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ポルックス  作者: リア
エクリプティク
202/212

201話 御伽

『そして、強い雨の日でした。』



 リャノさんは尚も語る。出会いの話を聞いていたはずだったのだが、リャノさんの胸中暴露大会のようになってしまった。ご本人が聞いていることも忘れ、思い出に陶酔している。

 が、それも束の間。間接的に告白をした後、リャノさんの表情は一気に沈んだ。



『それから、ポリエ姉さんは自由に外へも...』

『そうだったかしらね。』



 リャノさんの内に秘めたる思いは、ほんの少しだけの笑いでやり過ごし、何事も無かったかのようにレスポンスを返す。



『あの時は、どうせすぐに良くなるものだと思っていたけれど。今の今までまともに家から出られていないのよね。』



 顔を顰めるリャノさんに対し、微笑みを崩さないポリエさん。その片方の手はウバーレさんの頭を撫で続けている。と、その頭がかくりとポリエさんの膝に落ちた。



『あらあら、眠ってしまったみたいね。』

『...もう、いいですか?』

『そうね...』



 今度はポリエさんも微笑みを消した。僕は見事なまでに無表情で、空気である。すでに二人の世界からは存在を消していることだろう。



『本当はどうなんですか、ポリエ姉さん。』

『もう...長くはないわ。』

『...そうですか。』

『嫌なことにね。自分の身体のことは、自分が一番よく分かってしまうのよ。』



 ウバーレさんが寝静まった部屋の中を、重い沈黙が満たす。どこかの家から聞こえてくる賑やかな喋り声が、窓から入ってきた。



『リャノ。帰るぞ。』

『セルバ兄さん...聞いていたんですね。』



 いつから聞いていたのか、玄関には、ぐっすりと眠ったドリーネちゃんを抱き抱えるセルバさんの姿があった。セルバさんは、そのまま彼女を、膝を挟んでウバーレさんの向かいにそっと下ろした。



『...ありがとう、セルバ君。』

『いや...すまない。』



 それだけ呟いて、セルバさんは、リャノさんの手を引いて帰っていった。僕は取り残されたまま。一礼だけして、僕も家を出ようとしたのだが、ポリエさんに呼び止められた。



『カイドウ君。』

「はい?」

『悪かったわね。こんな話を聞かせて。』

「いえ、気にしないでください。」



 正直、出会った人がこんなにも早く、生命の危機に瀕しているという状況は、僕にとって大きなダメージだった。だがそれも、リャノさんの気持ちからすれば、雀の涙のようなもので。



『でもあと一つだけ、我儘を聞いてもらっても良いかしら。』

「はい。僕にできることなら。」



 昨日出会ったこの縁に、少しでも僕という形を残せたらと思う。たとえすぐに死別するのだとしても。少しでも繋がりを持てていたら。



『リャノ君のことをお願いするわ。』

「...どうして?」

『あの子は、私を無理にでも助けようとするでしょうから。』



 窓から入る月明かりと笑い声。それを背に受け、白い髪を鈍く光らせる。その姿も声も、まるで今にも消え去ってしまいそうで。

 彼女を助けたいと思う、リャノさんの気持ちも分かってしまうのだった。



『私はね、この運命を受け入れているの。これ以上を望むのは贅沢だわ。』

「そんなことは。」

『あまり、家族にも友達にも、迷惑はかけたくないのよ。』



 両の手で、左右の妹たちの頭を撫でる。思えばそうだ。ここの家計を支えているのは誰か。疑いようもなく、ウバーレさんだ。それだけではない。きっとリャノさんや、セルバさんだって。

 その負担を、少しでも減らすことができるなら、命が果てても構わないと。彼女はそう言っている。



「生きたくはないんですか。」

『え?』

「生きて、リャノさんの気持ちに応えたいとは思わないんですか。」

『...』



 酷な質問だった。でも、聞かざるを得なかった。このままポリエさんに天国まで逃げられては、あまりにも、リャノさんが不憫だったから。

 これを聞いてどうなるというわけでもない。確実な治療方法を知っているわけでもないし、そもそも病名だってわからない。こんな質問は、ハッキリ言ってポリエさんを苦しめるだけだった。



