34話 小箱
「よし!ラストスパートだ!」
日が落ちきり、ただでさえ薄暗い屋敷の中が、暗闇に閉ざされる頃、異臭を放つ食料庫を除き、屋敷の掃除が完了した。
「お疲れ様!」
「お疲れ様でござる!」
「お疲れ様でした。」
互いに労いの言葉を掛け合う。こんなに達成感に満ちた気分はいつ以来だろう。間違っていやしないだろうか、僕の青春。
「こうなったらあれだね!お兄ちゃん!打ち上げだね!」
「料理ならいくらでも作ってやるが、野菜しかないぞ。」
「こんなこともあろうかと、調味料を母上より預かっているのでござる。」
そう言って稔君はどこからか紙袋を取り出す。いったいどこに隠していたんだ。
「お兄ちゃん、手紙が入ってるみたい。」
「えっと?「稔のことをこれからもよろしくお願いします。」だってさ。良いお母さんじゃないですか。」
「母上はきっとこう言いたいのでござる。「このダメ息子を雇って働かせてください。」と。この調味料は賄賂のようなものでござる。」
「うわぉ、打算的ぃ。」
前言撤回。わりと酷い人かもしれない。
ともあれ、宴会料理が生野菜からきちんとしたサラダに彩られるのだ。それに、2人で生きるにはこの屋敷は広すぎる。
「四包。野菜取りに行くぞ、ついてこい。」
「あーい。」
「拙者は調味料を台所へ運んでおくのでござる。」
「頼みます。」
階段を降り、倉庫に入る。丁寧に掃除した倉庫はもう、台座に違和感を感じない。うむ。我ながら良い仕事だ。
「お兄ちゃん、そっち持つよ。」
「こっちのは重いぞ。大根やらの根菜が大量に詰まってる。そっちの葉野菜にしとけ。」
「いくら私がか弱い女の子だからって、お兄ちゃんには負けてないよ。」
「か弱いって自分で言うのか。」
「いいから!早く渡して!」
「いいや、僕が持つ。」
袋の引っ張り合いになった。どうでもいいことなのだから、折れればいいのに。僕は男の沽券に関わるので、折れることはできない。
「うおっ!」
「きゃっ!」
結果、台座にぶつかってコケた。コケた拍子に小さな箱が台座から転げ落ちる。どんな落ち方をしたのか、箱が開いて、中から光が溢れてきた。
視界が白く塗りつぶされる。
気がつくと、何も無い白い空間に立ち尽くしていた。さっきまで倒れていたはずなのに。
「ここはどこだ?四包は?」
辺りを見回しても何も無い。やがて元々どこを向いていたのかもわからなくなった。
不意に、白い空間に異変が訪れる。ぼんやりとだが、人の形が浮き出てきたのだ。
「四包?四包か?」
返事はない。ただぼんやりとした姿のまま、こちらへと近づいてくる。何者か、そもそも人なのかもわからない存在だったが、不思議と恐怖は感じなかった。むしろ、親しみすら感じる。
目の前まで近づくと、この人が、僕より背の高い男性なのだろうと思った。輪郭はまだボヤけているが、なんとなくそう思った。
そして、その人は僕の右手を取り、人差し指に銀色に光る指輪を嵌める。その瞬間、頭の中に声が聞こえた気がした。
『頼んだぞ。』
視界が薄暗い倉庫へと戻った。僕は立っているし、右手にも指輪が輝いている。今のは夢ではなかったようだ。
隣には、呆然と立ち尽くす四包がいた。どうやら四包も同じ体験をしていたらしい。四包の左手人差し指に嵌る指輪と僕の指輪が小さく触れる。
「お兄ちゃん、今、男の人が...」
「ああ、多分同じ目にあったんだろうな。」
「なんか、不思議な感じ。」
「そうだな。」
「そうだ!お兄ちゃん、箱は?」
「それなら確かそこら辺に...ない?」
さっき僕達が倒れ込んだ所を見渡しても、台座にあった箱は影も形もない。今の白い空間と一緒に消えてしまったのだろうか。
「あ!そうだ!お野菜!」
「あぁ、そうだったな。」
今度は喧嘩せず、仲良く袋の両端を2人で持つ。体勢としては少しキツいが、これで平等になるなら我慢しよう。
「さあ!作るぞ!」
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