209話 遊戯
「えへへ。これは自信あるよ。」
四包が僕のけん玉を置いて持ってきたのは、円柱形の入れ物。形はそのままペットボトルだ。プラスチックはおろか、油田もないこの国では、木で作るのがやっとだが。
「すっごく時間がかかったよ。この形状を再現するのって大変だね。」
「それはそうだが、これはどうやって遊ぶものなんだ?」
四包から手渡されたペットボトルもどきを傾けてみる。どうやら中は空洞で、半分ほど水が入っているらしい。
「貸して。こうやって遊ぶんだよっ。」
ペットボトルのキャップにあたる部分を持ち、手首を捻って前に投げる。それは綺麗な放物線を描き、ダンッという音と共に着地。見事に直立している。
「おおう。まさか一発で成功しちゃうとは。」
「自分でしたことだろう。」
「ともかく、こうやって遊ぶ玩具だよ。本当はペットボトルがよかったんだけど。」
「これが面白いのか?」
「これが案外面白いんだよ。」
手首を使って投げてみる。キャップの辺りから落ちて、立つことはなかった。上手くいかないものだ。難しさは十分だろう。
「ぷふっ。お兄ちゃん下手くそー。」
「うるさい。四包だって出来ていないだろう。」
「あっ! 今の惜しかった! もう、お兄ちゃんが下手だから移ったじゃんか。」
「知らん。」
四包もさっきから、玉を取り落としてばかりだ。いっこうに刺さる気配もなければ、乗せることすら難しそうである。
「ただいまでござる。何事でござるか?」
稔が帰ってきた。筒状の何かを投げては嘆息する親友と、赤い玉を振り回しては甲高い声で悔しさを表すその妹を見れば、疑問を持つのも当然である。
「おかえり稔。」
「稔君もやる? なんだかんだ楽しいよ。」
「そう、なのでござるか? とてもそうは見えないのでござるが。」
「まあまあ。やってみれば良い。ほら。」
稔にペットボトルもどきを手渡し、投げさせてみる。稔は疑問顔のまま、言われるがままに手首を捻り、それを投げた。
ペットボトルもどきは頭から落ちた。稔も僕と同類だと心の中でニヤリと笑ったのだが。
最初のバウンドで、胴体が地面に打ち付けられた。その反動でペットボトルもどきは立ち上がり、キャップを下にして...立った。
「そんな、バカな...」
「稔君すっごーい! 才能あるよ!」
「そうなのでござるか?」
「こんなものはたまたまだ! もう一度やってみろ!」
「構わないでござるが。」
稔は空中に、無造作に投げた。今度は底から着地。ぐらりぐらりと揺れ、やがて直立。二連続の成功だった。
「もう一度だ!」
「わかったでござるが...何が面白いのでござるか?」
三度目も、今度はより美しく成功させてしまった稔。そんなやつのセリフは嫌味にしか聞こえない。
「おかしい...こんなことが...」
「こんなに簡単に成功されると、製作側としても悔しいね。」
遊びというものは、一度覚めてしまうとどうしてもつまらなく感じてしまうものだ。手先の器用さには自信があったのだが、稔があまりにも上手で、どうもつまらなくなってしまった。
「すごいよ稔君! 全国目指せるって!」
「全国でござるか? ...よく分からないでござるが。」
遊びとはいえ、剣術以外で稔に負けるのは悔しい。せっかく僕が四包の鼻を明かしてやろうと思っていたのに。
「くっ。稔のせいで興醒めだ。」
「理不尽でござる!」
子どものようだと自分でも思うが、こんな遊びの時くらいは拗ねても良いだろう。童心に帰るというやつだ。
「ねえ稔君、こっちもやってみない? お兄ちゃんが作ったんだけど。あ、ちなみに今のは私が作ったんだ。」
「そうだったのでござるか。しかしこれはどうやって遊ぶのでござるか?」
「その十字の部分を持って、四方の窪みや突起にその赤い玉をはめたり刺したりするんだ。」
「そうなのでござるか。では。」
よっ、という掛け声と共に、膝を使い、繋がった糸を通してボールを引っ張った。カンッという子気味良い音と共に、十字の上部は玉を貫いた。
「...稔君、ほんとに初めて?」
「当然でござる。」
「なんかつまんなぁい。」
「四包殿もでござるか。勘弁して欲しいでござるよ。」
「人を傷つける才能を持ってしまったな、稔。」
「嬉しくないでござる!」
その後も二人で稔を仲間外れにし、悔しさを返した。逆恨みではないかというコメントには耳を塞ぐことにする。
「お疲れ様、稔君。」
「遊びのはずではなかったのでござるか...」
「悪い悪い。散々弄ったお詫びと言ってはなんだが、夕飯を食べて行くか?」
「んー、そうでござるな。たまには友人の家で食べるのも良いでござる。」
