36話 妹夢
「四包はどんな夢を見る?」
ずっと気になっていた。僕が地獄の夢を見て、こんなにも取り乱しているのに、四包はその様子がない。とても同じ夢を見ているとは思えないのだ。でももし同じ夢を見ていたとしたら、四包の精神衛生上また引っ越しを考えなければならない。
「夢って将来のってこと?」
「いや、寝ている間のほうだ。」
「んー、あんまり覚えてないんだけどなぁ。」
「ちょっとでもいいんだ。」
首を捻って四包のほうへ視線を向ける。こっちを向いていた四包と目が合う。ずっと思案顔をしていたであろう四包が、目が合った途端に表情を和らげて、口を開く。
「そんなに心配そうな顔してどうしたの?」
「え?そんな顔、してたか?」
「相変わらずわかりにくいけどね。そんなに心配してるってことはお兄ちゃんが悪い夢見てるんでしょ?」
「...」
バレている。朝の時点で今更な感じはあるが、これでも普段は気づかれないようにしているのに。
「お兄ちゃんの夢を聞かせて。それで私と同じか判断するよ。」
「...良い物じゃないぞ?」
「悪い夢なんだから当たり前でしょ。私はね、お兄ちゃん。お兄ちゃんが1人で抱え込んじゃいそうで心配なの。お兄ちゃんが私を心配してくれるのと同じくらいに。」
適わないな。真剣な目でそんなふうに言われたら、話すしかないじゃないか。四包を心配させるのは話しても話さなくても変わらない。なら話した方がいいだろう。
「実はな...」
四包の表情を見ながら少しずつ話し始める。そう語ることがある訳でもないのだが。四包は僕が話すのを、静かに、それでいて僕が落ち着けるように頷いて聞いてくれる。こういうところが僕とのコミュニケーション能力の差なのだろうな。
「そっか...」
四包に話せてよかった。1人じゃないと思えることがこんなに心強いものだなんて思わなかった。
僕が語った夢の話だが、これでもまだ一部なのだろう。毎日ここで眠るにつれて、夢の世界の時間が進んでいくのだと思う。
「なぁ、四包。今度は四包の話を聞かせてくれないか?」
話をして、精神的にも少し疲れてしまった。話でも聞いて落ち着きたい気分だ。楽しい夢を見ているといいな。
「わかったよ。えっとねー確か...そう!遊園地に行った夢!」
小さい身体。小学校2、3年くらいかな。私はお兄ちゃんと電車に乗って遊園地に来てるの。ほんとに行ったのは幼稚園のときだけだけど、これは夢だから気にしないでいいや。
「楽しみだね、お兄ちゃん。」
「そうだな。」
お兄ちゃんは高校生くらいの大きさ。夢の中ってすごい。私は靴を脱いで窓の外を見る。緑ばっかりの中に、少しずつ建物が混ざってきた。もうすぐで着くんだ。
「もうちょっとだよ、お兄ちゃん!」
「わかったから、ちゃんと座ろうな。」
「はーい!」
周りの人達が微笑ましいものを見るように目を眇めている。ちょっぴり恥ずかしくて、お兄ちゃんの服に顔を埋めちゃった。良い匂い。
「ほら、着いたぞ。早く行こう。」
「うんっ!」
お兄ちゃんに手を引かれて電車を降り、遊園地に向かって気分良く走る。夢だってわかっててもこんなにワクワクするのはきっと、お兄ちゃんが一緒だからだよね。
「お兄ちゃん!あれ!あれ乗ろ!」
「前見て走れー。危ないぞー。」
お兄ちゃんと遊園地なんて楽しくて仕方ないよ。止まって居られるわけないじゃん。
今度は私がお兄ちゃんの手を引いて遊園地を回っていく。
「おーい、お兄ちゃーん!」
「はいはい。」
お兄ちゃんにメリーゴーランドから手を振ってみる。お兄ちゃんもぶっきらぼうだけどちゃんと手を振り返してくれた。可愛いところあるじゃん。
「なあ、これ大丈夫なのか?」
「大丈夫だって!一緒に乗ろうよ!」
急流滑りのアトラクション。お兄ちゃんは濡れるのを心配してるみたいだけど、それがいいんじゃん。わかってないなぁ。
「きゃー!」
「うわっ!冷たっ!」
私もお兄ちゃんもびしょびしょになっちゃった。お兄ちゃんと顔を見合わせて笑い合う。お兄ちゃんも楽しさがわかったみたいだね。
「お兄ちゃん!両手離して!わー!」
「いや、そんなことできっ...!」
ジェットコースターで手を離すのも怖がるお兄ちゃん。こうやって風を感じるのがジェットコースターの醍醐味なんだよ?
「ふぅ、ふぅ。」
「もぉー、お兄ちゃん体力なさすぎだよぉ。」
夜のパレードを前に疲れて息を荒くするお兄ちゃん。しっかりしてよね。
壮大な音楽と共にパレードが始まる。うーん、前の人が邪魔でよく見えないや。夢なのに不便だね。
「おいで。」
「なに、お兄ちゃん?」
お兄ちゃんに近寄ると、肩車されちゃった。お兄ちゃんはこういうところで気が利いて優しい。
「わあぁ。」
「綺麗だな。」
「うんっ!」
きらびやかな電飾。シンデレラの童話を元にした、カボチャの馬車なんかがゆっくり進んでいく。これが夢じゃなければ、良い思い出にできるんだけどな。
「お兄ちゃん、疲れた?」
「疲れたな。」
帰りの電車で背もたれに身体を預けながら話す。楽しかったなぁ。お兄ちゃん、振り回しちゃったかな?
「でも、すごく、楽しかったよ。来て良かったな。」
よかったぁ。お兄ちゃんも同じ気持ちだったんだ。ほんとによかった。
「お前も疲れたろ。着いたら起こしてやるから、もう寝ていていいぞ。」
「うん...ありがと。お兄ちゃん。」
お兄ちゃんの肩に身も心も預け、電車に揺られながら眠りの世界へと落ちていく。
「おやすみ...お兄ちゃん。」
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