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ポルックス  作者: リア
へミニス
192/212

191話 飛行

「未来を変えた...!」



 パチリと目を開けた。既に僕達の「いつも」を侵食している木目の屋根である。隣を見れば四包が珍しく眠ったままの姿勢で、仰向けにすやすやと寝息を立てていた。とくれば当然、手は繋がれたままである。

 柔らかい手の感触。規則正しい安らかな寝息の音。僕が取り入れる、その美しささえ伴う感覚は全て、父親の尽力によるものなのである。



「お兄ちゃん...? 手ぇ、痛い。」

「あ、すまない。」



 己の命の存在を確かめるためか、強く握りしめていたようだ。慌てて力を抜くものの、心は未だ、どこかに確認の術を求めている。



「なあ四包。」

「んぅ?」

「僕は間違っていたみたいだ。」

「へぇ?」



 僕が話したがっているのを察してか、四包は上体を起こした。そして小首を傾げている。さすがに入りが唐突すぎた。それに、四包もまだ目覚めきっていない。

 僕の出生の秘密は、どうせなら目覚めきってから聞いてほしかった。というわけで、少し待つことにする。その間に、存在確認の欲求を満たそう。



「ふぎゅっ。」



 四包を抱き寄せた。柔らかな感触と共に、互いの心臓の鼓動を感じる。落ち着いた息遣いまで。

 四包は僕になされるがまま、顎を僕の肩に乗せて、腕はだらしなく垂れ下げている。目は半分も開いていないだろう。



「にゃぁー。」



 丸まった背を撫でてやると、とろけるような猫撫で声を発した。耳が幸せになると同時に、寝間着と髪のさらさらとした感触も、手に伝わってくる。



「んにゃうっ。」



 背骨の辺りからだんだん下がっていって、骨盤辺りを撫でると、四包の体が跳ねた。くすぐったいのはわかるが、面白い反応である。

 それが僕の加虐心を刺激した結果、そこを攻め続けるという行動に出た。ビクビクと体を震わせ、あられもない声を出している。



「んひゃぁっ。お兄ひゃん、やめへぇっ。にゃぁっ。」

「すまない。つい熱中してしまった。」



 撫でるのを止め、僕に撓垂れ掛かっていた四包を起こしてやると、息は荒く、肌は少し汗ばんで、顔はほんのり赤く染まっていた。身震いするほどの背徳感がある光景である。



「もう、起きたかりゃあ、ゆるひてぇ。」

「本当にすまない。」



 そんな言葉を発しつつ、僕の顔は若干にやけているだろう。ほとんど変わらないはずの僕の表情が、自覚できるほどに動いていた。



「ふぅ、ふぅー。もう、お兄ちゃん、やりすぎだよ。」

「すまなかった。」

「...気持ち良かったからいいけど。」

「何か言ったか?」

「にゃんにも!」



 自然に噛んで猫語になるあたり、もうすぐ猫になるのではなかろうか。なんて冗談めいたことを考えるのもそこそこに、せっかく四包が起きたのだから本題に移ろう。



「四包。僕は間違っていたらしい。」

「何が?」

「父親を嫌っていたことだ。」



 今までは、母さんや僕達を捨てたろくでなしだと思っていた。だが、それは違ったのだ。



「今日の夢で、父親がどんな思いを抱いていたのかを知った。」

「うん。」

「そして、今の僕が生きているのは、紛れもなく父親のおかげだ。」

「そうだね。私もそうだよ。」

「僕は感謝こそすれ、怒りを抱くことなんて無かった。」



 命の恩人に対して、それはあまりにも失礼で、厚顔無恥なことだ。そんな人間に、僕はなりたくない。



「これからは、父親に感謝して生きていくことにする。僕の命を、倒れるようになるまで救ってくれた父親に。」

「うん、それがいいよ。...やっと気づいたんだね。」

「ああ。ようやく、な。」



 ようやく、全身全霊をもって僕の命を救ってくれた父親に、少しでも報いることができる。少なくとも、これ以上恩を仇で返すことはない。



「ならまず、その無愛想な呼び方を変えたら?」

「ん?」

「父親父親って、家族っぽさの欠けらも無いじゃん。よそよそしいにも程があるよ。」



 それもそうだ。もう少し家族っぽく。母さんは母さんと呼んでいるのだから、父親も父さんと呼ぶべきだろう。



「父さん...」

「うんうん。」

「だめだ、恥ずかしい。」



 今までずっとよそよそしく呼んでいたのに、急に親しくなるというのは。しかも、行方不明の父親には知られず、ただ一方的にである。



「親父。そう、親父だな。」

「まあいいんじゃない? 桜介君みたいで。」



 僕を桜介君とすると、親父が祐介さんというのが少し残念だが。




 外へ出ると、国の至る所で色とりどりの花が咲き始めていた。そして、ある一部では桜まで。まるで僕達の門出を祝福しているようでもある。