『正直に言うわ。出来ることなら、リャノ君と一緒に過ごしていたい。あんなにも私のことを心配してくれるのは、この子達を除いてあの人だけだもの。』



 だが、それが叶わない。そんな非情な現実に、僕は歯噛みした。もし僕に、医学の知識があったなら、と。



『だからこそ、彼に人生を無駄にして欲しくないの。』

「...どういうことですか?」



 治療方法を探すための時間という言い方にしては、少々表情が深刻すぎる。まるで、ポリエさんが助かれば、代わりにリャノさんが苦しむことになるような。



『少し、昔話をしましょうか。』




 むかしむかしあるところに、それはそれは仲の良い親子がおりました。父親はすでに他界しておりましたが、それでも二人は幸せに暮らしていました。

 ある日のこと。母親は、急に体調を崩して倒れてしまいました。驚いた子どもは焦ってそこらじゅうの医者を当たりましたが、誰も彼も、返事は芳しくありません。



『どうしよう。このままではお母さんが。』



 そう思った子どもは、考えました。命に変えても、母親を助ける方法を。そして、一つの妙案を思いつきました。



『そうだ、魔法を使えば良いんだ。』



 魔法を使って、どうにか母親を元気にしようと考えたのです。

 思いついた子どもは、早速行動に移しました。しかし、何日かけて魔法を使っても、一向に母親は良くなりません。

 さらに悪いことに、母親は意識を失ってしまいました。幸い息はありましたが、それも絶え絶えです。



『死なないで、お母さん。』



 子どもは必死で魔法をかけ続けました。しかし、母親は目を覚ましてくれません。

 体から力が抜けていくのにも関わらず、子どもは魔法を使い続けました。そして、丸一日が経ちました。

 ようやく、母親は目を覚ましました。母親は大きな伸びをすると、枕元にいる子どもに手をやります。そして母親は気が付きました。自分の子どもが息絶えていることに。



『ああ、どうしてこんなことをしてしまったの。』



 母親は嘆きました。悲しみに暮れて、自分の命を絶とうとしますが、息子がくれた命を無駄にするわけにはいきません。

 何年もの時が過ぎ、次第に悲しみは薄れていきました。そんなある日、母親は、ある男性と結婚しました。そして子どもができると、その子どもに、自分の身代わりとなって死んだ子の名前を付けました。

 その数年後のことです。子どもは立って歩くようになり、言葉を話せるようになりました。そして、毎日のようにこう言うのです。



『お母さん、元気になってよかったよ。』



 そう。その子どもは、亡くなった子どもの生まれ変わりなのでした。




「まさか。」

『ええ。そういうことだと思うわ。』



 この土地で、古くから語り継がれてきた話なのだという。誰でも知っていて、その無謀さも知っている話。確証のないおとぎ話だ。



「そんなものが成功するはずがありません。」

『そうよ。だから止めたいの。無闇にリャノ君を危険に晒してしまうのなら。』



 どこかで、まだ助かるものだと思っていた。リャノさんが少し無理をすれば、ポリエさんは助かるのだと。しかし、今の話を聞いてわかった。これは無謀だ。

 僕は父親に生を貰った。だがそれは、体の器官が十全であったからだ。病に侵された命を救うことなどできない。



『わかってくれたわね?』

「...はい。」



 こんな希望の無い話を聞いて、諦めないでください、などということは言えない。はなから言う資格など無かったはずだというのに。



「さようなら。」

『ええ。リャノ君のこと、頼むわね。』



 ポリエさんの家を後にし、セルバさんの家まで帰る。四包の夕食が待っているはずだ。

 そう思って歩いていると、その目的地の家の前に人影。



「おかえり、お兄ちゃん。」



 ポリエさんを思い出す白い髪を夜風に靡かせた四包が立っていた。その表情と仕草は、何か話したいことがあるのだと雄弁に語っている。



「中に入らないのか?」

「うん。お兄ちゃんだけに聞いて欲しくて。だからここで。」



 セルバさんに聞かせられないことというと、内容は一つ。カンポさんの病状についてだ。きっと、何か新しいことを聞かされたのだろう。



「カンポさん、晩御飯何が良い?」

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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