23話 悪夢
「どこだここは?」
見知らぬ天井。薄暗い部屋。きっとここが夢の世界であることは、すぐにわかった。なぜなら、身体が動かないからだ。正確には、身体という感覚さえ無く、ただ視覚だけのような状態になっている。
不意に光が差し込み、部屋の扉が小さく開かれ、そこから杖をついた老人が入って来る。僕達が元いた世界で住んでいたのは、お年寄りが多い田舎ではあったが、そこでも見たことが無いほど皺の深い人だ。
その老人は僕の前で跪き、何か口を動かしている。僕にはその言葉がまったく分からないのだが、不思議と意味だけは伝わってきた。
『神の御子よ。その未来を見る眼で我らを導きたまえ。』
神の御子、という言葉に心当たりはまったくないが、それが夢の世界の僕なのだろう。未来を見る、ということは、弥生時代の卑弥呼のように、占いでもするのだろうか。
老人の言葉に反応したように僕の身体は頷き、瞼を閉じる。そのまましばらく、動かない。すると、瞼は閉じているはずなのに、何か景色が見え始めた。
その光景は、まるで地獄をそのまま絵にしたような、まさに地獄絵図であった。
茶色いはずの、荒野の地面は赤く染まり、そこかしこに人間が横たわっている。胸から剣を生やす者も、首と身体が繋がっていない者も、皆等しく動かない。
遠くには砂埃。その砂からも、時折赤いものが交ざる。それを呆然と見ている間も、金属同士が激しくぶつかり合う音、乾いた破裂音が響いている。
夢の世界から、僕の意識は逃げるように現実へと戻っていく。
「あああぁぁぁあぁぁぁぁ!!」
「うわぁっ!なに!どうしたのお兄ちゃん!」
目が覚めると、涙でボヤけた視界の中に、耳を塞いだ四包の顔がある。ただそれだけのことが、僕を何よりも安心させてくれた。
「どうしたの?お兄ちゃん。悪い夢でも見た?」
「...夢。そう、夢だ。悪い夢を見てしまった。だから、もう少しだけ、こうさせてくれ。」
四包の身体を抱き締める。大切なものを手の中に包み込むように、しっかりと。
「お兄ちゃん、苦しいよ。」
「ごめんな。でも、もう少しだけ。頼むよ。」
僕のことを酷く気遣って、穏やかに掛けられた言葉。四包の手は、僕の頭を慈しむように撫でる。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私がずっと一緒にいてあげるからね。」
その優しさが身体全体に染み渡り、心の傷が癒えていく。
「よし!もう大丈夫だ。ごめんな、四包。苦しかっただろう。」
「ごめんじゃなくて、ありがとうだよ。お兄ちゃん。」
「ありがとう。四包。」
「ん!よろしい!」
そう言ってにぱっと笑う四包に、少し鼓動が速くなるのを感じながら、朝食を摂る。
「今日はとりあえず、この町を見て回ろうか。」
「そうだね。」
テントを手早く片付けていると、四包はおもむろに体操を始めた。「ラジオ体操第一」、どうでもいい話だが、僕は昔この第一の部分を、「安全第一」の意味で捉えていた。ちょっと恥ずかしいので、誰にも言っていない秘密だ。
「なんで今ラジオ体操してるんだ?」
「テントで寝てると身体が凝っちゃって。ほぐそうと思ってね。」
「なるほど、それはいいな。」
四包に倣い、僕も体操を始める。身体の至る所が小気味よい音を立ててほぐれていく。結構凝っていたようだ。
「お前らこんなとこで何やってんだ?」
どこからともなく明日香さんが現れ、訝しげにこっちを見ている。そりゃそう思うだろうな。傍から見ると、路地裏で変な体操をしている二人組である。怪しいことこの上ない。
「これは凝った身体をほぐすための体操です。」
「ふーん。なぁ、私はこれから畑の方に行くんだが、お前らも付いてくるか?」
疑問が解消された明日香さんから、素っ気ない返しと提案がもたらされた。どうせ町を見回る予定だったのだ。畑までの道案内が付いたと思っておこう。
「はい。行きます。」
畑までは案外すぐで、案内されるほどではなかったかもしれない。木組みの家の並びを抜けた先には、教会が使っていたものより遥かに広い畑が広がっていた。朝早くから、たくさんの人が働いている。
「明日香さん!」
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