173話 参観
「プリムさん、釣りってできる?」
先程僕に対し、世間話から本題へと繋げていくものなのだと語った四包が、初っ端から本題を切り出した。
『はい? 釣りでございますか?』
「うん。自給自足してたときに、漁業ってしてなかったのかなって。」
『していませんでした。海にも化け物が潜んでいましたので。』
「海岸ではなく?」
『はい。海の中に。海岸には私たちしかおりませんでした。』
そんな中で漁業が発展するはずはないか。命を賭けるほどの利益は見込めそうもない。遮蔽物のない海上で見つかってしまえば、もうそこで万事休すなのだ。
「こくおーさま!」
プリムさんと立ち話をしていると、先程の子どもたちの一人、ユー君と呼ばれた少年が駆けてきた。授業を抜け出してきたようだ。また隣の子に怒られている未来を幻視しながら、返事をする。
『巫女姫様! こんにちは!』
『はい、こんにちは。』
「どうかしましたか?」
『あのね、国王様。相談があるんだ。』
「なんでしょう?」
『最近、近所の子が遊んでくれなくなったんだ。』
子どもたちの交友関係の広がりは凄まじいらしく、学友だけでなく近所の子どもたちとも友達になっているのだという。そんなところに僕との違いを見つけて悲しくなっていると、ユー君はさらに続けた。
『その子が、お父さんから僕と遊ぶのを止めるように言われてるんだって。』
『ああ...』
「何か知っているんですか、プリムさん。」
『はい。端的に申し上げますと、教育に賛成派と反対派がおり、対立しているのです。』
世の中には、子どもは勉強などせず、働いていれば良いと考える人も一定数いるようだ。子どもの教育は、夜に妻がやるものだと考える父親が多いらしい。だからわざわざ昼間に勉強しなくても良いと。逆に、教育という負担が減る女性の方々からは好評のようだが。そういうわけで、男女の間でも意見が別れているらしい。
「教育は無償のはずですから、そう咎める必要は無いでしょうに。」
『代価の問題ではなく、彼らの自尊心の問題なのです。自分の子どもが元敵国の文化を、元敵国の教師から学ぶのは彼らにとって我慢ならないのでしょう。』
『ねえ国王様、もうあの子とは遊べないの?』
ユー君という少年は、その近所の子の名前すら知らないらしい。だが、この間一度遊んだとき、とても楽しかったので、また遊びたいのだという。子どもらしい、積極性にあふれた関係構築だ。どうにか手伝ってやりたい。
「お兄ちゃん、どうにかならない?」
そんな某国民的アニメの一向にのびない彼のような台詞を言われても、僕は未来から来たロボットではないので人の気持ちをどうこうできる便利な道具など持ち合わせていない。
「こればっかりは、気持ちの問題だからな。偏見というのはいつの時代も無くならないものだ。」
「お兄ちゃん、子どもたちが遊ぶだけのことも叶えられないなんて国王失格だよ。」
『私からも呼びかけてはいるのですが...』
プリムさんの表情は芳しくない。僕の言い分としては、勝手に攻めてきて、それを保護してあげているのに臍を曲げられても、という感じだ。別に怒っているわけではないのだが、理不尽なものを感じる。
「その子を学校に誘ってみてはどうですか?」
『お家のお手伝いがあるんだって。』
「それを断ったりは...」
『今までしていたからこれからもしてもらうって。』
「隠れて会ったりはできないの?」
『こそこそするのは苦手なんだって。』
まったく難問だ。その子の父親を説得する以外に方法が無い。どうすれば聞いてもらえるのだろうか。
「こうなれば、そのお父さんに直談判だね。」
『直談判?』
「うん。遊びたいって気持ちを思いっきりぶつけるの。そしたら分かってくれるかもしれないよ。」
『...わかった、やってみる。』
僕達に相談したことで、別に吹っ切れたというか、覚悟ができた訳では無いだろうが、やはり直談判しかないと諦めがついたらしい。ユー君の顔は男の顔だった。
『こらー! ユー君!』
『あ、やば。』
先程の子が両手を振り上げて怒りを顕にやってきた。その矛先であるユー君は、僕達にぺこりと頭を下げて帰っていく。案外礼儀正しい子だ。
「上手くいくと良いですね。」
『はい。民たちは皆優しいですから、恐らく子どもが遊ぶことくらいは許すでしょう。』
優しい人は武力行使でいきなり攻めてきたりしないだろうという言葉は、僕の胸の内にしまっておく。当時は彼女たちも切羽詰まっていたのだと思っておこう。
「で、何の話だっけ。」
「漁業だ。」
「あー、そうだったそうだった。まーた忘れてたよ。」
「しっかりしてくれよ国王様。」
『話が大幅に逸れましたが、私に漁業の心得はございません。』
「そっか、残念。」
そうだ、そういえば、プリムさんに言おうと思っていたことがあったんだ。何の話だったか...これでは僕も四包のことが言えないな。
「うーむ。」
