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ポルックス  作者: リア
エクリプティク
201/212

200話 往訪

「ただいま戻りました。」



 与えられた仕事を終え、すっかり日が傾いたところで、カンポさんとセルバさんの家まで戻ってきた。外来人というのは珍しいようで、幾度も周りから声をかけられたりしたが。



『ご苦労さん。』



 相変わらず横たわったままで迎えてくれたカンポさん。隣ではセルバさんが佇んでいる。その片方の手には少しの食べ物。



『ご苦労さま。』

「お疲れ様です、セルバさん。」

「そのパン、どうするの?」

『近所の人の具合が悪いらしくてな。そのお見舞いってとこだ。』

「もしかして、ポリエさんですか?」

『なんだ、知っているのか。』



 昨日会ったばかりの人だ。儚い雰囲気を纏った白髪の女性。リャノさんが特別心配していたのをよく覚えている。



「お兄ちゃん、誰?」

「昨日会った人だ。体が弱いらしい。」

「そうなんだ。心配だね。」



 見知らぬ人でさえ、彼女にかかれば心配の的である。僕も、あのときのリャノさんの動揺のしかたを見れば、心配せざるを得ないのだが。



『お見舞い、一緒に来るか? カイドウは会ったことがあるんだろう?』

「いいんですか?」

『向こうには小さい子どももいるからな。その子の相手をしてもらえると助かる。あんまり重い話は聞かせたくないだろう?』

「そうですね。」



 ちなみにセルバさん、若干だが薬学を嗜んでいるらしい。お見舞いに持っていく食品は、彼女の栄養を気遣ったもののようだ。

 薬学と言っても、ここらでは専ら栄養学のようなものだが。健康に良い食品についての知識が豊富なのだという。帰り道で出会った人に教えてもらった。



「四包は残るか?」

「うん。まったく知らない人が行くものでもないでしょ。」



 これはあくまで噂と予想の範疇だが、父親の病気を年齢のせいだと思っているセルバさんは、少しでもカンポさんが良くなるよう、薬学について研究しているのだろう。



『親父、少し行ってくるから、くれぐれも粗相はしてくれるなよ。』

『わかっている。さっさと行ってさっさと帰ってこい。俺は腹が減った。』

『帰るまで待ってくれ。』

「あ、それなら私が作っておくよ。献立とか決まってる?」

『頼めるか。献立は好きな物で構わないからな。』

「はーい。」



 四包とカンポさんに手を振り、数軒先の家に入る。例のごとく、外見はまったく見分けがつかない。素材から間取りから、おそらく全て同じだ。



『リャノ。』

『セルバ兄さん。カイドウ君も。』

「こんにちは。」

『いらっしゃい。カイドウ君。セルバ君は久しぶりね。』



 カンポさんと同じような、寝たきりの姿勢でポリエさんが迎えてくれた。その側には、リャノさんと二人の少女。名前はたしか、ドリーネちゃんとウバーレさん。



『カイドウさん、お話は伺いました。妹さんと、ここまで逃げてきたそうですね。』

「は、はあ。」



 ウバーレさんに僕の話をしたのはリャノさんだろうか。未だ変な勘違いをこじらせているようだ。そのリャノさんは、心配そうな顔をずっとポリエさんを見つめている。



『ごほっ、ごほっ。もう、心配しすぎなのよ。』

『心配しますよ。急に倒れたって言われたら。』

『ごめんなさい。』



 しおらしい態度で、四包よりも小さい体躯をさらに縮めるウバーレさん。行きがけにセルバさんから聞いたが、彼女は僕達と同い年なのだそうだ。



『ウバーレは悪くない。リャノが心配しすぎなんだ。そうそう悪くならないと言っただろう。』

『兄さんの話は根拠が無いんです。安心できません。』

『なんだとぉ?』

『こらこら、ドリーネが見ているでしょう。言い争いはやめにして頂戴。』



 部外者である僕の出番だろうか。ドリーネちゃんを連れ出そう。自分より年下とはいえ、どこかへ誘うというのはほぼ初体験である。



「ドリーネちゃん、紹介したい人がいるんですが、一緒に来ませんか?」

『兄ちゃんだぁれ?』

「ぐはっ。」



 それはそうだ。自己紹介もしていない。そうであっても、話の流れで僕が誰か分かって欲しかった。ポリエさんから話を聞いているはずなのだから。

 もしかして、入ってから今の今まで認知されていなかったりするのだろうか。かなり凹むのだが。



『ドリーネ、この人が、姉さんの話していたカイドウさんよ。』

『そうなの?』

「そうですよ。」

『仕方ないな。可哀想なカイドウに代わって、俺がシホに会わせてくるよ。ドリーネ、きっと仲良くなれるぞ。』

『ほんと? やったー!』



