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ポルックス  作者: リア
へミニス
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186話 伝承

『入って来ないでくださいっ!』



 四包の手招きに従おうと扉に手をかけると、プリムさんの悲鳴じみた声が聞こえてきた。これはいけないタイプだ。僕にはわかる。

 僕の推理によると、四包はいつものように僕にアドバイスを求めようとしているが、プリムさんはまだ着替えの途中、といったところか。よってここは開けないが正解だ。



「何してるのお兄ちゃん、早く入ってきて。」



 と、思ったのだが、四包に引き込まれた。思わず目をつぶるが、悲鳴は無い。恐る恐る目を開けると、予想とは違う光景があった。



「どう? 似合うでしょ。私が考えたんだよ。」

「あ、ああ。」



 そこには、窓から薄く入ってくる光を後光として纏った天使がいた。というと少し大げさだが、詩人に言わせれば、そう表現しそうなほどだ。



「とても綺麗です。」

『あ、ありがとうございます。』



 格好自体はなんということはない。四包が絵のモデルになった時のワンピースに、同じく青いリボン。少し違うのは、四包より胸が強調されているところだろうか。

 ワンピースは丈が短いというわけでもないのだが、恥ずかしげに裾を押さえていて可愛らしい。今まであの巫女服もどきしか着たことがないというならば仕方ない反応だ。



『ソルプさん、やはり短くありませんか?』

『問題ありません。美しいです。』



 これにはソルプさんも思わず鼻を押さえながらサムズアップ。ソルプさんはそういうキャラだったのか。通りで年齢を感じる行動があるわけだ。



『どうかしたのか? 巫女姫さっ?!』



 そこへ入ってきたのはアゴンさん。プリムさんの神々しいとも言える美しさに度肝を抜かれているのが見てわかる。



『どうでしょうか...?』



 四包に教えてもらったのだろう、たどたどしいカーテシー。四包より低い身長と、煌めく金髪も合わさって、西洋貴族の箱入り娘のようだ。初めて社交界に足を踏み入れるかのごとく初々しい。



『良いと思うぞ。』

『...ふふっ。そうですか。四包様、私はこの服にします。』

「わかったよ。」

「拙者を仲間はずれにしないで欲しいでござるー。」



 大男、アゴンさんが扉に立ち止まっているせいで稔が入って来れていない。少し哀れである。



『また目立っていませんか?』

「こればっかりは仕方がないですよ。」



 四包はソルプさんと、親子、もとい姉妹スタイルで似た着物を着ていて、そちらもまた美しく目立つ。それだけでなく、今日は洋服スタイルのボディーガードとお嬢さんがいるのだ。目立たざるをえない。

 影の薄い弟子二人は、どちらも洋服だが、誰にも目を向けられていない。



「着物が増えてきたね、お兄ちゃん。」

「ああ。四包の宣伝のおかげだな。」

「色も増えましたから。」



 小さい身長で小さい胸を張るソルプさん。それもそのはず、色のバリエーションが増えたのは、ひとえにソルプさんのおかげなのである。

 ソルプさんが、屋敷を訪れた橘さんに染色法の話をし、それを聞いた明日香さんが花水木区画から人員を徴収した。というと言い方が悪いが、要は技術の伝搬である。僕はそのとき通訳をやらされたので事情を知っているというわけだ。



「男性で着物を着ている人もいるでござる。」



 着物が人気を博し、ついに男性用も作られるようになった。自分が着物を作ったわけではないが、流行を作ったと考えると少し誇らしい気分になる。



「着きました。」

「あっ、四包姉ちゃーん!」



 少し遠い舞台まで到着。目ざとく四包を見つけた教会の子どもたちが、駆け寄ってきて引っ張っていく。僕の元には、四包争奪戦に参加しなかった多那ちゃんのみが来てくれた。

 そんな意図は無いだろうが、まるで憐れまれているようで心が痛んだ。



「四包姉ちゃん! 今日はね、桜介兄ちゃんも来るんだって!」

「そうなの?」



 四包と一番仲の良い、亜那ちゃんの声が聞こえてきた。祐介さんとは、道中や仕事先でよく会うのだが、桜介君と会うのは久しぶりだ。



「やあ海胴。やっぱり来たんだね。」

「はい。お久しぶりです、万穂さん。」



 互いに挨拶を交わす。二度目の公演ということで、お客さんは前よりも格段に増えていた。その中で、やたらと目立つ団体として居座ることになっている。



「お姉さん、誰?」

「こら、宗介君。人を指差すものではありませんよ。」

「ごめんなさい。」



 梓さんが咎めたものの、宗介君の疑問は尤もだった。彼にとっては、見たこともない髪の色をした、美しい女性ということしかわからないのだ。



「こちらはプリムさんで、あちらの大きい人がアゴンさんと言います。花水木区画の人ですよ。」

『よろしくお願いします。』

「へえー。」



 僕の声が聞こえたのか、初見さんたちに一礼をするプリムさん。アゴンさんもついでに頭を下げている。意外と律儀だった。



「そろそろ開演です。静かにしなさい。」

「柑那さん、桜介兄ちゃんがまだ来てないよ。」

「いずれ来るでしょう。静かに待ちなさい。」

「はーい。」



 一度静かにするよう言われれば、お口をチャックする利口な子どもたち。彼らの期待は舞台へ半分、周囲の観衆から現れるはずの彼へ半分。舞台へ体を向けつつ、顔はキョロキョロと見回している。



