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ポルックス  作者: リア
エクリプティク
207/212

206話 恍惚

「ん、んん?」



 真っ暗な部屋。一切の光源もない。そして、ただただ背中が痛い。体を起こすのが億劫になるくらいには。

 ひとまず、記憶を呼び起こそう。ここが真っ暗な理由。それはここが飛行機の内部だからだ。いや、飛行機と言うのはおこがましいほどの出来なのだが。



「四包。おーい。四包。」



 腹の上ですやすやと眠る四包であろう物体を揺らす。そのとき、何かひんやりした感覚があった。さてはこいつ、僕の服に涎を垂らしたな。叩き落としてやろうか。



「ほら、起きろっ。」

「ふにゃうっ!」



 ガバッと、思い切り上半身を立ててやった。余程驚いたのか、一瞬跳ね上がったようにも思える。ざまあみろ、だ。

 僕が身を起こしたおかげで、海老反りになっている四包の体を正常な姿勢に戻す。足をこちら側に引っ張ってやるだけ。それが驚くほどスムーズだった。なんて柔軟性だ。



「お兄ちゃん、痛かったよ。」

「すまんすまん。明かりをつけてくれるか。」

「しょうがないなあ。」



 あのフィギュアのような柔軟は、さすがに痛かったらしい。詫びを入れつつ、照明を頼んだ。すると四包は一言「点灯」と呟くのだが、何故だかその光が一瞬にして消えてしまう。



「え、なにこれ。」

「どうなっているんだ。」



 光源作成をもう一度繰り返す。しかしまた一瞬にして消えてしまった。謎は深まるばかり、というやつである。



「四包、連打はできないか?」

「あ、やってみる。」



 怒涛の点灯連呼。それでようやくわかった。この鉄塊は、高速で横に移動しているのである。壁に向かって棒状に光が見えた。光との関係は無いことなのだが、壁からの距離が就寝前より明らかに近い。

 この状況から推測されること。それは、この物体は既に竜の手によって飛行中ということだ。そうと知れば、まず座席につかなければ。着陸姿勢を取ったときに危険が増す。



「四包、もういいぞ。」

「はあ、はあ。早口言葉って疲れるんだね。」

「お疲れ様。この飛行機は現在飛行中らしい。ひとまず座席についてから話そう。」



 幸い、四包が疲れるまでの間に座席の位置は記憶している。左の手で四包の手を引いて、右の手で前方を確認しつつ進む。右手がひんやりとした無機物に触れた。座席だ。



「四包、わかるか? 手を離すぞ。」

「うん。あ、ちょっと待って。手はそのままがいい。」

「ん? ああ、わかった。」



 慣性の法則が働いているとはいえ、ここは機内だ。揺れたときの不安があるのだろう。そのためにわざわざ座る席を交換してまで座った。



「帰国かあ、早いね。」

「そうだな。シートベルトは締めたか? それと、途中で出した明かりは全て消しておけよ。」

「どっちもわかってる。注意されるまでもないよ。もう、あんまり子ども扱いしないでよね。」



 若干むくれた表情が容易に想像できる。座席に座った後も繋がれた手の力から察するに、怒っているわけではないようだが。



「帰ってからはどうするの?」

「もう一度出国する準備だな。今回で、僕がどれだけ無計画だったか、次に何が必要かが判明した。」

「そうだね。」



 あの領地から、我が国の国民全員を養うほどの肉が取れるとは思えない。とはいえ、より大きな都市に進出するにも、まずはあそこで情報収集をする必要がある。見渡した限りでは、あそこ以外に集落が無かったのだ。

