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ポルックス  作者: リア
エクリプティク
197/212

196話 下着

「よし、交代だ。」



 服も元通りに着て、四包に桶と布を手渡す。四包の顔は赤いままだ。妹とはいえ、四包も女の子であるので、視線を外し、リャノさんの眠る部屋の戸を見つめることにする。

 が、くいくいと袖を引っ張られる感覚。



「私も、脱ぐの?」

「体が拭きたくないのなら、別に構わないが。」



 顔を赤くして、上目遣いになって見つめられる。心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥るが、どうしようもないものはどうしようもない。



「ぜーったい、こっち見ないでね。」

「わかっている。早くしてくれ。」



 そんなに意識されてしまうと、こちらまで意識してしまうではないか。まったく、風呂上がりにバスタオル一枚で出てくることもあるようなやつが何を今更。



「...」



 布と肌が触れ合う音ごときで何を言っているのか。そう思っていた時期が僕にもあった。なんだか、見るなと言われると、つい耳に集中してしまうのだ。

 そしてどうだろう。僕の心臓は少し高鳴っているではないか。何故か。一緒にお風呂に入ったときはこんなことにはならなかったはずだ。

 ひとまず、このうるさい心臓と、布の音を誤魔化すためにも、鼻歌でも歌おう。



「お兄ちゃん、下手っぴだね。」

「うるさい。さっさとしてくれ。」

「あいあい。」



 さて、どうしてこうも心臓が乱れるのかということだが。それはおそらく、状況の差が影響しているからであろう。

 普段の生活と比べてどうだ。二人を隔てる壁も無い。そればかりか、視覚を遮るものは僕の理性のみだろう。

 ただその分、四包の姿は今、下着姿である。これは、言ってしまえば水着と同じだ。と言っても、スクール水着以外、実際に見たことがないわけだが。そんなことは置いておいて、下着というものも、僕がいつものように洗っていたもののはずだ。何ら恥ずかしがることはない。

 そうだ。何も恥ずかしがることなど、互いにとってありはしない。家族間でこの程度の格好を見せ合うことは、何もおかしなことではないだろう。



「もういいな?」

「え、ちょっ。」



 そう考えると、むしろ気にしている方がおかしいような気がしてきた。布が擦られる音も止んでいたので、それで安心して振り返ったわけだが。



「こっち見ないで!」

「おっ、おうっ。すまんっ。」



 あろうことか、四包は上を着ていなかった。育っていないと言えば怒られるので、言い方を変えるが、生育途上のそれが露出していたのである。



「なんというか、申し訳ない。」

「ほんとだよまったく。なんで急に振り返ったの。」



 今度は服を着る音が聞こえ始め、ようやく安心できたわけだが。向かい合った僕達の間には、気まずい空気が流れていた。



「家族なら、下着姿くらいで狼狽えるものではないかと。四包がそこまで脱ぐとは思っていなくてだな。」

「そりゃ言わなかった私も悪いけど。見ないでって言ったんだから見ないでよ。」

「ごめんなさい。」

「ふんだ。」



 僕に背を向けるように、横になってしまう。ただ、怒りの度合いとしてはそれほど大したことはない。しかし、へそを曲げてしまったのも事実だ。どうしたら、機嫌を元に戻せるだろうか。



