207話 上達
「くっ、うおおぉぉ!」
夢の始まりは、親父が僕を抱えて雄叫びを上げながら救命措置を行っている場面だった。体内の魔素がみるみるうちに体から離れていくのがわかる。それでも父親はやめようとはしなかった。
「運命を変えたぞっ!」
まるで親父がドヤ顔をしているかのように、前回のリプレイを見せられている。十分感謝はしたのだから、早く続きを見せてくれないだろうか。
僕の興味は、親父がなぜ僕達の元を離れたのかということにあるのだから。
「はぁ、はぁ。」
僕の体を病院へ転移させた後の親父は、息が上がっていた。ここで嫌な予感が僕の脳裏をよぎった。
もしかすると、過剰に魔法を使ってしまった親父は、カンポさんと同じように、全身に力が入らなくなってしまったのではないかと。魔女の呪いと呼ばれるそれに。
「ふぅー。」
親父は一際大きく息をつき、近くの切り株に腰掛けた。ここで僕は、今の予想が外れるであろうことに気がついた。
もし親父がここで倒れたとして。母さんがそれを放っておくはずがない。あらゆる伝手を使って探し出そうとするはずだ。
そうでなくとも、僕達の祖父にあたる人。あの人が、親父を一発殴らねば気が済まないと探すだろう。
それでもこの場所が見つからないという可能性は低い。ここは裏山に広がる森の中で、小さく開けた場所なのだ。
「あぁ、体がだるい。だが戻らなければな。紬が待っているはずだ。...よしっ!」
自分自身に発破をかけ、立ち上がった。そして魔法を行使しようとするも上手くいかない。
さすがに魔法を使いすぎたかと考えた親父は、遠いが歩く他ないと思い、立ち上がった。
「仕方ないなっ!」
その時だった。一歩一歩ゆっくりと歩き出した親父だったが、その足元は覚束無い。ついには、足が絡まって、斜面に向かって転んでしまった。
「やべっ。」
ゴロゴロと転がる親父。その先には、転がった体勢では底の見えない深い穴がある。親父は怪我を覚悟し、目をつぶった。
少しばかりの浮遊感を感じる。間もなく大きな衝撃が身を襲うかと思われた。が、いつまで経ってもそれは来ない。
目を閉じたまま、十数秒が過ぎた。さすがにおかしい。これは打ちどころが悪く、意識を失ったのが原因か。しかし、体の操作は効く。
「は...?」
恐る恐る目を開くと、目の前には青空が広がっていた。先程まで、時刻は深夜だったはずなのに。慌てて体を起こすと同時に夢は終わった。
「まさか、な。」
夢の終わり際に、チラリと見えたあの景色。そこには、あの山の緑などなく、あるのは茶色だけ。本当に一瞬だったので、具体的にどこという判別は出来なかった。
もしかすると、穴に落ちて気絶したまま一夜を過ごしたのかもしれない。ただ、もうひとつ可能性として考えられるのが。
「親父も、この世界に?」
確証なんてどこにもない。だが、そう思うと何だか腑に落ちる気がした。この屋敷で親父の夢が見られる理由として、ようやくそれらしいものが出てきたからだ。
ということは、親父はまだこの世界にいるかもしれない。親父の姿を何度も見たことがある訳では無い上に、この世界では銀髪が一般的だから気づいていないだけで。
それかもしくは、僕達と入れ違いになって元の世界に帰ったか。いずれにせよ、調べてみる価値はあるだろう。
「おっと、もう時間だ。今日は急がないとな。」
「にゅぅん...」
四包をたたき起こして、トレーニングに行かなければならない。今日はまたアゴンさんや稔と手合せができる。
外国でも四包を守ることが出来るように、あるいは、事を荒立てずに収めるために、もっと強くならなければならない。他に類を見ない、圧倒的な強さが欲しい。
『今日はここまでだ。』
「「ありがとうございました!」」
『国王さんよ、随分上達したもんだな。』
「そうですか?」
『ああ。剣の振り方、体の動かし方まで、なんでもかんでもすぐに吸収して、自分のものにしちまう。羨ましい才能だ。』
自分でも驚くような上達だとは思っていたが、改めて師匠から褒められると嬉しくなる。
自慢ではないが、僕の記憶力は少しばかり異常だ。もちろん良い意味で。なんでも吸収して、自分のものにするというのはそこから来ていると考えて良い。
昔からもその兆候はあった。フォームは悪くないが、まったく記録が出なかった走り幅跳び。あれはおそらく筋力が酷く弱かったからだ。
稔のスパルタトレーニングを受けた今となっては、理想のフォームに体がついて行けるまでになった。それがあってのこの上達ぶりだろう。
『動きは良くなったが、問題は反応だな。』
「反応ですか。」
たしかに、剣筋を見てから、行動を選択するまでに若干のタイムラグがあることは否めない。鍛錬ではどうにか対処しようと心がけているが、戦況が長続きすればするほど、それは難しくなるだろう。