 あの樹林とも言える場所を、何の案内も無く当てずっぽうで進むよりは、道を聞くなり何なりした方が早い。



「お肉の確保のために、頑張ろう。」

「そこは国民の幸せのためだとかって言えないのか。」

「事実でしょ?」

「それはそうだが、言い方ってものがあるだろう。」



 僕達の他の誰が聞いているというわけでもないので、構わないのだが。

 そろそろ着陸が近いのだろう、体が上方向に引っ張られる感覚が出てきた。



「それと、僕は柔らかい布団が欲しいな。」

「あ、ほんとだね。幸せな生活にはお肉とお布団が必要だよ。」

「まったくだ。自分でも驚くほど背中が痛い。」

「後でマッサージしてあげるよ。」

「ああ。ありがとう。」



 四包はマッサージですら上手くこなす。これで幾ばくかマシになるだろう。

 さて、下降もいよいよ激しくなり、シートベルトが強く締まり始めた。これ以上喋っては舌を噛む。

 一際激しい衝撃の後、機体は動きを止めた。バキバキという不穏な音は聞こえなかったが、荒っぽい着陸であることに変わりはない。



『おかえりなさいませ。』

「ただいま戻りました。」

「ただいま、プリムさん。」



 ハンドルを捻って出てきた僕達を迎えてくれたのは、少しだけ疲れた顔のプリムさん。いつもの輝く金髪も、今日はその輝きを潜めているような気がする。



「お疲れのようですね。」

『見破られましたか。国王代理としての仕事には、あまりに移動が多すぎるのです。通訳としてソルプも連れていますから、あまり無理もさせられませんし。』



 耕司さんと分担するようには言っているものの、耕司さんも自分の仕事がある。そのため、大部分はプリムさんの管轄になるわけだ。必然的に、あちこち飛び回ることになる。

 そういえば、驚くべきことに、プリムさんが国王代理を務めることに関して、国民からは一切の反論がなかった。もう少し差別的な意見があるかと思っていたのだが。これもプリムさんの人徳か、魔族が浸透しつつあるのか。それとも、国王という仕事がそれほどどうでもいい役職なのか。

 思考を戻そう。



「そっか。私たちは訓練だーって言ってたけど、普通に考えたら面倒だし疲れるよね。」

『お二人の体が不思議でなりません。』



 たしかに、魔族であるプリムさんですら、顔に出るほど疲弊するのだ。僕達に疲労の色が出ていないのは不思議なことである。ついでに言うと、その僕を上回ったあの騎士たちについても。

 しかしプリムさんの苦労も、すぐに解消される日が来るだろう。過去の技術を取り戻しつつあるこの国では。



『して、結果のほうはいかがでしたでしょうか。』

「すみません、準備が足りていなかったようです。」

「失敗しちゃった。」

『仕方ありません。そんな日もあります。』



 冷静な面持ちで、慰めの言葉をかけてくれるプリムさん。きっと、失敗したことはわかっていたのだろう。でなければ、こんな短期間で帰ってくるはずがない。



「国民には報告しなければいけませんね。」

『はい。』



 また、各区画を回って遠征の結果を報告しなければならない。これがまた面倒で仕方ないのだ。新聞なんかでパーっと報じてくれれば楽なのだが。

 それも、印刷機が量産されるようになれば可能になるだろう。それまでの辛抱だ。




 そんな辛抱をして、日が明るいうちはあちこち走り回って結果を報告し、これからの方針を話したわけなのだが。



「ああ、疲れた。」

「今日だけで向日葵区画を全部回ったもんね。」

「移動距離で言えば、これでも半分なんだがな。」

「おかえりでござる。随分と久しぶりな気がするでござるな。」



 プリムさんのあの疲労顔もわかる辛さだ。若いからか、これが次の日になればすぐ回復しているので、なんともないように見えているが。



「それでは、拙者はこの辺でお暇するでござる。」

「うん、お疲れ様。」

「お疲れ様、稔。また明日。」



 僕達が屋敷に帰ったときには、稔は退社する時間だった。稔はいつものように、晩御飯を家で食べるようだ。この屋敷は、稔にとってあくまで職場兼友人の家らしい。



「何か残ってるかな?」

「どうだろうな。出発前に消費できるものは消費してしまったし、あるとしたら常備菜か。」



 それも稔に好きに食べるよう言っていたので、残っているかどうかはわからない。最悪の場合、納税分から少しだけ拝借しよう。



「よかった、あったぞ。」

「じゃあ、これとお米?」

「麦飯な。そうするか。」



 稔が残しておいてくれたようで、台所には今日一日は食べられるほどの茄子の煮浸しがあった。質素な食事だが、これが案外美味しかったりするのだ。



「「ごちそうさま。」」



 それから数日ぶりのちゃんとしたお風呂にも入って、ベッドの上で体を大の字にして寝そべった。今日の一番風呂は僕である。



「はぁ...」



 日中は忙しく、ろくに考える暇も無かったが、こう落ち着いてみると、向こうで過ごした日々が思い出される。

 ポリエさんとリャノさんのその後も気になるが、カルストさんの処遇も。もしかすると、リャノさんは僕達を匿っていたことが露呈して、何らかの罰を受けているかもしれない。それはないと思いたいのだが、心苦しいところだ。



