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ポルックス  作者: リア
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177話 追跡

「プリムさんっ?」



 先程、アゴンさんと交代で船内に仮眠をとりに行ったはずのプリムさんが、急に僕の横を駆け抜けて行った。突然の出来事に呆気に取られた僕とアゴンさんであったが、どうにか脳を追いつかせ、言葉を発することに成功した。



「とりあえず追いかけましょう!」

『おう!』



 尋常ならざる様子で駆け出していたプリムさん。さすが魔族というだけあってその足は速く、すぐに追いかけなければ見失ってしまう。どこかにこんな小説があったな、などと考えながら走り出した。

 そして僕は、四包を起こすという選択肢を取らなかったことを後悔することになる。



『おいおいおいどこまで行く気だっ?!』

「プリムさーん! 止まってくださーい!」



 一つ目の予想外が起きた。プリムさんが、ドラゴンの死体を越え、島の奥地と呼ばれる場所まで入り込んでしまった。そこは危険地帯であると、彼女自身が語っていたというのに。



「待ってください!」

『死にたいのか!』



 幸い、まだ朝は早い。起きている奴らの数も少ないだろうということで、僕達もドラゴンの死体を乗り越えてプリムさんを追いかけた。

 プリムさんは慣れた様子で、険しい獣道をそのままの速度で進んでいく。だが僕も負けてはいない。前の世界において、山は僕の庭だったのだ。この程度の道など、体力の溢れている今では取るに足らない。



「プリムさん!」

『げっ。静かにしろ!』



 唐突にアゴンさんから怒鳴られた。ここで二つ目の予想外が発覚する。この島、想像以上に化け物だらけだった。

 この寒い時期に、狼がいるのは良い。日本では絶滅したが、ここで見られたのは僥倖だった。普通ならそんな感想を抱くところだが、何しろ大きさが違う。まさか、背丈が僕と同じとは思わないではないか。全長であれば納得なのだが、四足歩行の状態で僕と同じなのである。



『この時期だから少ないが、気をつけろよ。』

「...はい。」



 こんな初っ端から出会っておいて、少ない。背筋に冷たいものが走った。ほかの獣が冬眠状態でなければ、ここは想像以上の危険地帯かもしれない。



『にしてもどこまで行く気だ。』

「わかりませんね。」



 プリムさんを遠目に捉えつつ、野生動物に見つからぬよう隠密行動に注力しながら山道を進んでいく。

 プリムさんは隠密性をまったく気にしないくせに、なぜだか気づかれていない。ああ見えて気をつけているのかもしれないが。



『なんだ? 急に開けてきたぞ。』

「火口が近づいてきたようですね。」



 パッと見てわかるくらいに木の数が減った。ここは木の大きさも少し大きいため、減ったときはとても不安を煽られる。化け物共に見つかる可能性が大幅に増えるのだ。

 プリムさんはあの紅白の目立つ格好でどうして見つからないのかわからないが。



『止まったぞ。』

「行きましょう。」



 一際開けた場所で、プリムさんはようやく止まった。プリムさんは呆然と立ち尽くしている。こんな危険を冒してまで、いったい何がしたかったのだろう。



『誰か、誰かいるのですか?!』

『馬鹿! 大声を出すな!』

「一度落ち着いてください。」



 付近に気配は無いものの、こんな開けた場所で大声を出せば、奴らにすぐさま勘づかれる。そもそもプリムさんの格好が目立ちすぎているのだが。



「どうしたんですか、こんなところまで。」

『誰かが私をここへ呼び出したのです。』

『それにしたって走ることはねえだろ。夜まで待つことだって出来たはずだ。』

『その声は、今すぐに来なければここを焼き払うと言ったのです。』

「ですが」

『お母様が眠るこの地を焼け野原にするわけにはいきません。』



 死者よりも生者の心配をして欲しいものだ。もし下手をしていれば、プリムさんは今この場にいないのだから。だが、プリムさんだけに直接声を届けられるような存在が、わざわざはったりを使うとも思えない。



「プリムさんはいったい何に呼ばれ」

『しっ。』



 咄嗟に身を屈めたアゴンさんが僕の言葉を手で制した。一拍遅れて、僕とプリムさんも身を屈めるものの、この開けた大地に隠れる場所は無い。



「何がいるんですか?」

『さっき見かけた奴だ。いや、あれより少し小せえな。子どもってレベルの大きさでもねえけどよ。』

『どうにかやり過ごすことは...』



 プリムさんの言葉を遮って、視界にあった茂みががさりと音を立てて揺れた。この距離なら僕にも見える。身を屈め、重心を後ろに乗せて、今にも飛びかかろうとする狼の姿が。



「アゴンさん。勝算はありますか?」

『厳しいな。完全な成体じゃねえが、それでも人間の手には余る。』



 魔法を使って威嚇しようにも、野生動物の速度では避けられてしまう。その上、目立ってほかの仲間を呼び寄せてしまうだけだ。

 どうして四包を連れてこなかったのか悔やまれる。常備していた木刀を握る僕の額には、冷や汗が滲み始めていた。



『来るぞっ!』



 アゴンさんがそう叫ぶと同時。弾丸のような速度で、その獣は僕に対して牙を剥いた。一番小さくてひ弱そうなプリムさんに行かなかったことは謎だが、それはむしろ好都合だ。



「せいっ!」



 いくら野生動物の速さとはいえ、全身の運動。いつものトレーニングのような、腕先の素早い動きを見て対応することに慣れている僕にとっては、対処できないほどの状況ではない。きちんと相手を見ることが出来ている場合では、受け流すことくらいはできる。

