21話 旅立
「ここは、天国?」
お風呂でのぼせたと思ったら、そこは天国だった。なんてことだ。
「何を寝惚けてるのお兄ちゃん。まったく、心配させないでよ。」
なんだ、天国じゃなかったか。よかったよかった。死因がお風呂で溺れたためとか、間抜けすぎる。とすると、この後頭部の感触は...
「ひゃっ、くすぐったいよお兄ちゃん。あんまり動かないで。というか、起きたならどいてよ。」
女神様、もとい妹様の御膝だった。どうして女の子というのはこう柔らかいのだろうか。
もう少し楽しんでいたかったが、しぶしぶ身体を起こす。ちなみに僕は今、下腹部にタオルを引っ掛けただけの姿だ。タオルなんてしていた覚えはないから、多分四包の優しさだろう。単純に見たくなかっただけか。
「お兄ちゃんもさっさと着替えてよ。風邪引くよ?」
「ん、そうだな。」
お風呂上がりの上気した四包の顔を尻目に、サッと着替え、就寝。お風呂に入るとスッキリするもので、あっさりと眠りに落ちた。
翌日の朝。いつものみんなと明日香さんで朝食をとる。
「そういや、陽介って奴はどこへ行ったんだ?何年か前に来たときはいただろ?」
明日香さんの言葉で、食堂の空気が凍りつく。
「陽介さんは、どこかへ行ってしまいました。」
梓さんが沈痛な面持ちで答える。明日香さんがやっちまった、という顔で柑那さんの方を向く。これはフォローのしようもなく、重い空気のまま朝食を終えた。
朝食の後、明日香さんと僕達兄妹が柑那さんに招集を受け、陽介さんについての説明を聞く。
「陽介というのは、私達が教会に来るよりも前にここで手伝いをしていました。」
曰く、大人たちが働き始めたのが今から12年ほど前、その前からいた真っ白な髪の若い男性だそうだ。多分、万穂さんに教会へ行くように言った人じゃないだろうか。見知らぬ人に手伝いなどさせはしないだろう。教会にいたと言っても、住んでいたわけじゃなく、週に1度くらい手伝いに来ていただけだそうだ。
しかし、3年ほど前からぱったりと連絡が途絶えてしまった。そのため、彼に惹かれていた梓さんは陽介さんの話が出るたび暗い表情をするようだ。ちなみに、付き合っていたわけではなく、梓さんの片思いだったらしい。
「なるほどねぇ、許せんな陽介って奴。乙女の心を弄んだまま居なくなるなんてよ。」
「でも、もしかしたら亡くなってしまって仕方なく、という可能性もあります。」
「そのあたりは考えても仕方ないでしょう。この話は梓さんの前ではしないよう、お願いします。」
そうして事情を知った僕達は今日の仕事に取り掛かる。作業をしながら明日香さんに声を掛けた。
「いつまで教会に滞在されるのですか?」
「んーと、明日には帰るつもりだよ。」
「それじゃあ四包、僕達も一緒に旅立つことにしようか。」
「うん、いいよ。子どもたちと別れるのは寂しいけどね。」
「なんだ、お前ら、旅に出るってのか?」
「ええ、まあ。行くあては無いですが。」
「じゃあうちの町に来てみるかい?ここから東の方へ結構行ったところなんだけど。食料なんかは負担できないけどね。」
「行ってみようよ、お兄ちゃん。」
「そうだな。」
こうして随分雑に目的地が決まった。
今日も順調に作業が進み、この教会での最後の晩餐を迎える。
「明日で海胴と四包がここを出ていくことになった。今日は2人の旅立ちを祝ってやろう!」
いつもより少しだけ贅沢な夕食。万穂さんの思いやりが身に染みる。
そういえば聞きそびれていたことがあったな。
「万穂さん。万穂さんは本当にテオス教徒なんですか?」
僕の質問に食堂が少し静かになる。万穂さんは自嘲気味に笑って言う。
「バレちまったか。あたしはテオス教徒じゃないよ。この教会を使うには、テオス教徒であったほうが都合がよかったんだ。騙してたようで悪かったね。本当はあたしにはこの教会を使う資格なんてないんだよ。」
「そんなことないよ。万穂さんは立派な、みんなのお母さんだよ。」
亜那ちゃんが言う。他の子どもたちも口々に賛同していく。その言葉に、万穂さんは今まで見せたことのないほど良い笑顔で言葉を返す。
「ありがとうね。あんたたち。」
翌朝。みんなに見送られ、旅立つ。
「ばいばい!四包姉ちゃん!またね!」
「うん!またね!」
「ばいばい!海胴兄ちゃん!」
「またいつでもいらしてくださいね。」
「たまには、顔見せに帰ってきな。待ってるからね。」
「はい。必ず。」
最後に2人して万穂さんに抱きしめられ、明日香さんと共に歩き出す。四包は、教会のみんなが見えなくなるまでずっと手を振っていた。
木製の家が並ぶ道を、3人揃って歩く。
「次の町は、どんなところだろう。」
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




