33話 閑所
サブタイトルの通りです。お食事中の方はお気をつけください。
「四包、どうした?」
食後、脚を内股気味に、手を膝につきながらモジモジしている四包。なんだろう、この感じ。前にも見たことがあるような。
「お、お兄ちゃん、トイレってどこだっけ?」
「なんだ、昨日見ただろう。忘れたのか?」
「うん...なんでこんなに忘れっぽいんだろ?」
「さあな。トイレに行くにしたって掃除しないと。」
「えー、我慢できないよぉ。」
「なんにせよ掃除はしないといけないんだ。さっさと終わらせよう。」
急いでお風呂横のトイレへと駆け込む。うわぁ、ここも埃が。小さな窓から少しだけでも光が入ってくるので、余計に汚さが目立つ。
ここのトイレは汲み取り式便所。いわゆるぼっとん便所というもので、前の世界の我が家もこの形式だった。
便器となる部分には蓋がしてあり、ハエなどの害虫が集るのを防いでいる。また、そばには水の入った小さなバケツが置いてあり、用を足すごとに軽く洗い流すようになっている。
「この家もこのタイプなんだー。」
「教会でもそうだったな。この世界には水洗式は無さそうだ。」
「お二人とも何の話でござる?」
「気にしないで大丈夫です。」
幸い、蓋の中は大して汚れていなかったので、掃除は埃の溜まった部屋の部分のみ。
しかし、少しでも埃を見逃さない僕の目が、丁寧な仕事を要求してくるため、作業が思ったように進まない。
「ねぇ、お兄ちゃん、まだ?まだだめ?」
「だめだ。四包も綺麗な方がいいだろう?」
「それはそうなんだけどぉ。ううぅ。」
我慢の限界なのか、掃除の手すら止めて下腹部を抑え込む。もうちょっと、もうちょっとだけ待ってくれ。あと隅の埃を拭き取るだけなんだ。
「よし!いいぞ!」
「やっとだぁ!あ!お兄ちゃん!そこにいてね!絶対どっか行ったらだめだよ!」
「はいはい。」
「あ、拙者は部屋で片付けをしておくのでござる。どうも埃っぽい所は苦手なのでござる。」
四包にとって、屋敷はまだ1人になるには怖いらしい。稔君を見習って欲しいものだな。あれだけ怖がっていたのに1人で部屋に戻れるようになっている。単純に忘れているだけかもしれないが。
「お兄ちゃーん、いるー?」
「いるぞー。早くしてくれー。」
扉の前でぼーっとしていると、中から小さな水音が聞こえてくる。別に聞こうとしているわけではない。これは汲み取り式の難点だな。
気を紛らわすために扉を拭く。扉も古くなっているのかガタガタと音を立てるが、掃除モードの僕を止めるには至らない。
「ちょっとお兄ちゃん、何してるの?お兄ちゃんもトイレ?」
「いや、扉を拭いている。」
「なんでこのタイミングで扉なの!床とか色々あるでしょ!」
「ほんとだな。まあいいじゃないか。」
「それより大事件だよ、お兄ちゃん。紙が...ないの。」
「お気の毒に。まあいいじゃないか。魔法でセルフウォシュレット出来るだろう。」
「セルフウォシュレットって聞いたことないよ!どっちにしたってぱんつ濡れちゃうし。」
「そうだな、紙の代わりになるものか。」
紙の代わりを探してポケットをまさぐると、残り少ないポケットティッシュが入っていた。
そういえば、僕達が小学生の頃だったか。学校帰りの道半ばで四包が催したことがあった。そのときは確か、山の中に入って、そこで用を足すように言ったんだったか。結構酷いことしたな、僕。近くに何も無かったから仕方ないと言えば仕方ないんだが。
「お兄ちゃん、絶対こっち見ちゃだめだよ!」
「はいはい、わかってるから早くしてくれ。」
「勝手にどっか行ったらだめだからね!」
会話が途切れると、衣擦れの音や、落ち葉にかかる水音が聞こえてくる。それらの音を振り払うように鼻歌を歌う。
「お兄ちゃん、歌下手だね。」
「ほっとけ。」
「...どうしよう、お兄ちゃん。」
「どうした?」
「紙が無いの。」
「何か代わりになる物ないのか?」
「うーん、ティッシュも無いしー...」
「まあこの際ハンカチでもいい。洗えば大丈夫だ。」
「ハンカチ...あったあった。」
母さんの日頃のお節介が役に立った。毎朝のように確認をとってくる。四包がよく忘れるから仕方ないのだが。
懐かしいな。このことを話すと母さんは、『明日からティッシュも持たせるようにしないと。』と小さく呟いて、それから僕たちにティッシュを持つ癖がついたんだ。と言っても、四包はよく取り出すのを忘れて、一緒に洗濯していたりたのだが。
「四包。ティッシュならあるぞ。」
「ありがと、お兄ちゃん。鍵開けるから手渡して。絶対見ちゃだめだよ。」
「はいはい。」
やがて、水を流す音が聞こえてくる。
「おまたせ、お兄ちゃん。けほっけほっ、まだまだ埃っぽいね、この家。」
「掃除頑張らないとな。そうだ、バケツの替えの水入れといてくれ。」
「はいはーい。」
この家も、慣れればもっと過ごしやすくなるだろう。それに今だって、案外掃除が楽しい。これを仕事にしてもいいくらいだ。
「もうちょっとだね、お兄ちゃん。」
日が傾き始めるとともに、ようやく終わりが見え始める頃。四包が箒を手に笑いかけてくれる。
...四包と一緒なら、なんでも楽しめてしまうかもな。
「よし!ラストスパートだ!」
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