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ポルックス  作者: リア
へミニス
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179話 化物

『起きろ、国王さん。』



 肩を揺すられる感覚で目が覚めた。窓の外はすっかり暗くなっていて、アゴンさんの顔もうっすらとしか見えない。誰かに起こしてもらうというのも久しぶりだ。小学生の頃は、こうして毎日母さんに起こされていたことを思い出す。



「おはようございます、アゴンさん。」

『おう。まったく、仲が良いのは結構なことだが、こんなところでまでしなくても良いだろうに。』



 何のことだろう。昨日あれから何かあっただろうか。夢も見ないほどにぐっすり眠って、それから今までは、意識がある限り何もなかったと思う。



『臭いが無いのが不思議だがな。』

「臭い? 何のですか?」

『そりゃあお前、昨晩はお楽しみだったなってやつだ。』



 昨晩? お楽しみ? あ。

 なかなか体を起こせないと思っていたら、布団と一緒に四包が乗っていた。それを見てアゴンさんは、その、致したと思ったのだろう。価値観の違いとは恐ろしいものだ。



「アゴンさん、僕達の国では、兄妹でそういったことはしないんです。」

『ならなんで一緒に寝ているんだ?』

「それはたしか...過度に心配をかけてしまったからですね。」



 僕が一度死んでから、別居することでどうにかそれを治したのだが、昨日、いや、今日の出来事で、また心配させてしまったからな。



『それだけで男女が同じ布団に、ねぇ?』

「そうです。」



 肯定したが、アゴンさんはまったく信じていないようだ。その半目を止めてほしい。この気まずさを乗り切るために、四包を揺すり起こした。



「んぅ...お兄ちゃん?」

「おはよう、四包。起き上がりたいんだが、そこを退いてくれないか。」

「んー? やーだっ。」



 アゴンさんの前だというのに、寝起きの四包は、躊躇いもなく僕に強く抱きついた。着物越しでもわかる女性らしい柔らかさと体温は当然心地よいのだが、さすがにアゴンさんの前では恥ずかしい。



「四包、起きろ。アゴンさんが起こしに来たぞ。」

『見事な甘えっぷりだな。ま、出航は勝手にやっておくからよ、気が向いたら起きてきな。起こしたのはその話のためだけだ。』

「すみません。ありがとうございます。」



 繰り広げられた会話にも構わず、僕の胸板に頬をスリスリと擦り付ける四包。猫のようで可愛らしい。



「四包、起きろ。」

「んー。あと五分...」

「いい加減にっ、しろっ!」

「うにゃぁ。」



 四包の肩をグイッと押し、布団から突き出すように離した。脱力しきった猫撫で声が庇護欲を掻き立てるが、どうにか堪えて、ゴロンと転がった四包を見やる。



「おい四包、さっさと起きて服を直してくれ。」

「んー...んぅ?」



 ただでさえラフに着ていた着物が、さらにはだけて下着を晒していた。目を覚ました彼女が羞恥心で死にたくならないように、目をそらすことも忘れない。四包の白い肌はどれだけ見ても飽きないのだが、それはそれとして。



「ふぇっ?! あ!」



 どうやら、先程転がった衝撃で目が覚めたようだ。慌てながら立ち上がり、急いで服を直す衣擦れの音が聞こえてくる。



「もういいか?」

「まだだめ! あれぇ? あれぇ?」



 僕は着物のことは良く知らないが、何やら苦労をしているようだ。浴衣の帯の締め方くらいなら知っているが、それとは違うのだろうか。

 布団の上に胡座をかく僕の背後で四包が慌てていると、頭上から大声が聞こえてきた。どうやら、出航のようだ。本当は僕も立ち会うはずだったのだが、いても何も出来ないのだし、気にしないでおこう。



『風を起こせ!』



 もう一度アゴンさんの大声が聞こえてきたかと思うと、船がぐらりと揺れた。座っていても、思わず前のめりに倒れてしまいそうになる。



「きゃっ!」

「うわっ。」



 短い悲鳴に対し、体勢を崩していた僕は支えてやることも出来ず、中途半端に振り返ったところを押し倒された。

 目の前には四包の顔。その四包は、僕の顔の両横に手をついている。これが噂の床ドンというやつか。



「あ...」



 ボッと音を立てそうなほど、急速に四包の顔が赤くなった。

 というのも、この体勢で視線を下に向けると、芸術的に美しい滑らかな肩、淡い桃色の布地に包まれた控えめな膨らみ、白く細いお腹に、小さく可愛らしい臍。そして下腹部を覆う、同じく薄桃の下着と、膝をつく四包の艶かしい脚線美。その全てが視界に入ってくる。