「珍しいね、お兄ちゃんが物忘れなんて。」
『物忘れだと分かるのですか?』
「うん。お兄ちゃんって、いっつも考え事するときは顎に手を当ててるんだよ。それで、話の切れ目で考え事するときは、話題を忘れてる時。」
本当だ。今更気づいた。ときたま腕を組んでいることに気がつくことはあったのだが。こういったところも、四包に内心を見抜かれやすい所以か。表情以外とは盲点だった。
「と、思い出したぞ。」
『なんでしょうか?』
「プリムさん、何か演劇に良い話は知りませんか。なるべく子ども向けだとありがたいです。」
「あー、その話か。でもソルプちゃんは知らないって言ってたよね?」
たしかに、ソルプさんとプリムさんは出身地が同じだが、立場が違う。ソルプさんはそんな物語は知らないと言ったが、巫女姫様ならどうだろう。物語でなくとも、歴代巫女姫の伝説だとか。
『お母様から、いくつか話を聞いたことがあります。残念ながら諳んじることは出来ませんが、あの島の家の中になら石版があったはずです。』
「では取りに行ってみましょうか。」
夜ならば安全だということは、過去の襲撃の歴史から分かっている。それに、移民の件でドタバタさせてしまったので、何か忘れ物があったかもしれない。非常時は、四包がどうにかしてくれるだろう。
『いえ、危険かと思われます。数度成功したからとはいえ、やはり怪物の跋扈する海を渡るというのは。』
いつにも増して真面目な顔で、プリムさんは言う。なんというか、作り物のような表情だ。まるで本心を隠そうとしているかのような。
「でも私行ってみたい。プリムさんたちが住んでたところ。何かあっても私がなんとかするからさ。」
『そう、ですか。』
四包も同じように感じたらしく、プリムさんを説得にかかる。四包は表情変化を読むことに長けているので、幾分か僕より情報を得ているはずだ。その彼女が押しているのだから、僕も説得に加わって良いだろう。
「そうですね。民の歴史を知ることは大事です。どれだけ過酷な暮らしをしてきたか、きちんと把握しておかなければなりません。ぜひ行きましょう。プリムさん、手配をお願いできますか?」
『は、はい。国王様がそう仰られるのなら。』
慣れない早口で押し切った。言ったことも間違いではないが、プリムさんの本心がどうも気になる。本当はあの島に未練があるのではないか。
「船はあの大きなものにしましょう。万が一の際の撃退用に瓦礫も積んでおきたいです。」
「もちろん、プリムさんも来るよね?」
『いえ、私は...』
「案内役の人が必要なんです。お願いします。」
『わかりました。』
今の反応からすると、まるで行きたくないようにも取れる。彼女の本心が何を求めているのかさっぱりわからない。
『では、私はこれで。』
「はい。ありがとうございました。」
プリムさんはこれから現場監督の仕事があるとかで、足早に去ってしまった。残された僕達は、手持ち無沙汰で帰宅となる。
「四包。プリムさんは何を望んでいるんだと思う?」
「どうなんだろ。でも、お兄ちゃんが行こうって言ったとき、一瞬だけ口元が緩んでたから行きたいのは確かだよ。」
「だが、遠慮するような素振りもあったぞ。」
「そうなんだよね。まあ、行ってみればわかるでしょ。」
まるで遠足に行くような軽いノリで言っているが、実際のところは魑魅魍魎の跋扈する海を渡る危険な旅なのだ。気を引き締め、十分に対策を持って行こう。
「そのためには勉強だな。」
帰宅し、即座に部屋に篭って机に向かう。攻撃用とは言わないまでも、脅し用に何か使えるものはないか。平和ボケするほど産業中心だったこの国で、そんなものは見つからないかもしれないが。
「お兄ちゃん、帰ってくるなり部屋に篭ってどうしたの? お腹痛い?」
「旅の準備をするために勉強中だ。もしものことがあっては困るからな。四包も、魔法の練習はしておくんだぞ。」
「はーい。準備のための勉強ってややこしいな。」
日常でよく使うのは、どちらかといえば勉強の準備だからな。語句を反対にすると違和感があるのだろう。
「海上だから魔法に制限はかからないし、別に必要ないとは思うんだが、一応な。」
四包の魔法は、その性質上、周りに甚大な被害を及ぼす。真空状態での落下は音速を越え、いわゆるソニックブームとやらを起こす可能性もあるのだ。そうでなくとも、その制御は難しい。
「船にさえ当てなければどうとでもなるからなあ。ただ問題は...」
そう、船の下である。僕はそこをカバーしたいと思っているのだが、如何せん使えそうな技術が無い。
モーターを使ってスピードを上げれば関係無くなるのではとも思ったが、そのせいでバランスを崩しては元も子もない。
「ええい、いつか思いつくだろう。」
お読みいただきありがとうごさいます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




