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ポルックス  作者: リア
へミニス
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175話 付与

「出航だ。」



 アゴンさんが大声を上げることもなく、夢と比べると静かな出航となった。せっかく静かな夜を選んでいるのに、叫んでは元も子もないので当然と言えば当然だが。

 この静謐な夜に似合う、至極冷たい空気。騒がしくする者はおらず、月明かりに輝く波の、さざめく音だけが耳に届く。



『風を起こせ。』

『『了解。』』



 張った帆に、船員の皆さんが風を当てて船を進ませる。この船は大きな帆船で、一見すると海賊船のようだ。海賊船というものが、月明かりが照らすこんな静かな夜にも似合うものだったとは。



『このまま全速前進だ。』

「アゴンさん、それは?」



 アゴンさんが手に持つ、手のひらサイズの半球に疑問を持った四包が問いかけた。僕も覗き込んでみたところ、どうやら素材はガラスのようである。



『ずっと北を指す道具だ。名前は...』

『方位磁針です。』

『あー、それだそれだ。』



 ただのコンパスだった。ただし、ガラスを使っているだけあって貴重なものなのだろう。その中には軸と、それを中心に回転できるようになった金属の針とが入っている。



『この針が指す方へ向かえば、かの島へ。逆にこちらへ戻るときは、指す方と逆へ進むのです。』

「なんだ、普通だね。魔法的な何かかと思ったのに。」

「魔法的なものと言っても、付与できるものは限られているじゃないか。」

「そこはほら、磁力を付与したりさ。」



 出来なくはないのかもしれないが、それでは方位磁針と何ら変わらない。むしろ余計な魔素を使うだけだろう。



「そういえば、付与を継続している間、魔素はどうなっているんだ?」



 そもそも、付与という概念がおかしい。魔法は物質やエネルギーを転移させる力だ。そこに若干の操作性はあるものの、意識を離れさせると、不定形のものは、自然の摂理として拡散していくはず。

 プリムさんが扱っていた竜とも並行して考えよう。あれはドラゴンを転移させ、操るという力だった。

 生物を転移させるという点で魔法とは違うのかもしれないが、父親も自分自身の転移をしていたので、この際それは無視して良い。

 で、だ。竜の操作は、本人の意識があるときに限られるという。しかしそこで、停止状態であれば、必ずしも竜のことを考えていなければならないという訳では無いらしい。



「プリムさん、竜を操作している間に、魔素が出ていく感覚はありましたか?」

『ごめんなさい。竜を操るときと、あの転移の練習以外に魔法を使ったことが無いので、魔素という感覚かどうかわからなくて。』

「何となく、体から力が抜けていくような感覚は?」

『ありました。基本的に、眠れば良くなりましたが。』



 ということは、魔素の放出ありだ。魔法を付与している間は、魔素が流れ出ているようだ。そして眠っている間は解除される。今まで気づいていなかったが、そういう仕様らしい。



『あまり魔法を使わせすぎるなよ。』



 ここで、いつかに聞いたあの囁きが、再び脳裏を過ぎった。ソルプさんには申し訳ないが、明かりは消させてもらおう。



「四包、屋敷で付けている光を消してくれ。」

「え、でもソルプちゃんが」

「今は眠っているだろう。ついていたら逆に迷惑だ。」

「それもそうだね。消灯。」



 これから、付与の魔法を使わせるときは、その都度消すようにしておかなければ。なんだか節電のようで懐かしい。異世界の魔法が僕達にどんな影響を及ぼすかわからない以上、節約するに越したことはない。



『というより国王さんよ。魔素ってなんだ?』

「え?」

『私はこちらの勉強をしていたのですが、アゴンはしていなかったようでございまして。』

「なるほど、そちらには元々魔素という考え方が無かったんですね。」

『左様でございます。私もこちらで学んだときは驚きました。私たちにとって、魔法はあって当たり前のものでしたから。』



 普通の人間には、一気に扱える魔素の限界がある。しかし魔族は、それをほとんど気にしなくて良い。そこで差が生まれたのだろう。



『んでよ、魔素ってのはなんなんだ?』

「魔素というのは、魔法の素となるものを指します。アゴンさんのような魔族は、体内を巡るそれが多いのだと考えられているんです。」

『へぇ。』



 とはいえ、こちらとしても、魔素の定義は不確定性がある。

 魔素は体内を巡っていて、魔法を使う度に消費されるのだが、再充填に時間がかかる。ここまでは共通認識なのだが、ここからが人によって変わるのだ。

 ある人は、体内は魔素が通る道にすぎないという。つまり、魔素は体内に留まらず、ただ流れるのみだということだ。しかしこの考えでは、消費したそばから供給され、再充填の時間がかからないことになってしまう。

 またある人は、体内で魔素が蓄積されていくのだという。魔素を消費することで魔法を使い、減った分をまた補填する。こちらの考え方のほうが簡単でポピュラーなのだが、穴もある。魔素に停滞が生まれてしまうのだ。体内で停滞する状況があるということは、体外でも停滞は発生し、わざわざ動いて体内に入る理由も無いということになってしまう。



『よくわからんな。』

「そうだよ、お兄ちゃん。説明が下手くそ。」

「悪かったな。」



 簡単に言う、というより例えるならば、電流と電圧のようなものだ。前者が電流説、後者が電圧説と、僕は勝手に命名した。使う魔法に抵抗という概念を与えれば、丸っきり中学校で学んだそれである。



