24話 湖水
「明日香さん!」
だだっ広い畑を見渡していると、一番近い畑から声が掛かる。若い女性の声だ。
目を凝らすと、畑の土と同じ、茶色の髪をした女性が映る。髪とは対照的な白い肌が目に眩しい。
「今までどこに行ってたんですか?さ、早く手伝って下さい。ほら早く。」
「いやー、そのー。お前ら任せたぞ。」
「え?」
呆然とする僕らを置いて、一目散に逃げてゆく明日香さん。これはもしかしなくても、囮にされたようだ。
「あ!こら!逃げないでください!...まったく、逃げ足だけは速いんだから。君たち、災難でしたね。」
「あの、帰ってもいいですか?」
「ダメです。明日香さんを捕まえてきてくれるなら別ですが。」
もうすでに見えなくなっている明日香さんを捕まえるなど、到底不可能だ。「魔族」というのは身体能力も高いらしい。四包が全力で追いかければ、どうにかなるかもしれないが。
「いいじゃん、お兄ちゃん。後で明日香さんに何か奢ってもらおうよ。いい加減、固形物が欲しくなるよ。」
「まあ、四包がそう言うなら。」
というわけで、また今日も肉体労働だ。現代っ子がどれだけ怠け者か良く理解した。
今日も快晴。畑仕事日和ではあるが、今はそれを恨めしく感じる。
「お疲れ様です。そろそろ休憩しましょうか。」
「はい。」
今日畑で出会い、僕達と(強制的に)共に働いたこの人は、実さん。この畑の主任のような役割であるらしい。万穂さんと同じくらいの歳だろうか。
「お陰様で順調です。これで雨でも降れば言う事ないんですがね。」
「水が足りないんですか?」
「この国は雨が少ない、と言っても、他に国があるかもわからないのですが。最近は特に少ないですね。」
雨が少ないというのは気づいていた。1週間ずっと農作業をしているのだ。
「せめて湖の水量だけでも上がれば良いのですが。」
「魔法で水を生み出せば良いのでは?」
「この畑だけなら大丈夫かもしれませんが、ここの全てとなると、働いている全員を集めても不可能ですね。」
「お兄ちゃん、私ならなんとかなるんじゃない?」
「ああ、どうにかなりそうだな。」
気軽な発言に、実さんはあからさまに訝しげな表情をする。
「どういうことですか?まさか、雨を降らすことが出来ると言うのですか?」
「いえ、さすがに降らすことは出来ませんが、湖の水を増やすことは出来そうです。」
「余程魔法に自信がおありのようですが、魔族である明日香さんですら匙を投げたのですよ?」
「まあまあ。やらせてみようぜ。」
いつの間にか近くまで寄っていた明日香さんに、物言いたげな目を向ける僕達を無視し、明日香さんはさっさと歩き出す。1日の労働の分、きっちり貰うものを貰わねば。また逃げられると思うなよ。
明日香さんは途中で道行く人に声を掛け、ギャラリーを増やしながら進んでいく。
「ほれ、やってみ。」
「その前に、明日香さんがやってみてくださいよ。限界まで。」
「まあ、いいよ。」
掛かった。魔素切れで動けないところをとっ捕まえてやる。
明日香さんは僕達に聞こえないほどの声で鍵言葉を唱え、魔法を使う。そうすると、蛇口を捻った程度の水が少しずつ湖へ流れていく。
「真面目にやっているんですか?」
「真面目も真面目。大真面目だよ。この世界の魔法はこんなものだろ?」
たしかに、教会で見たことがある魔法の水圧はこの位しかなかった。周りの人たちの表情からも、嘘ではないのだろう。だが、全力で魔法を使っているような気はしない。明日香さんは余裕のある表情をしている。
魔法には、まだ僕達の知らない何かがあるようだ。
「じゃあ、今度は嬢ちゃんの番だ。」
「頼んだぞ、四包。」
「うん!まっかせといて!放水!」
四包がかざした手から、謎の円が現れ、滝のような大量の水を放出する。
周りの人は、目を見開き、呆然と立ち尽くしている。これには流石に明日香さんも驚いたようで、「おぉ」と言いながら水際から離れる。「放水」を1分ほど続けたところで、四包が魔法を止める。
「す、凄い、ですね。」
「やるじゃないか嬢ちゃん。」
「えへへー。」
「そう思うなら、あなたの代わりに働いた今日の分、きっちり対価を頂きたいのですが。」
「まあまあ。私が対価をやる必要は無さそうだぜ?」
ギャラリーの人々は、まるで神を見るような目で、四包を見ている。視線を向けられた四包は恥ずかしそうにしているが、満更でもなさそうだ。
「繋様が我らをお救いになったのだ!」
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