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ポルックス  作者: リア
エクリプティク
194/212

193話 憐憫

「こんにちはー!」



 領主に直談判したところで、許可が下りるはずもないという僕の考えを全否定するかのように、突っ込んでいく四包。急に声をかけられた住民がびっくりしている。



「はあ、まったく、勝手に出ていくなよ。」

『あ、あなたたちは...?』



 耳に入ってくる言葉と、口の動きから察するに、彼らの言語は日本語ではない。ついで衣服から察するに、彼らは被支配身分だ。



「突然すみません。」

「お肉ください!」

『...は?』



 まあ、そういう反応だろう。突然押しかけてきた人間の第一声が「お肉ください!」では、誰だって呆けてしまう。四包も四包で、端折りすぎだ。

 さてさてこの瞬間、彼らにとって僕達はどう映っているのだろう。無表情で詫びを入れる少年と、無邪気な笑顔で肉を強請る少女。どんな判断を下されるのか想像もつかない。



『どこから来たんですか?』

「あの山の向こうだよ。」



 最初のアプローチが、出身地を尋ねるということだったのは少々驚きだ。もっと尋ねるべきことがあるだろうに。彼らにとって、僕達はどう見ても不審者だろう。それこそ、領主に報告した方が良いかもしれない案件だ。



『あれの、向こう...?』



 そんな僕の思考とは別方向に、現実は進んでいく。彼らにとっての注目すべき点は、山の向こうから来たということだ。

 あんな険しい山を、こんな軽装の二人組が越えて来たということに疑問を浮かべる人。あるいは、僕達の頭を疑っている人。どちらも僕達を不審がりながら会話に集中している。



『どうやって?』

「...竜に乗ってです。」



 特別まともな嘘が思いつかなかったので、躊躇いながらも真実を伝えた。するとなんということだろう。全員が、僕達を残念なものでも見るかのような目で見始めたではないか。

 こうなるだろうと思って、躊躇っていたのだが。



「山の向こうの国では、お肉が足らなくて困ってるんだ。出来れば分けてもらえると嬉しいな。」

「四包...」



 彼らの視線に気づいていないかのように振舞っている四包だが、そんなことはない。ファーストコンタクトに失敗したということを、既に悟っている。若干頬がひくついているのだ。一応、ダメ元で尋ねているだけだろう。



『ぜひ、うちへ来てください。あんまりにも可哀想だ。』



 一人の若者が手を挙げた。完全に憐れんでいる者の目である。周囲の人々も口々に賛成し始めた。その誰もが、僕達に同情しているかのようである。こんなに虚しく、どちらに対しても得の無い憐憫の情を抱かれるのは初めてだ。



『リャノ。牛は僕が預かろう。』



 雰囲気的に、断るわけにもいかず、若者の家へと案内される。観客をしていた人々共々、牛を使って畑仕事をしていたらしいが、僕達を案内する間、彼の兄だというセルバさんが牛の番をしてくれるのだという。



「すみません、お世話になります。」

『いえいえ、大変だったんでしょう。せめてここではゆっくりしてください。何も無い家ですが。』



 簡素な一軒家。基本的に木造だが、基盤には石材が使われている。窓にガラスは無く、観音開きの扉のようになっているだけだ。



『では、しばらく待っていてください。すぐに仕事を終わらせますから。』



 そう言って、リャノさんは出ていった。彼の容姿を説明するならば、黒髪で、少し垂れ目。優しい人というオーラが滲み出ている。気弱そうにも見えるが、僕達を招いたあたり、行動力はあるらしい。



「なんか、勘違いされてるみたいだね。」

「そうだな。まったく、出会い頭に肉を要求するやつがあるか。」

「たはは。でも、それを言うならお兄ちゃんだって、わざわざ竜のことを言う必要は無かったでしょ。」

「山を越えて来たというあたりで、もう既に半信半疑だったさ。むしろ迎え入れて貰えて良かったじゃないか。」

「んー、そう、なのかな?」



 できることなら、対等な関係での交渉を申し込みたかったのだが、まさか扶養されるとは思っていなかった。

 計画からは外れたが、とりあえずこのまま情報収集といこう。それで、貿易相手に相応しいかを決める。



「ねえお兄ちゃん、そういえば、帰りってどうするの? プリムさんと連絡取れないじゃん。」

「おいおい、自分ができることを忘れたのか。」

「へ?」

「手紙の転移。できるだろう。手紙でなくとも、なんでも書いて飛ばせばいい。」

「あ、そっか。」



 この世界の一番の特徴を忘れないであげて欲しい。四包を除けば、プリムさんにも手紙の受け渡しについてルールは言ってあるので、帰ることはできるはずだ。

 プリムさんが謀反を企てていなければ、だが。まあ、もしその気があるのなら、超高度からの投下を指示するだろう。



『お待たせしました。とりあえず、覚えていることだけ教えてください。』



 優しげな好青年、リャノさんが戻ってきた。こちら側の環境さえ知らない僕達が、山向こうの事情を話したところで、憐れみの視線が色濃くなる未来しか見えないのだが。かといって、先に教えろとも言えないわけで。