よし、そうと決まれば、早速準備だ。今日の晩餐は賑やかになる。
久々に稔を加えた食卓を囲み、いつもより内容もリアクションも派手な夕飯時を過ごした。やはり友人というのは良いものだ。
そして今は夢の中。視界に映っているのは、果てしない青空である。夏らしく強い日射が、質量を持っているかのように肌を突き刺している。
「なんだこれ?」
そう呟いて、親父は目を閉じた。先程まで夜であったのが唐突に昼間になっていたら、どう考えても夢だと思うだろう。そこで親父は、さっさと夢が終わるように、夢の中で眠ろうとしているわけだ。
夢の中の夢という、複雑そうで案外そうでもない状況下にいる僕。しかし、僕の直感は、今親父が体感しているこれは夢ではないと訴えかけている。
「暑苦しい夢だな畜生。」
文句を垂れる父親。今の彼の心境は、この暑さもあって苛立ちに塗れていた。当然、その理由は暑さだけではない。
単純明快。愛しい妻子に会いたい。ただそれだけである。
そのまま眠ってしまうほど身命を賭して救った息子。そしてその妹。彼らの誕生日を祝福しなければならない。腹を痛めて双子を産んだ妻を、お疲れ様と労ってやらねばならない。
「ああくそ! さっさと終われよ!」
焦れば焦るほど、睡眠からは遠くなっていく。滲み出た汗が、頬を撫で、首を撫で、服に吸い込まれ消えて行く。ただそれだけに集中していても、眠ることはできなかった。
次第に、こうしていても夢は醒めないのではないかと思うようになった。その思考に至った親父は、何らかの条件をクリアすれば良いのかと思い、目を開けた。依然として広大な青空が見えるばかりである。
「まず、ここはどこなんだ。」
何をするにも、まずは現状把握だ。というわけで、辺りを見渡す。親父の心境は落ち着いていたが、逆に僕の内心は荒れていた。
親父の目を通して見えるそれは、随分と見慣れた荒野だった。赤茶けた土が一帯に見え、遠くには山が連なっている。そこから振り返れば、僕達のときと同じように、壁があった。
「俺の故郷に似ているな。...夢はそんなものか。」
そんな言葉で夢は締め括られた。まったく、親父の夢は僕の心をとことんまで揺り動かす。
親父がこの世界を訪れていた。このことが明らかな事実となった。それも当然だ。この夢を見せているのが親父だと考えるなら、この屋敷に存在していた時間があって然るべきなのだから。
「予想していたことだ。それに、何が変わるわけでもない。」
それよりも、僥倖ではないか。この世界へ来てようやく、親父に会うことが出来るかもしれないのだ。話したいことは沢山ある。母さんのことも、魔法のことも、僕達のことだって。
「んにゅ...お兄ちゃんおあよぉ。」
「おはよう。今日は目覚めが良さそうだな。」
「うん。比較的ね。」
目を覚ましてすぐ、四包の目がぱっちりと開いているなんて珍しい。時間も何も普段と変わらないはずなのだが、昨日仕事をサボったからだろうか。
「そうか。なら話したいことがある。」
「何?」
「親父がこの世界にいるかもしれない。」
「...ほんと?」
「ああ。」
「なんでそんなことがわかるの?」
「夢で見たんだ。親父がこの世界に僕達と同じ方法で訪れるのをな。」
「ほへぇ...会えるといいね。」
「だな。」
今の四包は寝起きなので、反応は薄い。だが、きっと本心から思っているのだろう。寝起きというのは、四包の飾らない本心が垣間見得る時間でもあるのだ。
「お兄ちゃん、今日もお仕事しないんだよね?」
「ああ、そうだな。そのつもりだ。」
とても外聞が悪い響きだが、それが狙いなのだから仕方がない。諦めて受け入れるしかないだろう。
「じゃあこのまま二度寝しても...」
「それはダメだ。」
「えぇー。」
「生活習慣は整えておけ。」
この作戦を実行している間は良い。が、この作戦で糾弾された後。耕司さんにある程度は養ってもらう算段はついているものの、国王という立場を失ってからは、自力で仕事を見つけねばならない。
だがこれも、この国の民主制のためだ。それと、僕と四包が気持ちよく暮らすためでもある。
「変な病気にかかっても困るからな。」
「それもそうだね。不安の芽は摘んでおくに限るよ。」
前の世界よりは空気こそ良いものの、どんな感染症があるかわかったものではない。それなのに生活習慣病にかかって良いはずがないのだ。リスクは少ない方が良い。
「さあ、トレーニングだ。」
お読みいただきありがとうごさいます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




