はいっ!15秒経った!おしまい!」

「なんだよ、もう少ししていても...」

「おしまいったらおしまい!」



 顔を真っ赤にした四包が僕を突き放すように離れる。怒らせてしまっただろうか。あんまり頭に血が上るのはよくない。以後はほどほどにしておこう。

 しかし喧嘩にはならないのが僕達兄妹だ。不思議と、お互いに何をしても許してしまえる。叱ることはあっても、それで気を悪くすることはない。大抵叱るのは僕なので表面上しかわからないのだが。




「それでは稔さん、お入りください。」

「失礼します。」



 今、どういう状況なのか。端的に言うと、稔君の面接をしている。ほんの数分前、僕が稔君に『稔君は何か得意なことはありますか?』と聞いたことを発端として、四包が『じゃあ面接で聞こう!』と言い出してこうなった。

 どうして面接なのかは僕にもわからない。



「どうして弊社で働きたいとお思いになったのですか?」



 わざとらしく手を組んで四包が問う。楽しそうでよかったな。可哀想に、稔君は緊張して大変そうだが。今も足がプルプルと震えている。



「御社の企業理念に深く共感致しまして、」

「企業理念なんて書いた覚えも言った覚えもないんですが。」

「まあまあお兄ちゃん。面白いしいいじゃん。」



 クスクス笑いながら四包が僕を止める。我が妹ながらサディスティックだな。ほら見ろ、稔君が冷や汗を流し始めた。



「趣味や特技などはありますか?」

「え、ええと、剣道を少し、習っていたことがあります。」



 へぇ、この平和そのものの国にも武道があったとは。奉納の舞とかの話だろうか。ガタイのいい稔君が舞だなんて、少し可笑しい。興味本位で聞いてみよう。



「実演できたりしますか。」

「は、はい。何か剣の代わりになるものがあれば...」

「ちょっと待ってて!」



 唐突に四包が応接室を出ていく。ドタバタと激しい足音がしたと思ったら、すぐに帰ってきた。



「あったよ!暖炉用の薪!ちょっと短いけど大丈夫かな?」

「はい、大丈夫でござ...います。」



 うまく繋げたな。稔君が四包から薪を受け取り、構える。なんだか本物の剣道のような構え方だ。先程までの震えが少しも感じられなくなった。そればかりか、覇気すら感じる。



「ハッ!」



 胴を晒すように剣を振り上げ、重力も利用して振り下ろす。まんま剣道で見たような動きで、残心まで決める。

 そのあとも演武を続けてもらったが、若干の武骨さはあれど、おおよそは剣道と同じだった。



「すごいね、稔君!」

「本当に凄いと思います。」

「ありがとうございます。」



 そうして、本来の目的を達成し、面接のようなものは終了した。こんなものを面接と言っては面接に失礼だろう。



「面接は以上です。結果は書類でお送りします。本日はお疲れ様でした。」

「いや、送らないですよ。帰ろうとしないでください。」

「そ、そうでござるか。」

「こら!退室までが面接だよ!」

「お前はもういい。なんで面接官に拘ってるんだよ。」

「だってカッコイイじゃん!」



 恰好いいものか。僕をさんざん落とした面接官なんて。畜生。



「ところで、面接なんてやっていたせいで予定よりもだいぶ作業が遅れているんだが?」



 面接官への怒りも含め、言葉に刺々しさをつけて言ってみた。時間が無いのは本当だ。。

 途端に四包は、僕が思った以上にしゅんとしてしまった。



「すみませんがんばります。」

お読みいただきありがとうございます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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