『国王様、無事出航致しまし...え?』

「あ。」



 このタイミングで一番会いたくない人が扉を開けた。いや、女性であっただけ良いか。

 今、プリムさんにはこう見えていることだろう。四包が着物の前をはだけて僕を押し倒し、行為をする寸前なのだと。



『すみません間違えましたっ!』

「合ってますから! 説明の余地をぉ!」



 僕の叫びも虚しく、プリムさんはご丁寧に扉を閉めて駆け去っていった。なんというか、色々と覚めてしまった僕と四包は、ペタリと座って向かい合う。



「着替え、手伝おうか。」

「うん、ありがと。」



 このあと、互いに恥じらうこともなく着替えを終えた。そして月明かりが照らす甲板まで出て、船員さんから微笑ましいものを見るような、プラス嫉妬のような視線を受けながら、プリムさんを連行。



『先程は、失礼致しましたっ!』

「落ち着いてください。あれは事故だったんです。」

「船が揺れて転けちゃっただけなの。」

『ですが、あの着物は...』



 チラリと四包を見るプリムさん。スーッと視線が上下しているあたり、跡が無いか探しているようだ。何もしていないので、あるはずは無いのだが。



「寝てたらはだけちゃって。直そうとしてたら揺れたからさ。」

『そうだとしても、どうして同じ部屋で?』

「だからそれは...」



 朝っぱら、いや夜っぱらから、同じ説明を二度も繰り返すことになるとは思っていなかった。兄妹でも愛し合って良い文化というのは、やはり慣れない。



『四包様には大層心配をおかけしたようで、本当に申し訳ございませんでした。』

「そんな謝らなくていいよ。」



 たしかに、帰還したときの四包の様子では、そこまで心配しているようには見えなかった。だがそれは、プリムさんに責任を感じさせないためであったのだろう。それも今ふいになったが。



「それよりさ、お兄ちゃん、持ってきたご飯食べよ。」

「ああ、そうだな。」



 あからさまにではあるが、話題を変える。それは気にして欲しくないという意思表示で、プリムさんもそれを読み取ったのだろう、これ以上蒸し返すことはしなかった。



「ふーっ、食べた食べっ?!」



 携帯食のパンを食べ終え、席を立った四包がつんのめった。それをもはや条件反射の動きで支えたあと、何事かと甲板に上がっていく。



「何があったんですか!」

『やべえのに見つかった! とりあえず逃げるぞ! 国王ちゃん! 手を貸してくれ!』

「うん! 突風!」



 とたん、船の後方から台風のような猛烈な風が吹き込み、帆を破れそうなほど孕ませた。それにより、船はモーターボートもかくやというスピードで進んでいく。



『凄い...これならば陸まで逃げ切ることができます。』

「アゴンさん、いったい何に狙われているんですか?」

『ああ、この海でも飛びっきりの化け物だ。』

「飛びっきり?」

『俺も遠目からしか見たことが無いが、俺たちの船を体当たりの一つで沈没させちまうような奴だ。』



 曰く、昔、水平線の向こうまで探索に行った部隊がいたらしく、その帰りの道筋で、出会ってしまったのだという。そのときアゴンさんは島で彼らの帰りを待っていたらしい。

 そして近づいてくる船の横に突如、巨大な黒い影が現れた。その巨体は、この船の大きさと変わらないくらいだったらしい。その化け物の体当たりで船は壊れ、島に戻ってこられたのは数名だったという。



「この大きな船を?!」

『ああ。飛びっきりのって言ったろ。』



 岸は既に目の届く範囲にあるが、もし沈没させられたとして泳いで帰ることができるかどうか。追撃を受けないとも限らない。

 やむを得ない。いざとなれば、僕がこの世界の知識と前の世界の知識を合わせて作ったあれを使おう。その前に四包がどうにかしてしまうかもしれないが、少なくともあの瓦礫発生には時間がかかる。



「プリムさん、雷を出す魔法は使えますか。」

『え、あ、はい。四包様と比べると非常に小規模ですが。』

「構いません。少し来てください。」



 彼女をあれが置いてある倉庫へ連れていく。そこには四包の攻撃用に瓦礫が置いてあるが、今は無視する。そも、あれでは時間がかかる上に、移動中の船に当てては自爆となりかねないのだ。



『これ、ですか?』

「はい。使い方を説明します。」



 そして、説明を終えたところで、この太くて長い装置を甲板まで運ぶ。何度か四包と実験してみたとはいえ、正直まだ実験段階ではある。不安が無い訳では無いが、使ってみよう。それがだめなら、多少危険があっても四包に託す。



「さあ、お披露目だ!」

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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