「お兄ちゃーん、おまたせー。」

「待っていたぞ。」



 お待ちかねのマッサージタイムである。お風呂にも入ったおかげで、もうすっかり背中の痛みなど抜けているのだが、それとこれとは話が別だ。



「へっへっへー。覚悟しなよ、お兄ちゃん。」

「ああ、頼む。」



 四包の柔らかな手が、僕の背に当てられた。このマッサージは定期的にしてもらっているのだが、僕の気持ち良いところを教える度に、四包はメキメキと上達していく。



「わっ、お兄ちゃん固い。」

「これも久しぶりだからな。」



 かれこれ一週間ぶりくらいだろうか。スパンとしてはいつも通りだが、新天地へ移動したこともあってか、余計な緊張を筋肉に与えていたのだろう。



「んっ、んっ。どぉ? 気持ちいい?」

「ん、ふぅ。ああ。上手くなったな。」

「そぉ? えっへへ。もっと頑張るね。」

「くっ、ふぅっ。いいぞ。」



 僕の弱いところをピンポイントで攻める四包。僕はもう骨抜きにされている。こんなに激しいマッサージは初めてだ。



「くはぁ、はぁ。ありがとう、四包。気持ち良かったよ。」

「むふふ。そうでしょ。またしてあげるね。」

「また頼むよ。じゃあ、今日はお返しに僕もマッサージをしてやろう。」

「えっ!」

「遠慮するな。さあ横になってくれ。」

「いや、ちょっと。」

「僕では力不足か?」

「そんなことはないけど...」



 とにかく、気持ち良くしてもらったお礼がしたいのだ。甘んじて受けてもらおう。前の世界の本で培った、究極の猫撫でテクニックを。



「いくぞ。」

「にゃっ?! にゃぅんっ!」



 なぜか、四包が気持ち良さそうに身を捩る場所は、大抵猫と同じ場所なのだ。おかげでテクニックが活きる。



「にゃあっ。ふにゃぁっ。」



 しかも、マッサージのときの四包の声は、やたらと猫っぽい。前世は猫なのではなかろうか。運動神経が良いのも案外それが理由だったり。



「にゃん! うにゃんっ!」

「ほらほら、気持ち良いだろう。」

「気持ち、良いよぉっ。だからだめなのぉ。」



 耳の後ろをくすぐるように撫でたり、顔の側面を優しく摘むようにしたり。四包の体は驚くほど雄弁に、気持ち良いところを教えてくれる。



「ふあっ! にひゃんっ! もうっ、だめっ!」

「良いだろう。ほら、ラストスパートだ。」

「だめっ、だめだめっ! んひゃっ! にゃんっ! にゃぁあっ!」



 悲鳴のような声を上げて、一際大きく四包の体が震えた。大げさなやつだ。とはいえ、そんなオーバーリアクションを取ってしまうほど気持ち良くできたというなら、本望である。



「はぁ、はぁ。」

「どうだった?」

「気持ひ、よひゃったれす。」

「呂律が回っていないぞ。」

「ら、らってぇ。」



 ベッドに横たわる四包の表情は、とろとろに蕩けている。息は荒く、顔は赤い。なんだかいけないことをしたみたいで、思わず顔を背けてしまった。



「もぅちからはいんないよぉ。」

「そのまま寝ておけ。明かりは消せるか?」

「うん...消灯。」



 恍惚とする四包の姿は、暗闇に紛れて見えなくなった。その方が心臓にも優しい。さて、僕は眠るとしよう。数日ぶりに見る父親...ではなかった。親父の夢だ。今日はどこから始まるだろうか。



「くっ、うおおぉぉ!」

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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