30話 幽霊
「で、出たのでござる。幽霊が。」
よく考えてみたら、魔法なんてものがある世界だ。幽霊ぐらい居てもおかしくないのかもしれない。生前の身体を通っていた魔素が集まって、みたいなことも可能性としてはありそうだ。
「どどどどういうこと?幽霊さんはもう居ないんじゃないの?」
血の気の引いた顔で四包が尋ねる。
「四包殿と海胴殿が、出ていってしばらく、拙者もこの辺りを、見回っていたのでござる。」
よっぽど恐ろしかったのか、途切れ途切れに話す稔君。聞いている身としてはじれったく思ってしまうな。
「すると突然、女性の叫び声が、聞こえてきたのでござる。そのあとすぐ、男性の呻くような叫び声も。」
おいおいそれって、まるっきり僕達じゃないか。たしかにあの時は自分でも驚くくらいの声量が出たとは思うが。
四包はそんなこととは微塵も気づいていない。我が妹ながら鈍感すぎる。
「おおおお兄ちゃん、やっぱりここに住むの辞めない?」
「んなわけにいくか。その叫び声は僕達だぞ。」
「そんな馬鹿な。海胴殿があのような大声を出すなど想像もつきません。ですよね、四包殿。」
「あー、あの声のことだったんだ。確かにあんなお兄ちゃんの声聞いたの初めてかも。」
「と、いうことは...」
油がきれたロボットのような首の動きで僕の方へと向き直る。今稔君が考えているであろう事実を肯定するように頷いてやる。すると、稔君は目にも止まらぬ早さで地面に身を投げ、土下座の構えを取った。
「またしても不敬な真似を!どうか!どうかご容赦下さい!」
「勘違いなんて誰にでもあることだよ。」
「四包殿...」
稔君が四包をまるで神様でも見るように見つめているのが、何となく気に入らないので水を差してみる。
「2回目だけどな。」
「お兄ちゃんは黙ってて。」
妹様から結構キツい物言いをされてしまった。稔君だが、事実を知れば立ち直れるというものでもなく、そろそろ精神に異常をきたしそうなので、帰るように言っておいた。
屋敷の外まで見送る時に気付いたのだが、もう日が落ちていた。寝床のない僕達は探検の続きだ。
「ねえ、お兄ちゃん、もう床で寝れば良いんじゃないの?」
「不衛生だし、大量の野菜をどこへしまうんだよ。」
今までは紙袋に入れて玄関に放置していたが、さすがにずっとそれではまずいだろう。どこへ置くにもホコリが溜まっている。
「稔君に持っていって貰えばよかったね。」
「そうだな。とりあえず良い部屋を見つけて掃除しよう。」
玄関ホール向かって右側の扉へと入る。目の前に扉。もう慣れてきた。
その扉の先は、客間のようだった。僕の膝ほどの高さのテーブルと、これまた僕の膝くらいの高さの椅子が、テーブルを挟んで対になるように置かれている。よく分からない絵画が飾られているが、この部屋にはもうなにもない。
「ねぇお兄ちゃん、あの絵の中の人、ずっとこっち見てない?」
「気のせいだ。次行くぞ。もう夜なんだから。」
さすがにもう自爆している暇はない。応接室を出て、廊下を進み、右側の扉を開けると、正面と右側に2つ扉があった。ここは靴を脱いで入るようで、段差が作られている。どうせホコリまみれなので、今は土足で上がるが。
正面の扉の中はトイレだった。通気口程度の小さな窓が付いていて、観葉植物が置いてあるだけの、何の変哲もないトイレ。
右側の型板ガラスのスライド式ドアを開けると、石造りの床。形の整った石で囲われた空間は、どうやらお風呂のようだ。
「お兄ちゃん!お風呂だよお風呂!しかも広い!」
「よかったな、四包。」
これには妹様もご満悦。怖いのも忘れて喜んでいる。ただ、喜んでいられるほどの時間はない。
「よし、次行くぞ。」
1階最後のドアを開く。そこは物置のようで、よく分からないガラクタやら何やらが置かれている。ここも特に何も無さそうだし、次へ行こうと振り返る。しかし四包には気になるものがあるようで、動こうとしない。
「ねぇ、お兄ちゃん。あれって...」
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