「特に知らなくても損はありませんよ。」

『そうか。なら忘れる。』



 アゴンさんは、細かいことを考えるのが苦手なようだ。実にあっさりと僕の講義を投げ捨てた。自分でも下手なことはわかっているが、少し凹む。



『隊長!』

『馬鹿野郎。今は船長だ。言葉選びに気をつけろ。戦争は終わったんだぞ。』

『すみません!』



 声をかけてきた船員さんに、僕達の方をチラリと見て注意するアゴンさん。船員さんはアゴンさんではなく、僕達に頭を下げた。気にしていないことをジェスチャーで示す。誰だって言違いはあるものだ。



『で、どうしたんだ?』

『まもなく到着する模様です。』



 その言葉に船首の先へと目を向けると、うっすらと山なりになった黒い影が見える。あれが島だろう。

 先程見た悪夢が蘇った。夢の中では、ここで巨大な魚影が現れて、舳先ごと四包を...



「えっ、どこどこ?」

「四包っ。」

「うわっ、どうしたの。急に掴まないでよ。転けそうになったじゃん。」

「...すまない。」



 船首へ進もうとした四包の腕を咄嗟に掴み、引き止めた。ここで止めなければ、悪夢が再び、今度は現実になって訪れるような気がしたから。



『上陸準備をしろ。』

『『了解。』』



 結局その心配は杞憂に終わったのだが。

 突然の嵐も、奇襲を仕掛けてくる怪物もなく、無事に到着したこの島。その中心には、森林という衣を纏った山がひとつ。船が乗り付けたのは、沈水海岸と見られるゴツゴツした海岸線。

 人工物という人工物は、僕達が上陸した土地の近くにある集落のみ。それも今は無人と化しているが。



『戻ってきましたね...』

『そうだな。』



 僕達と共に故郷の地に降り立ち、感慨深いため息を漏らすプリムさん。その表情はどこか浮かないようにも見え、笑っているようにも見える。



『国王様。訪れておきたい場所があるのですが、よろしいでしょうか。』

「はい。案内をしてもらう身ですから、おまかせしますよ。」

『感謝します。』



 そして巫女服のような装いを翻しプリムさんが向かったのは、集落の奥。森へと繋がる境界あたりだ。戦前、ここには巫女姫に操られた竜が立っていたらしいのだが。



「これは...」



 血の臭い。そこには赤黒い血溜まりが出来ていた。その源泉は、以前は立っていたらしいドラゴン。無残にもその鱗は割れ、血を流しきったのか体は萎んでいるようにも見える。



『...』



 もの言わぬ亡骸に、プリムさんは優しく手を触れた。彼女の赤い袴が血の池を渡り、更に赤黒く染まっていくのさえ気にも留めずに。

 アゴンさんによれば、プリムさんはその力を使い、戦後息を引き取った竜をこの地へ飛ばしたのだという。



『今までお疲れ様でした...どうか安らかに。』



 彼女の目には、溢れんばかりの慈しみと、溢れんばかりの喪失感が表れていた。彼女にとって、ドラゴンは使役する従者であり、それこそが彼女の存在意義だったのだ。その亡骸を前に、どうして嘆息しないでいられようか。



『...ごめんなさい。』



 彼女の頬から、一粒の涙が、月明かりに照らされ輝きながら、赤黒い池に小さく波を起こした。

 彼女がここへ来るのを躊躇っていた理由はきっと、否が応でも己の力不足を、竜の亡骸という形でもって示されるから。しかし彼女は、その悔いと向き合って、乗り越える強さを持っていた。



『行きましょうか。』



 涙を拭いたプリムさんと次に向かったのは、集落の中でも一際大きな家。とは言っても、せいぜい前の世界の一軒家レベルだが。



『たしかここに、代々巫女姫が受け継いできた物語があったはずです。』



 その家屋の中の一部屋。随分と埃を被ったその部屋には、いくつもの石版が安置されていた。その全てに文字が描かれ、あるいは彫られている。



「持って帰るのは大変そうだね。私がいるから関係ないけど。」

「ああ、頼む。」

「任せといて。」

「場所は...そうだな、屋敷の玄関ホールで良いだろう。」

「了解。転移。」



 手を触れるだけで、石版が次々と消えていく。後に残るのは、埃によって出来た跡だけ。改めてこの能力を見た船員さんたちは『おぉ。』と息を漏らしていた。



『国王様。もうひとつだけ寄らせていただいてもよろしいでしょうか。』

「はい。大丈夫です。この夜のうちに帰らなければならない理由もありませんから。」

『ありがとうございます。』



 プリムさんは一度外へ出て、石版が置かれていた家の裏に回り込んだ。

 そこにはまた別の石版があり、何やら文字が彫られている。僕の浅い語学力で見る限りでは、人の名前のようだ。



「ここは?」

『歴代の巫女姫様を供養する場所だ。祀られていると言ってもいいが。』



 胸の前で手のひらと握った拳を合わせた、お茶のジェスチャーのような独特の礼で、黙祷を捧げるプリムさん。その代わりに、アゴンさんが質問に答えてくれた。



『...』



 ちなみにこの礼には、供えるという意味が込められているらしい。シュールな光景だが、笑えるような雰囲気ではない。



『お母様...』

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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