199話 直営
「助けてお兄ちゃぁん...」
仕事が一段落し、休憩がてら四包の様子を見に行こうかと、セルバさんと歩いていたのは良いものの。家の前まで来ると、四包の弱々しい声が聞こえてきた。
「どうした、四包!」
「お兄ちゃん、カンポさんトイレ行きたいって。」
『ああ! 処理の仕方を教えていなかったか。ごめんな。』
「変な声出して心配させるなよ。」
「あはは、ごめんなさーい。」
セルバさんが、カンポさんをひょいと持ち上げ、御手洗のある部屋へ持っていく。肩に担ぎ上げられたカンポさんは、まるで生きていないかのようにピクリとも動かない。
「どんな病気なんだろうな。」
「それがね、お兄ちゃん。あれって魔法を使いすぎた人の症状なんだって。」
「どういうことだ?」
「あまりに魔法を使いすぎると、ああやって身体が動かなくなるみたい。これってまずいよね?」
「...ああ。」
まずいどころの話ではない。魔法をある程度使えば、体が怠くなって、自分自身が限界を知らせてくれる。その制止を振り切って使い続ければ、体も振り切れ、糸が切れたように動かなくなる。
理屈で言えば単純な話だが、これは即座に知らせる必要がある。ふざけた子どもが限界まで魔法を使って発症したとなったら、目も当てられない。
「今日の手紙に書いておかないとね。」
「ああ。そうだな。」
カンポさんには悪いが、僕達に知らせてくれたことを感謝する。引いては国民を救うことに繋がるのだ。そして、四包も。
僕達のような異世界人に、限界という概念があるのかどうか、限界を迎えたとして同じ症状が出るのかどうかも定かではないが、気をつける他ない。
『いやー、おまたせ。こんな仕事は女の子に頼むようなことではなかったね。』
『まったくだセルバ。』
『親父が動けるようになれば、万事解決なんだがな。』
『うるせえ。年には勝てねえんだよ。』
今、カンポさんは、この症状を年のせいにした。そういえば、セルバさんは最初に会った時、僕達に『年だ』と説明していた。
つまり、カンポさんは知っていてセルバさんに秘密にしているか、僕だけに秘密にしているか、どちらかということになる。
確率的には前者になるだろう。四包に暴露した時点で、僕に伝わることは目に見えている。
「四包、その話は手紙以外で口外するなよ。」
「うん、わかった。パニックになっちゃったら困るもんね。」
そういうことではないのだが、まあそれも理由の一つとしては十分なのでつっこまない。
交友関係による、人の目と耳。その情報網を掻い潜って、他人に知らせながら特定の人にだけ秘密にするということは不可能だ。だから、口外させないようにする。
『親父の世話は女の子には厳しいよな。よし、選手交代だ。二人とも、牛の世話の経験があるんだったよな?』
「うん。」
『なら二人で行ってきてくれないか。親父の世話は任せてくれればいい。』
「分かりました。」
情報交換の場も出来て、一石二鳥だ。快諾して、四包と共に先程の、領主直営地の農場まで向かう。十数頭の牛が放牧されている、草原地帯だ。
「そういえばお兄ちゃん、ここ領主直営地って話だけど、私たちがいていいの?」
「大丈夫だ。直営地と言っても、実際の運営は領主がしているわけじゃない。牛の世話は借りた農民が日替わりでやっているらしい。」
「そうなんだ。」
「それに今日はリャノさんが訓練に参加しているはずだしな。」
「あ、そうだったね。」
だから僕達が、ここで作業をしていても問題ないわけだ。格好としても、この辺りの人々に馴染めるような、地味なものを選んでいる。
それに、この領地には少なくとも数百人が住んでいるのだ。その中にたかだか二人入っていたところで、気づきはしまい。
『お二人さん、お二人さん。』
「はい?」
『君たち、昨日来てた異邦人さんでしょう? 私、パンパって言うの。宜しくね。』
牛の世話をハイスピードでこなしていると、後ろから声をかけられた。黒い髪を短く切りそろえた、十代後半の少女といった出で立ちである。僕達と同い年か、年上だろう。
「海胴と申します。」
「四包です。宜しくね。」
『わぁ、可愛い! 撫でてもいい?』
「おさわり厳禁だよ。触るなら手を洗ってからにしてね。」
『ああ、そうだったね。ごめんごめん。』
快活な少女である。物怖じしない性格で、好奇心旺盛だ。友達が多そうなタイプだ。つまり、前の世界の僕とは正反対の生命体なのである。こういった活発なところは四包と似ている。きっとすぐに打ち解けあうだろう。
「パンパちゃんって今いくつ?」
『今年で十八だよ。』
「私たちと一緒だね。」
『え、私たち? ってことは双子さん?』
「うん。そだよ。」
『へーそうなんだ! 珍しいね。』
言ったそばからこうなるわけだ。僕はすっかり置いてけぼりである。原因は僕にもあるのだが。
僕はどうも、ハイペースで進んでいく会話というものが苦手だ。一つ一つの受け答えに対し、どうしても丁寧さを求めてしまう。