『考えすぎないように、というのは、個性を潰すことにもなるが...そこは経験か。大して考えなくとも体が動くようになれば、国王さんの剣術は完成と言っていい。』
「ありがとうございます。精進します。」
反応、反応か。戦況を冷静に判断する力が重要だと思っていたが、それで反応が遅れて、自分が斬られたのでは話にならない。練習あるのみだ。
「四包。行くぞ。」
「はーい。」
今日も今日とて、結果周知の旅だ。いつものように走って向かう。せめて自転車などあればと思うが、国王が自転車というのはシュールすぎる。
花水木区画で、南から順々に発表していったわけだが、次は山茶花区画に入ろうかという場所での公演で、少し困ったことが起きた。
『失敗だって? ふざけるなよ! 資本を提供してんのは俺たちだぞ!』
ある若者が突っかかってきたのである。よその国では不敬罪で捕まりそうなものだが、あいにくとこの国には法律さえ存在していない。
幸いなことに、敗戦国としての遠慮があるのか、突っかかってきたのは彼一人だった。他の人は皆、バツが悪そうな顔で彼を見ている。
彼の意見がここの総意ではないようで安心したのだが、彼の言うことも、民主主義の国で生きてきた僕達にとっては共感できる部分がある。
『お前らどうして黙ってんだよ! おかしいと思わないのか!』
彼は周りに投げかけるが、皆目を逸らしている。この場での唯一の共感者が、敵意を向けられている僕達というのも皮肉な話だ。
「ごめんなさい。次はきっと上手くやって見せます。」
『え? そ、そうか。俺たちに利益は戻って来るんだろうな。』
「はい。外国の事情を見る限り、僕達の国の技術は進んでいます。それを輸出すれば、必ず利益が出るでしょう。」
『おぉ。』という声が周りから漏れた。まさか頭を下げられるとは思っていなかったらしく、文句を言ってきた彼も狼狽えている。
僕の考え方だが、国としてはともかく、個人としては、皆対等な立場だと思っている。こんな未熟者の言うことをまともに聞いてくれるのだから、それだけで感謝すべきことだ。
「二度目の外交を行った際には、改めてご報告させていただきます。」
『お、おう。』
詰め寄ったつもりが、丁寧な対応をされて混乱している彼に手を振り、山茶花区画まで報告に向かった後。いつもと同じダッシュの帰り道で。
「ねえ、はあ、はあ、お兄ちゃん。」
「はっ、はっ。どうした?」
四包が話しかけてきたので、スピードを緩める。息切れしながら話すのは辛い。
呼吸が落ち着いてきたところで、四包が改めて話しかけてきた。
「やっぱり、文句は出るよね。」
「花水木区画での話か?」
「うん。誰だって、自分のお金を勝手に使われたら怒るよ。それで失敗だって言うんなら尚更。」
「そうだな。だが、それをしなければ行政とは言えない。」
「ならさ、今は私たちが勝手に行動してるけど、いつかはみんなで話し合って決めるようにしたいな。」
四包は、一般的な民主主義を望むらしい。あらゆる行政体系の中で、最も多くの人の願いを叶えられる形態ではある。
今でも僕達は好き勝手にしているという訳ではなく、一応地域ごとの代表者に許可は貰っているのだが。如何せんそれを周知する方法が、人伝、あるいは、今僕達が行っている、直接伝えに行く方法しかない。
「本当はみんなで集まって方針を決めたりしたいんだけどね。」
「難しいだろうな。」
前の世界では、直接民主制を施行していた国もあったようだが。未だ通信機器のないこの世界では、それも難しいだろう。
「だからさ、せめて日本みたいに、自分たちで法律を決めて、理想的な暮らしを作れないかなって。そのためのきっかけをどうにかして作れないかな?」
日本の選挙制度自体は簡単で、誰でも理解できる。だからといって、急にこれをしろというのも無責任な気がするのだ。できればゆっくり、時間をかけたいところである。
そんな思考を巡らせている間にも体は動き、間もなく向日葵区画。一つ路地へ曲がればすぐに屋敷に着くかという時。その曲がり角を通り過ぎた先で、小さな人だかりができていた。
「どうしたんだろ?」
「行ってみるか。」
ざわざわと、人が話しているのが聞こえる。ふとその人混みの中に見知った顔を見つけたので、声をかけてみた。
「東さん。」
「あぁ、国王さん。久しぶりだね。」
「何かあったんですか?」
「さてな。少しの間店を留守にしていたらこの有様だ。」
よく見ると、ここは東さんが趣味で経営している射的屋の前である。知らないうちに家の前に人だかりができていたとは、災難なことだ。
何かトラブルの可能性もあるので、ここは国王として、首を突っ込ませてもらおう。よく耳を澄ますと、声を荒らげた人がいるのがわかる。
「どうして規則を守らないんだ!」
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