「この家ともしばらくはお別れかぁ。」

「稔、管理は任せたぞ。」

「承ったでござる。」



 今日、この美しい春の日に、僕達は異国へと旅立つ。そのための準備がようやく整ったのだ。

 旅というのは良いものだ。見知らぬ土地へ行く不安は当然あるが、それ以上に心が沸き立つ。



「ソルプちゃんにも挨拶しよう。」

「そうだな。」



 ソルプさん、ついでに桜介君や祐介さんにも挨拶をしたものの、プリムさんと約束していることもあって、長居は出来なかった。



「ふう、到着っと。」



 やってきたのは、国郊外の荒野である。そこには武骨な鉄の塊が置いてあった。隣にはプリムさんも佇んでいる。

 これこそが今回、旅に使う乗り物である。と言っても、これは飛行機で言えばただの座席部分なのだが。

 硬度は、上空での気圧差に耐えられる程度。運ぶのが人力ならぬ竜力であるため、重さはできるだけ削っている。空気抵抗を小さくするために楕円形となったそれは、陽の光を受けて鈍く輝いていた。



「おおぉ...なんというか、地味だね。」

「機能性を重視したと言ってくれ。」



 卵のような形をした鉄塊には、取っ手のような部分が左右に二つ。そして後部にはまた重厚な扉があるだけ。扉にはハンドルが付いており、それを開けなければ完全な密閉空間である。



『これで空を飛ぶのですね。』

「はい。」



 当然ながら、窓は無い。強化ガラスなど存在していないのだ。

 この物体の安全性は、すでに確認済である。何度もテストフライトを重ね、非常用パラシュートの動作もチェックした。あとは乗り込むだけである。



「よし、じゃあ、行ってきます。」

「国のことはお願いします。」

『いってらっしゃいませ。』



 ハンドルを回し、扉を開いて中へ乗り込む。武骨な見た目に反さず、単純な構造である。中には床と接合された椅子があるだけ。あとは、安全バーやエアバッグも存在している。



「ドキドキするねぇ。」

「ああ。」



 前日の夢で、僕の出生を知ることが出来て良かった。でなければ、この旅の後で見ることになっていたのだから。おかげで、実に清々しい気持ちで旅立つことができる。



「まだかな? まだかな?」

「落ち着いて座っていろ。」



 まったく、いくら初めてのフライトとはいえ、急造品の機体でよくそんなにはしゃげるものだ。落ちたときの不安は無いのだろうか。少し気になって聞いてみる。



「お兄ちゃんなら、落ちても大丈夫なようにしてるでしょ?」

「まあ、そうなんだが。」



 嬉しいことに、僕への信頼でカバーしているようだった。それを裏切るような仕事はしていないが、なんともむず痒い。



「おおおっ。」

「舌を噛むなよ。」



 じきに訪れた、真下へ引っ張られる感覚。押しつぶされるかのようなこの感覚は、噂に聞くGというやつだろうか。一度体を張って実験はしたのだが、どうにも慣れない。



「なんか楽しいね!」

「そうか?」



 テンションの上がっている四包は、常に笑顔である。感覚で言えば、既に上昇移動を止め、水平に移動しているところだ。Gを感じることはない。しかし、どのタイミングで降りるのかわからないと不安になるな。



「うおっ?!」



 と思っていた矢先、唐突な浮遊感が体を襲った。シートベルトのおかげで身が浮くことはないものの、少し怖い。隣の座席に座る四包はといえば、両手を離してバンザイのポーズ。



「馬鹿! 安全バーは持っておけ!」

「ごめんなさーい。」



 ここは遊園地ほど安全な場所ではないのだ。ジェットコースター感覚ではいけない。

 やがて下降も収まってきた。エレベーターで1階に着いたときのような、下へ引っ張るような力が働いたかと思うと、そこから唐突な浮遊感の再来。



「きゃあっ!」

「大丈夫か?!」



 そして機体は、バキバキと不安を掻き立てる音を立てて着陸。揺れていたのが収まると、ようやく一息ついた。思わず悲鳴を上げた四包だったが、座席に腰を落ち着けていたので、どこも怪我はしていないようだ。



「うー、お尻いたぁい。」

「これは、着いたということでいいのか?」



 たしかに、集落が近すぎても良くないので、山の中腹で平らな所があれば下ろして欲しいとは言った。だがそれにしたって、もう少し丁寧な着陸をして欲しい。



「お兄ちゃん、開けてみよ。」

「そうだな。」



 待っていても何も始まらない。そればかりか、日が暮れる一方である。まずは、周りの状況確認から始めよう。

 どんな世界が待っているのか、ワクワクする。



「いざ、新世界へ。」

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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