「我こそは! この国を守る国王である!」



 演技が始まった。役者らしいよく通る声である。一番近くの席では耳が痛くなるのではなかろうか。中距離の僕達にはちょうど良い迫力だ。

 と、そのとき、袖を引かれる感覚があった。それに振り返ると、お嬢さんもとい、プリムさんが上目遣いで目を合わせてくる。少しドキッとした。



「どうかしましたか?」

『言葉がわかりません。』



 当たり前だった。通訳は僕と四包、それからソルプさんの役目だ。でなければ完全な無駄足である。見入っているソルプさんと四包には頼みにくいようで、何を考えているかわからない僕なら良いと考えたのだろう。

 周りの迷惑にならないよう、後ろから最小限の声で通訳をする。となると必然的に、その美しい項が近づいてしまう。きめ細かい肌に少し鼓動が速くなるものの、四包に慣れている僕は、動揺して噛んだりなどしない。



『俺にも聞かせてくれ。』



 そこへアゴンさんも顔を寄せてきて、中和された。心臓の音ももう聞こえない。傍から見ると、大男と美少女に後ろから耳打ちし続ける国王という残念な絵になるわけだ。



「お父様、お父様。どうした、我が息子。勇太よ。」



 抑揚の無い話し方で二役を演じ分けるのは難しい。というより不可能だ。こんな面白みの欠片もない通訳で申し訳なく思う。

 しかして、セリフを復唱しながら演劇を見るというのも良いものだ。一言一言が脳に伝わる感じがして、聞き漏らすということがない。



「どうすれば私はお父様のような、立派な国王になれますでしょうか。」



 この演劇、題材は巫女姫の伝承らしいのだが、相当なアレンジが加えられている。全ての役が性転換されている上に、ドラゴンも登場しない。話の大筋としては、強い国王様に憧れる、その息子勇太の物語といったところか。名前のバリエーションには触れないでおこう。



「ふむ、勇太。国王には大切なものが三つある。何だかわかるか?」

「力ですか?」

「うむ。それも答えの一つだ。力が無ければ何も始まらぬ。だが、それだけではないのだ。あとの二つが何かわかるか?」

「...わかりません。」



 この話のメインキャストは今のところこの二人だけだ。三頭の牡牛、最後の一人がまだ登場していないので、ここはまだ前半戦と考えて良いだろう。



「皆様は分かりますか?」



 ここで勇太が、観客にレスポンスを求めた。前回四包が言ったことだ。このタイミングで振ってくるとは。

 真面目な話を子どもたちに振るのはどうかと思ったが、子どもたちは至って真剣に考えている。



「元気!」



 子どもたちの一人、緑の服を着た浩介君が手を挙げて叫んだ。彼らしい、それこそ元気な答えだ。



「ふふふ、たしかにそれも大事だ。だがそれよりも大事なものがある。」

「優しさ?」



 浩介君の隣、水色の早那ちゃんが疑問形で答えた。周りからの視線が集まって恥ずかしくなったのか、そんな視線を感じてすらいない剽軽な浩介君の後ろに隠れてしまったが。



「うむ、その通りだ。よく分かっておる。国王に必要なものは優しさ。そして最後の一つは、その対となる厳しさだ。」



 どこかで聞いたことのあるフレーズだ。そう思いながら通訳をしていると、僕の前にいる、ただでさえ四包より小さい身長の人がさらに縮んだ。



『どうして私の話がぁ...恥ずかしぃ。』



 思い出した。この話は、プリムさんから聞いた先代巫女姫様の話だ。聞いていて、特に恥じるような部分は無いのだが、自分の姿を客観的に見せられれば恥ずかしくもなるか。

 物語は進み、最後は国王としての自覚を持った勇太が、不在の国王に代わって軍を操り、敵国の軍勢を打ち倒して終わった。前半は大人向けの精神論、後半は子ども向けのアクションと、良い構成だった。



『くぅ、巫女姫の風習が憎らしい...どうしてこんな恥を...』

「まあまあプリムさん。元気出して。そんなに恥ずかしがるところはなかったよ。」



 どうやら巫女姫には、自分の伝記を一つ書き記す伝統があるらしい。たまたま三頭の牡牛のお眼鏡にかなったのが、先代の話だったというわけだ。大幅な脚色はあったが。後半の戦闘シーンは全て後付けだろう。

 プリムさんを励ましたり、劇の感想を言い合ったりして歓談していると、亜那ちゃんだけが一人、別の方向を向いていた。



「あっ、桜介兄ちゃん!」

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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