 可哀想な、のところでトドメを刺された僕は床に膝から崩れ落ちた。その横をぺたぺたと無邪気な足音が通り過ぎて行く。

 痛い。心が。



『すみません、うちの妹が。』

「い、いえ...大丈夫です。」



 久々に自分の存在の薄さを突きつけられて、血を吐きそうになったところをウバーレさんに憐れまれた。



『それでポリエ姉さん。本当に大丈夫なんですか?』

『どうかしらね。でもきっと大丈夫よ。いつもと同じなんだもの。寝ればすぐに良くなるわ。ウバーレも、心配かけたわね。』

『ううん。気にしないでいいから、早く元気になって...』



 姉と同じ白い髪をゆっくりと揺らしながら、手をとる。そのまま胸の前へ。ポリエさんはそれを優しい目付きで見守っていた。

 その二人の姿を、遠目から険しい目で見つめるリャノさん。何やら雰囲気が怪しい。

 せっかく立ち直ったことだ。この鬱屈した雰囲気を変えるべく、話題を変えよう。今度こそ、コミュニケーションを取ってみせる。



「そういえばリャノさんは、いつからポリエさんとお知り合いなんですか?」



 部外者らしい、空気を読まない質問だ。だが大抵の人は、体験談などを語らせると自動的に喋ってくれるらしい。これを読んだのは自費出版本なので、あまり当てにならないかもしれないが。



『私とリャノ君? そうね、それこそ、生まれたときから?』

『そうですね。僕が生まれたときには、ポリエさんはもう一人で歩いていたはずです。』



 俗に言う幼馴染のようなものなのだと、ウバーレさんの頭を撫でながら返すポリエさん。子ども扱いをされて、ウバーレさんが憤っている。

 ポリエさんはその抵抗を微笑ましく見守っているだけで、その手を離そうとはしないが。かく言うウバーレさんだって、無理やり退けようとはしていない。



『近所ということもあって、親同士の付き合いがあったんです。』

『私たちの父が、昔からよく遊んでいたらしくてね。一番の親友だったらしいわ。』

『それからずっと、家族ぐるみの付き合いなのです。』



 彼女たち姉妹の親は、高齢出産でドリーネちゃんを産んだため、出産後すぐに亡くなってしまったという。

 ウバーレさんの前でその話はしたくないのだろう。ポリエさんは、両親のことをそれ以上深くは教えてくれなかった。



『ちなみにセルバ君は、私と同い年よ。』

『昔は三人でよく遊んでいましたね。』




 畑と畑の間を、少年二人と少女が駆けていく。少年二人のスピードは、少女に合わせて、少しゆっくりだ。



『セルバ兄さん、今日はどこへ行くんですか?』

『なあリャノ、そのよそよそしい喋り方、止めないか?』

『あら、いいじゃない。礼儀正しくて良い子に見えるわ。』

『家族に対しても敬語ってのはなあ。リャノがそう望んでいるなら何も言わないけどよ。』



 僕が誰に対しても敬語を使うようになったのは、ポリエ姉さんの影響だった。周囲の大人に溶け込むような、年上の風格を持つ姉さんに憧れていたのだ。



『よし、今日の拠点は、そこの木にしよう。丁度実が成っているしな。』

『分かりました。』



 強い日差しを遮るため、木陰に腰を下ろす。僕はただ、二人と並んで風を感じているだけで満足できたのだが、セルバ兄さんはそうではなかったようで。



『よしリャノ、木に登るぞ。』

『気をつけてね、二人とも。』

『任せてください。』



 正直に言って、僕はあまり運動が得意ではなかった。だが、この木登りは僕にとっての小さな見栄だ。ポリエ姉さんに格好つけたいという、単純な。



『リャノ、ゆっくりでいいぞ。大丈夫か?』

『大丈夫です。』



 枝を掴む手がプルプルと震えていた。しかし、ここで退いては男が廃るというもの。どうにかセルバ兄さんの速さに食らいついていく。



『うあっ!』

『リャノっ! ...はあ、言わんこっちゃない。』



 地面に思い切り腰を打ち付けた。痺れが全身に回り、パタリと倒れてしまう。少し首を捻ると、ポリエ姉さんが、少し笑いながら近づいてきていた。



『残念だったわね。』

『うぅ。』

『でも、ほんの少しだけ格好良かったわ。』



 ビリビリと痺れる僕の体の、その頭部を持ち上げ、下に柔らかいもの、太ももを敷いてくれたポリエ姉さん。微笑んで僕の顔を見下ろしていた。



『次はもっと頑張りましょうね。』

『はい。』



 木漏れ日が暖かかった。思えば僕は、この頃からポリエ姉さんに心を惹かれていたのだろう。



『そして、強い雨の日でした。』

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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