26話 屋敷
「拙者、心当たりがあるでござる。」
1番意外な人物が声を上げた。正直、実さんの言い草からも、ただの怠け者だと思っていたのに。だいたい、まだ本気を出していないとか言う人は、碌でもない人と相場が決まっている。
「どうして稔がそんなものを知っているのですか?」
「拙者、1度この町に関する物語や伝承を調べたことがあるでござる。そのときに。」
なるほど、物語好きも役に立つものだな。胸を張ってドヤ顔を決める稔君は、苛立つというよりも、もはや可愛らしい。僕より高身長で、ガタイのいい人に使う言葉ではないが。
「ささ、こっちでござる。」
どんどん迷いなく突き進んでいく稔君。町の中とはいえ、普通の人は通らないような道で、少し不安になる。なんだか薄暗くなっていないだろうか?さっきまで綺麗な青空だったのに。
「ここがその物件でござる。」
僕達が止まったのは、大きな家の前。窓ガラスのほとんどにヒビが入り、中には破片が辺りに散らばっているものまである。木でできた窓枠にはツタや蜘蛛の巣が張り巡らされ、外見だけでもどれだけ古いか、使われていないかがよくわかる。
「だいぶ入り組んで来たように思えるのですが、誰も訪れないということにはなりませんか?」
「あっ、お兄ちゃん見て。こっちの道。」
「え?おお、この細道がここに繋がるのか。」
その道というのは、僕達が昨日テントを設置した、大通りから少し逸れた路地裏。看板か何か置いておけば、見つけることはできるだろう。
問題は、住めるかどうかなのだが。
「この立地で、この大きさ。どうして不動産屋は放っておくんだ?誰か住んでいるというわけでもないだろうに。」
「それが、このお屋敷、いわく付きなのでござる。」
「げっ。」
四包があからさまに嫌そうな顔をする。そういえばお化け屋敷とか苦手だったな。文化祭なんかはお化け屋敷を避けて通るしかなかったくらいだ。せっかく四包の友達が血濡れで登場するという話だったのに。
「どんないわくなんですか?」
「なんでも、ここは先代の王様が住んでいた屋敷であったそうでござる。酷い病に伏した王様は、この屋敷にそれはそれは強い怨念を残したそうで...」
「わーっ!わーっ!」
「なんだ四包。怖いのか?」
「こ、怖くないもんっ!怖くは、ないけどぉ。」
四包は涙目になって僕の服の袖を掴む。その様は非常に庇護欲をそそるのだが、そんなに怖がるところだろうか?まだ王様が死んだくらいしか言ってないだろう。
「そして、この屋敷には夜な夜な王様の声が響くというのでござる。」
「わーっ!すとーっぷ!やめてー!」
「続けてください。」
「ちょっ、お兄ちゃん!裏切り者!」
「王様は毎晩こう言うのでござる。『早く来い。早く来い。』と。不審に思った不動産屋が、試しに1晩過ごしてみたところ...」
「どうなったの?」
ちゃっかり興味深々な四包。怖いなら聞かなきゃ良いのに。
「それが...」
「それが...?」
誰からともなく、喉を鳴らす。心無しかこの屋敷もさっきより暗く感じる。
「何も起らなかったのでござる。」
「キャーッ!...って、何も起らなかったんだ。驚かさないでよ。」
「正確には、何が起こったのか分からなかった、ということでござる。」
「どういうことですか?」
安心し切っていた四包の緩んだ頬が再び引き攣る。表情豊かな奴だ。
「屋敷に入ってから出るまでの記憶が一切残っていないのでござるよ。」
「そんなことができるものなんですか?」
「普通出来ないから不思議なのでござる。」
「で、でも、それだけならそこまで怖がることはないかな?」
四包。それ、フラグって呼ぶらしい。
案の定、稔君はまた口を開く。
「この話には続きがあるのでござる。」
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