「お兄ちゃん、妹に対しても、もっとデリカシーを持った対応を心がけてね。」

「はい。すみません。」

「わかればよろしい。」



 こういうことがあると、毎度僕が許してもらってばかりのような気がする。少しでも、お詫びの印を見せたいのだが。



「四包、何かして欲しいことはあるか?」

「んー...じゃあ私が寝るまで、歌を歌ってて。」

「下手なんじゃないのか。」

「いいの。」



 僕が歌い出すと、やはり下手くそだったのか、四包はくすりと笑った。そしてすぐに、安心したような表情で眠りについた。

 その整ったご尊顔を拝見していると、歌っていても眠くなってくる。そして、いつのまにか僕も、眠りの世界へ落ちていた。




「お兄ちゃん、早く!」



 ゴム製の透明なカバンを引っさげた小さな四包が、僕の手を引いて駆け出していく。懐かしい頃の夢だ。スクール水着がどうのと考えたからだろうか。



「楽しそうだな。」

「うんっ!」



 この日は夏休み。小学校でプール開きがある日なのだ。通うのに何十分と歩かなければならないのだが、四包はそれをものともせずに、気分よく歩いていくのだ。

 本当は、僕は行きたくなどなかったのだ。暑くて遠い場所になど。どうせ帰ってくるのにまた汗をかくのだからと。



「ふんふふーん。」



 だが、こうも嬉しそうに、汗ばんだ手を握られて、前後に振られると、どうも反抗する気が無くなってしまう。



「じゃあお兄ちゃん、また後でね。」

「わかった。」



 四包と僕は、二人とも下に水着を着てきたので、別に「また後で」というほどのことでもないのだが。

 小学校のプールというのは小さいもので、二十五メートルプールが一つあるだけだ。そのプールが小さいのにも増して子どもが少ないので、混み合うということはない。



「お待たせ。」

「あまり待っていない。」

「うん、知ってる。言ってみただけだよ。」



 分かれていないタイプのスクール水着に、白い水泳キャップ。ピンクのゴーグルと、まさに小学生といった格好で、四包は現れた。僕も人のことは言えないわけであるが。



「泳ご泳ご。」

「待て。先に準備体操だぞ。」

「あ、そっか。ちゃちゃっと終わらせちゃお。今日はあっついもんね。」



 それに関しては同感だ。ただ、四包は言うまでもなく僕より水泳が上手い。そして体力もある。兄妹でプールとなると、必然的に僕の疲れが大きくなるのだ。これもプールに気が進まない理由の一つである。



「よーっし。準備完了!」

「飛び込むなよ。」

「わかってるよ。くぅー! 冷たくて気持ちいい!」



 四包の日に焼けていない項を背後から見守る。そういえば、彼女の首筋を見る機会はプール以外になかったか。いつもは髪を下ろしているので、なかなか見るチャンスがないのだ。



「何してるの、お兄ちゃん。早くおいでよ。来ないならこっちから行くよ!」

「うおっ、冷たっ!」



 軽くぼーっとしていると、四包は手で水鉄砲を作り、器用に僕めがけて発射した。それを顔面でモロに食らった僕は、しばらく噎せてしまう。



「あーごめんごめん。大丈夫?」

「ごほっ、ごほっ。大丈夫大丈夫。」



 少しだけ涙目になっているのを誤魔化すようにして、プールに肩まで浸かった。登校中ジリジリと日差しに照らされていただけあって、プールの中は爽快感満載だ。



「えへへっ。捕まえてごらんなさーい。」

「誰の真似だよ。」



 ゴーグルを付けずに、歩きにくい水中での鬼ごっこが始まった。過疎というと言い方が悪すぎるが、そこそこ空いたプールは、追いかけっこをするには適した環境だ。



「待てー。」

「あははっ。お兄ちゃんおっそーい。」



 その通り、僕は遅い。なんというかもう、足が回らないのだ。陸上ですら四包に勝てないというのに、水中で勝てるわけがない。



「うにゃっ!」

「四包っ?!」



 どんどんと引き離されていくかと思われたその時。半身になり、余裕の表情で逃げていた四包の顔が急に沈んだ。その理由は、プールの底。プールサイドからの距離を示すあの線である。それに足を滑らせたのだ。