 しかし、実際に自分の命がかかっていると緊張するものかと思っていたが、案外思考はクールだ。目の前に差し迫った狼の顔に、木刀でカウンターを食らわせながら横へ流れるように回避。



「ふぅっ。」

『気を抜くなよっ! はあっ!』



 アゴンさんの気合いの掛け声と同時に、狼の着地点に小さな爆発が起こった。規模は、奴の体を丸々覆うくらい。周りへの音が少ない最低限の魔法だ。

 それより気になるのが、アゴンさんの鍵言葉。気合いの言葉たった一文字で魔法を放つなど、そんなことがあって良いのか。それがアゴンさんに一番適しているということなのだろうが。



『やりましたか?』

「プリムさんっ、その言葉はっ。」



 案の定、風に吹かれ霧散した煙の中からは、多少毛皮が焦げ、茶色っぽかったのが色濃くなった程度の被害しか被っていない狼の姿が。そして、奴の次の標的はアゴンさん。魔法をうざったく思ったのだろう。



『舐めるなよ!』



 時々僕は、アゴンさんが片腕であることを忘れてしまいそうになる。それほどまでに、彼の動きは淀みなく正確だ。狼の突進などものともしない。

 にしてもあの狼、動きが単調だ。狩りが専門の獣とは思えないほど、突進しかしてこない。まるで食欲だけが奴を支配しているようにも見える。だからといって食われてやる気など毛頭ないが。



「ふっ。」



 最初とまったく同じ動きを繰り返す。これならば体力が続く限り、耐久は出来そうだ。だが、それからどうする。

 すれ違いざまの反撃で、少しずつだが奴に傷を負わせている。だが、致命傷には程遠い。この状況を打破するためには、アゴンさんの持つ真剣が最も有効だ。さて、どうしたものか。



『はっ! まったく、そんな馬鹿みたいな動きばかりで疲れねえのかよ。』

「所詮は獣ですからね。よっと!」

『おい馬鹿、油断するんじゃねぇ!』



 今度も同じように回避を、と思ったのだが、流石に敵も学習したようだ。ただ口を開けて突進するだけでなく、足も同時に使い始めた。そうされてしまっては反撃に回す力など残らない。咄嗟に身を屈め、回避に専念する。



『このままじゃあ埒が明かねえ! 一気に仕掛けるぞ!』

「了解っ!」



 狼が飛びかかってくるのを受け流しているだけの、防戦一方の戦い方から一変、積極的に奴に向かって行く。当然、奴の突進の体感速度は上がるわけだが、それは重々承知。それを見越して動くだけである。今までの動きで奴のパターンは掴んだ。



「せやあっ!」



 飛びかかる狼の勢いと、僕自身の脚力を利用して、奴の足が届かない腹まで潜り込む。この状態で腹這いになられては押しつぶされてしまうが、今の奴にそんな判断力は無いだろう。

 そして、潜り込んだ腹を下から木刀で突き上げた。側面ほど堅くはないようで、皮膚を深く押し込んでいるのがわかる。木刀は、対人戦においては打撃が主だが、ここまで深々と刺されば刺突ともなるだろう。皮膚を突き破ることは出来なかったが、確かな手応えと共に奴のそばを離れる。



「アゴンさんっ!」

『おう!』



 今の刺突が効いたのか、ともすれば愛玩動物ともとれる悲鳴を上げて蹲る化け物。あと少し出るタイミングが遅ければとヒヤヒヤする。そんな僕の心地も知らずに、狼は僕に恨みがましい視線をぶつけてきた。

 そうして僕へと注意が逸れている間に、アゴンさんが近づき、一閃。こうして見事化け物討伐、とはならなかった。



「まじかよ?!」



 ついそんな俗語が出てしまうほどの勢いで、蹲っていた狼が飛び出した。生命の危険を第六感だかで感じたのだろう。厄介極まりない。それによって、アゴンさんの剣閃は空を切った。

 そして向かい来る先は。



「ぐっ!」

『海胴様っ!』



 僕だった。視線だけで射殺さんとする眼光で僕を睨みつけ、飛び出した勢いをそのままに突進。爪と牙はどうにか木刀でやり過ごしたものの、地面に押し倒されてしまった。万事休すだ。

 腕の一本くらい捨ててしまう覚悟で、迫ってくる荒々しい口元に木刀を突き立ててやろうかと、木刀を握る手に力を込めたそのとき。



『来なさいっ!』



 そんな叫びとも聞こえる詠唱で、僕に影を落としていた狼の姿が消えた。これはもしかしなくとも、魔法だ。そしてその術者はどう考えても。



『巫女姫様っ!』

「プリムさんっ!」



 物を引き寄せる魔法を得意とする、プリムさん。その特性を遺憾無く発揮し、彼女の目の前に、牙を剥き出しにした狼が現れた。



『海胴様には手出しさせません!』



 どうしてそんな馬鹿なことを。いや、どうしてと問わずとも、彼女の内心は分かっている。ちょうど聞いたところではないか。彼女は優しさを振りまこうとしているのだ。

 しかし、自己犠牲と優しさは違うのだ。死にかけの人がいて、代わりに自分が死んだとして、人を悲しませるという結果は変わらない。



『海胴様、どうか民たちを』



 目の前に現れた鋭い牙に死を覚悟したプリムさんが、遺言を伝えようとしたそのとき。新たな影がプリムさんの真上に現れた。

 ここで三つ目の予想外が起きたのだ。



『よもや、母上に逆らう者が居ろうとはな。』



 その影の形はまさしく、羽の生えた蜥蜴。以前見たそれよりも小さくはあるが、存在感は尚巨大。その名はまさしく、ドラゴン。

 そしてここで、最後の予想外が起きた。



「喋った...?」

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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