『こらパンパ! 仕事をしなさい!』
『あ、やべっ。』
どうやらこのパンパさん、仕事をほっぽり出して僕達、というか四包に絡みに来たようだ。別の作業場で、彼女の友達であろう白髪の少女が腰に手を当てて怒っている。
こんな光景を、この間見たような気がする。たしかあれは、学校の視察だったか。いや、たまたま校外学習に鉢合わせたのだったか。ユー君という少年がやたら叱られていたのを思い出す。
「戻ったほうが良さそうだね。」
『うん。シホちゃん、困ったことがあったら何でも言ってね。私の家はリャノさんの家のお隣だから。』
「ありがとね、パンパちゃん。」
『ううん。辛い経験してきたんだろうし、いつでも頼ってくれていいからね。』
台風一過。台風は言い過ぎにしても、ふとしたときに吹く強い風のような少女だった。終始僕は蚊帳の外であったわけなので、きっと相容れることはないだろう。
「お兄ちゃん、もっと積極的に話しに行かないと。」
「お前が話し続けているからタイミングが無いんだ。」
「もう、稔君以外にも友達作ろうよ。妹としては、お兄ちゃんの将来が不安だよ?」
「きっとそのうち気の合う人に出会うはずだ。別に喋れないわけではないんだからな。」
「もう。待ってるだけじゃ来るものなんてないよ。」
耳が痛い。だが、無理をして話をしようものなら、どちらもが気まずい思いをするだけだろう。それくらいならば、積極的になる必要はないと思う。
それよりも、四包の神経の太さを尊敬する。相手にどう思われるかということについて恐れることなく、ズカズカと踏み込んでいくのだ。それで上手くやってしまうのだから、本当に凄まじい。
「そう思うなら、気が合いそうな友達を紹介してくれよ。」
「お兄ちゃんと気が合いそうな、ねえ...」
牛の世話をしながら、視線は上向きで、考えてくれているらしい。別に今考えてくれなくて良いのだが。
それに、前の世界の人たちとはほぼ確実に会うことがないわけなのだ。尚更、考えてもらう必要などない。この世界においては、四包が出会った人は僕も出会っているのだから。
「寺ちゃんはテンションが高すぎるだろうから...高木さんとかどう? 物静かだよ?」
「ことある事に推してくるな、高木さん。」
「まあね。目にかけてたんだよ。」
「高木さんかぁ。」
一般的な黒い髪を目が隠れるほどにまで伸ばした少女だった。一人で行動していることが多いことは僕と変わらない。しかし、あの人は極端に喋らないのだ。
「僕が行っても、喋ってくれないような気がするんだが。」
「そんなの、周りから見たお兄ちゃんも一緒だよ。」
ぐうの音も出ない。まさにその通りなのである。僕の隣にはいつも四包という光源がいたからこそ、僕の無口さや、無表情さが際立っていた。
いや別に、僕は無口ではない。と、思っている。ただ、共通の話題が見つからないだけなのだ。
「まあいいんだけどさ。お兄ちゃんがそれでいいって言うなら。高木さんとも、もう会えないわけだし...」
「む...」
手を使うわけにはいかず、腕を使って、長い髪で蒸れた首周りにかいた汗を拭う四包。その表情はどこか寂しげである。
この世界に来て数ヶ月。すでに一つの季節が過ぎ去った。それでもまだ、過去の世界に未練があるというのだ。当然と言えば当然である。
「四包、そんなことより、もっと楽しい話をしよう。」
「どうしたの急に。」
「友達との会話を練習するんだ。」
「わかった。付き合うよ。」
ろくに友達がいなかった僕にでも、その苦しさの一端はわかるつもりだ。だからせめて、寂しさを紛らわす程度のことは、兄としてしてやりたいと思う。
「そうだな、理想の国について話そうか。」
「あはは。それって高校生が話すこと?」
「良いじゃないか。国王になった高校生が話すことだ。」
「良いけど。そうだな...理想でしょ?」
「ああ。なんでも良いぞ。」
「じゃあ、誰も悪いことをしないで済む国が作りたい。」
「...ふふっ。」
思わず笑ってしまった。僕が思い描いていた理想。そして、僕が予想した四包の理想。その両方と一致したのだ。
僕が思い描くのは、法律を整備し、周知徹底して、誰もが正しいルールに則って動く国。
対して四包が思い描くのは、もっと感覚的なこと。例えば、貧困が無かったり、戦争が無かったりといった、平和によるもの。
方向性の違いはあれど、向かうべきものは二人で一つなのである。
「笑うことないじゃん!」
「すまないすまない。あまりに僕とぴったり同じで笑ってしまったんだ。」
「え、そうなの?」
「まあな。」
ほとんどの人が、どんな国が理想かと言われれば、「平和な国」と答える。現実性の違いはあれど、心に抱くものは皆一つなのだ。
いつの日か、叶う日が来ることを祈る。
「ただいま戻りました。」
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