 幸いなことに、まだ距離は近かったため、手を伸ばせば四包の腕を掴むことができ、引っ張り起こすことができた。



「ぷはあっ! あっはは。捕まっちゃった。」

「気をつけろよ。」



 ずぶ濡れの顔を、濡れた手で拭う四包。捕まったというのに、その表情は心底楽しそうだ。

 まったく、おっちょこちょいなところは昔からなのだ。鈍臭いというよりは、もはや才能の域だが。後ろを向いて歩けば必ず転けるのだから。



「じゃあ次は私が追いかけるね。」

「げっ。十秒待ってくれ。」

「そんなに待てなーい。はいスタート!」



 ひ弱で細っこい足を懸命に動かし、四包から少しでも遠ざかろうと前に進んでいく。が、その努力も虚しく、開始十秒程度で捕まってしまうのだった。



「えーい! お兄ちゃん、ゲットだぜ!」

「うわっぷ!」



 至近距離で背後からの飛びかかりに、なす術もなく、二人揃って水中に頭を突っ込む結果となった。

 四包が僕にしがみつくような体勢になっているが、浮力のおかげでそう重く感じないのが幸いだ。



「ねーねー、次は何する?」

「とりあえずおぶさるのを止めてくれ。」

「えー。お兄ちゃんが何か案を出すまでこのままー。」



 当然の如く、僕に拒否権はない。

 僕が出す、運動量の少ない案は全て四包に却下され、この日はほぼずっと、四包を背中に付けたまま過ごすことになったのだった。



「じゃ、また後で。」

「はいはい。」



 お昼も近づき、今日のところはお開きである。それぞれの更衣室に戻って、元の服に着替える。

 周りには少ない子どもたちが、手のひらの皺を見せつけ合ったり、裸で走り回ったりしている。疲れている僕は、そんなことをする気が起こらない。別に、友達がいないだとか、そういう訳では無い。



「さて、四包を待つか。」



 女子更衣室の前で待つのは、さすがに宜しくない。そのため、隣の男子更衣室の前で、いかにも友達を待っているかのように装い待つのが、いつものスタイルだ。

 小学生の頃からでも、女の子の着替えは時間がかかるものだ。たしかに、あんな水着、見るからに脱ぐのが面倒そうである。

 しかし、今日の四包はやけに遅い。既にお腹の虫も鳴き始めている。他の子供たちは、皆既に帰ってしまった。何をそんなに手間取っているのだろう。何か失くしたりしたのだろうか。



「お兄ちゃーん...」

「なんだ四包、まだ着替えていなかったのか。」



 女子更衣室からひょっこりと姿を現した四包。その体には、未だ湿った水着が張り付いている。

 よく見ると、少し顔が赤い。もしかすると熱中症か、あるいは日焼けしすぎたか。

 手招きをされたので、中に誰もいないか四包に確認を取ってから近づく。



「あのね、お兄ちゃん。」

「どうしたんだ?」

「パンツ、忘れちゃった。」



 ドジっ子炸裂である。いつかやるだろうとは思っていた。だが生憎、僕は妹のパンツを持ち歩ける身分には無い。

 そして今日は、さらに酷いことに、四包はスカートで来ているのだ。下着を履かずにスカートを履くというのは、いくら自業自得とはいえ可哀想である。



「はあ。仕方ないな。ちょっと待っていてくれ。」

「え? うん。」



 男子更衣室に駆け込む。しばらくして、四包の元へ、ある一つの布を持って帰ってきた。



「これで良ければ使え。」

「え、お兄ちゃん、これってお兄ちゃんの...」

「何も履かないよりマシだろう。」

「...ありがとう。」



 四包は女子更衣室に引っ込んでいった。一応、あれで応急処置は済んだと思っていいだろう。

 しかし、短パンをあれ無しで履くというのは、少々気持ちが悪い。四包が出てきたら、さっさと帰ってしまおう。



「お待たせ、お兄ちゃん。...ありがと。」

「気にするな。あのままじゃ帰れないからな。」




 この日帰ったあと。母さんの手によって、僕達のプールバックには、お互いの下着が常備されることになったのだった。

 しかし鮮明な夢であった。周りの子どもたちについては多少ぼんやりしていたものの、僕と四包の行動については寸分の狂いも無い。



「んにゃ...」

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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