『お名前は?』

「御門海胴です。」

「双子の妹の四包だよ。」



 ここまでは良い。多少名前に違和感があるらしく、首を傾げているが、飲み込むことはできたらしい。それとも、そこも含めて残念な人だと認識されたか。そもそも、僕達日本人の名前とは違うのだから、諦めるしかない。



『年齢は?』

「十七歳です。」

「同じく十七歳だよ。」



 見た目と合致したのだろう。ようやくリャノさんの表情が和らいだ。強ばっていた表情がほぐれると、垂れ目はさらに強調され、やはり優しそうだという印象も強まる。



『出身地は...』

「山の向こうにある国です。」

「竜に乗って来たんだ。」



 ここで引かないで欲しいと願うのは、僕のエゴなのだろうか。事実を言って驚かれるならまだしも、その憐れむような目をいい加減にやめて欲しい。



『ええ、ええ、分かりました。もう何も言わないで構いません。』



 そして、遂には目に涙まで浮かべ始めた。僕達はいったいどんな境遇にいると思われているのだろう。



『辛かったでしょう、辛かったでしょう。そんな夢物語を語るにまで酷い扱いを受けたんですね。ですが、もう大丈夫ですよ。』

「え? え?」

「何のことですか?」

『まさかっ! 過去の記憶すら...ああ、なんてことでしょう。』



 まるで我が身のことのように、涙を流してくれるリャノさんには悪いが、まったく心当たりが無い。つくづく思いやりのある人だということを実感させられるだけだ。



「いや、あの、ほんとにどういうこと?」

『ええ。分かりました。僕がお教えします。君たちがどんな過去を乗り越えてきたのかを。』



 と言うには、ほとんど憶測のようだが。しかし、そう決まっているかのように話しているだけあって、この世界ではよくあることなのだろう。そんな前提を頭の中で思い描きながら、彼が考える僕達の過去を聴いた。




 僕達はある過酷な環境に生まれた双子だという。その場所は土地が死んでいて、ろくに農業さえ出来ず、民たちは貧しい生活に苦しむばかり。

 しかしながら、領主は構わず税を取り立てる。あまつさえ、自分の仕事すら農民に丸投げするような最低の領主だ。



「どうしよう。もう納められる作物が残っていない。」



 そればかりか、僕達の家は、何故か周りよりも課せられる税が多いのだ。

 とうとう生活が貧困を極め、税も納められなくなったとき。領主は自ら僕達の家に取り立てに来た。



『貴様、納税はどうなっている! さっさとその作物を渡せ!』

「領主様、この作物がなくては、我々は生きていけません。」

『ならばその娘を寄越せ!』



 領主は最初からそれが狙いだったのだ。納税の代わりだと言って、美しい四包を僕から奪う気であったのである。



「そんな領主様! いくら領主様のご命令でも、それだけは出来かねます!」

『ええい、うるさい! 私は領主だぞ! 歯向かうというのか!』



 激昴した領主は、僕に散々鞭を振るった。四包を背にし、やり返すことも出来ず、ただただ痛めつけられる僕。

 やがて意識が朦朧としてきたとき、領主の鞭が止んだ。僕のあまりのしぶとさに、ついに領主の方が諦めたのだ。



『はあ、はあ。今日のところはこれくらいで勘弁しておいてやる。明日にはきっと、用意しておけよ。さもなくば、その娘を今度こそ貰うからな。』



 領主はそう言い残し、去っていった。僕は質素な家の草が敷かれた床にへたり込む。それを四包が後ろから弱々しく支えてくれた。



「お兄ちゃん、こんなこともう止めてよ。私が我慢したら良いだけなんだから。」

「駄目だ。」

「大丈夫だよ。領主様だって、私の命までは取ったりしないよ。」

「それでも、僕はお前を幸せにしなくてはならない。」



 美しい兄妹愛。僕はこの命に替えても、四包を幸せにすると決めていたのだった。



「ならわかった。お兄ちゃん、この土地から一緒に逃げ出そう。」

「馬鹿言え。それでどうやって生きていくつもりなんだ。」

「ここでお兄ちゃんが死んで、私が連れて行かれるよりも、二人一緒に死んだ方がマシだよ。」



 なんということだろう。四包も僕のことを思って言葉をかけて、行動に移そうとしていたのだった。

 そうして絆を確かめあった二人は、夜の間にこっそりと領地を抜け出し、旅に出た。そうして紆余曲折を経て、過酷な目に遭い、どうにかここまで生き延びてきたのだ。




 リャノさんの、まるで小説を諳んじているかのような、語彙に溢れた長文を要約しても、十分長くなった。実際は、紆余曲折の部分がもう少し長ったらしく表現されていたが。



「どうしてそんな壮大な設定を...」

『設定だなんてとんでもない。その傷は紛れもなくその証でしょう。』



 指をさされて僕の体を見ると、たしかに僕の体には、いくつかの痣というか、傷跡があった。しかしこれは、僕が毎日行っているトレーニングによるもので、暴行などとは一切関係が無い。全てリャノさんの妄想である。

 改めて否定しようと口を開きかけたとき、リャノさんは僕達を慌てて服が少ないクローゼットへ押し込めた。



『少し隠れて。』

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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