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ポルックス  作者: リア
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169話 書物

「これからもよろしくね、お兄ちゃん。」



 長かった立ち話も、四包の一言でまとまった。この寒空の下、よくもまあこんなにも長く話せたものだ。



「今日は耕司さんが教えてくれた人と会うんだよね?」

「ああ。印刷機が動けば良いんだが。」



 一昨日見つけた印刷機。電源は入ったものの、何が原因かわからないが、印刷は出来なかった。説明書も付いていたが、僕達には理解できず、解読できる人のアテを耕司さんに尋ねていたのだ。



「たしか、集合場所はここだ。」



 僕達の住む屋敷のそばにある大通り。そこを進んでいったところにある、一件のお店。その名も射的屋。前の世界ではお目にかかったことすらない。この世界で訪れるのは二度目になるが。

 四包が今持っている弓の材料を頂いたのも、ここである。



「「こんにちは。」」

「来たな。」



 前回と配置は変わっておらず、シックな内装。強面だが気の良いあの常連さんは、今日はいないようだ。



「印刷機の話はもう聞いてらっしゃいますか?」

「お兄ちゃん、ここは待ち合わせってだけで、店員さんがその人ってわけじゃないんじゃない?」

「いや、合っている。俺の本業はそっちだ。」



 だろうと思っていた。前に来たときから、どう考えても射的屋だけで生計が立つとは思えないのだ。彼の本業は、遺物の研究。その中の廃材をここへ景品として並べているのだろう。



「海胴と申します。改めてよろしくお願いします。」

「そうだったんだ...あ、四包です。よろしくね。」

「ああ。よろしく頼む。俺は(あずま)だ。」



 黒のスーツとサングラスが似合いそうな、クールな店員さん。がっしりした体躯は、とても研究職と思えない。要人警護でもしていそうな見た目だ。あるいは、裏社会を牛耳るボスのような。



「まずは報酬の話からだが、国王って立場の人間にそんな心配は必要ないな。」

「うん。大丈夫だよ。ちゃんと用意してある。」



 この間万穂さんから貰った鉢植えのほうれん草が収穫時を迎えているのだ。それのおすそ分けも入れたい。



「次いで仕事の内容だが、まずはその筐体を持ってきてくれ。話はそこからだ。」

「わかりました。具体的な日付の指定はありますか?」

「無い。届いたときから始める。」



 好都合だ。なるべく早く始めなければ、柑那さんの教科書作りに間に合わなくなってしまう。今日すぐにでも送り付けよう。



「届いてから、何かわかれば連絡する。」

「わかったよ。あの屋敷までお願いできる?」

「...本当にあんな場所に住んでいるんだな。わかった。あの屋敷だな。」



 あんな場所というと、やはりあの悪夢の話だろう。普通なら迷信と一蹴されるのだろうが、東さんには何かあるのだろうか。



「あの屋敷について、ご存知なんですか?」

「ここの常連が、昔あそこに住もうとしてな。返り討ちに遭ったわけだ。そのときのあいつの様子があまりに必死だったものでな。」



 それで悪夢の噂が本当なのではないかと考えているわけだ。一般的な人は、演技だと疑うかもしれない。だがそこは、遺物研究などという夢のある職業についている彼だからこそ信じられたのかもしれない。



「東さん、そんな強そうな外見なのに、怖いの?」

「怖くはない。ただ住む気にならないだけだ。」



 しかし、その目は若干泳いでいる。見た目とのギャップが可愛らしい人だった。

 さて、仕事の内容も確認したところで、印刷機を転移させるために移動を開始しよう。着物の四包は軽装に着替え、僕も軽く準備をする。



「そんなに働きたいでござるか。休みとは一体何なのかわからないでござるよ。」

「それは哲学的だな。」



 見送りの稔に背中を向け走り出す。前回の探索場所はおおよそ覚えているので、一昨日ほど時間はかからないだろう。



「ねえお兄ちゃん、退屈だよ。」

「そう言われてもなぁ。」



 いくら話すほどの余裕があるペースとはいえ、走っている最中に出来ることなど限られている。自分の足より速く、楽な移動手段が無いというのは不便なものだ。トレーニングにはなるのだが。



「こういうところで話題を出せないから、お兄ちゃんは友達が少ないんだよ?」

「ぐっ...うるさいな。」



 痛いところを突いてくる。人が地味に気にしているところをグサリと。僕以外には優しいくせに、僕には何かと辛辣だ。



「よし、そうだ。四包、晩御飯は何が良い?」

「んー...ハンバーグかな?」

「豆腐ハンバーグになるが良いか?」

「えー。たまには牛さんが食べたいよ。」

「無茶言わないでくれ。」



 手に入らないことはないが、驚くほどの対価を要求される。長年育ててきた牛には愛着が湧き、最後は自分で食べてやりたいのだとか。

 それに、飼育されているのは乳牛ばかりだ。出産を経験した牛の肉は、肉質が落ちるらしい。



「わざわざ農家の方々の気持ちを踏みにじってまで買うよりも、豆腐の方が安上がりで美味しいぞ。」

「うーん、そっか...でもやっぱり本物の肉汁が恋しいよ。」



 その気持ちもわからないではない。こちらの世界に来てから、僕達が以前どれだけ恵まれた環境にいたのかを否応なしに理解させられる。畑作ばかりの地域で肉を食べられる幸せといったら。



「肉か...輸入してみようにも、外交関係が皆無だからな。」

「そうだよね。海の向こうはダメらしいけど、山の向こうには何があるのかな。」



 人が住む町や国があるのか、それとも荒野が広がっているか、はたまた樹海か。一度見てみたいものだが、あの山は越えようにも険しすぎる。



「トンネルでもあればな。」

「そうだねー。おっきなトンネルなら、輸入とかも出来そうだけど。」



 残念ながら、見渡す限りの山々にはそれらしき穴などひとつも無い。外交へ出るには、海流を止めるか険しい山を登るかという無理難題の二択のみだ。



「もし外交ができたなら、輸入だけでなく、政治の仕方まで学んでみたかったんだがな。」

「国王って言っても、それっぽいことしてないもんね。前の世界とは色々違いすぎるって感じ。」

「せっかく税を納めて貰えるようになったんだから、貨幣も導入したいところだよな。」

「うんうん。お買い物にいちいち籠がいるなんてめんどくさいもん。」



 ないものねだり談話に花を咲かせている間に、目的の建物が近づいてきた。広大な土地を持つ製紙工場のすぐ隣にある、比較的こじんまりしたお宅だ。



「あったあった。これだよね。」

「ああ。そっちの電源装置も頼む。」

「わかってるよ。」



 前の世界のそれと形は対して差がないそれと、黒いコードで接続された変電器のような筐体を射的屋へ転移。それだけで今日のミッションは完了だ。



「ここの本も送った方がいいよね?」

「そうだな。東さんなら何か分かるかもしれない。」



 何しろ、この研究だけでも食っていける能力の持ち主なのだ。難解な専門用語も読破してもらえるだろう。



「にしても、前の世界にあったようなハイテクなものがここにあるとはな。」

「ほんとだよね。どこから手に入れたんだろ? それとも一から作ったのかな?」

「一から作ったというのは考えにくいな。」



 一から作ったというのならば、少しなりとも形が崩れていたりして、あんなコンパクトにはならないはずだ。

 しかもこの国の歴史は二百年強程度。最初の国王が神であったとしても、文明がほぼゼロの状態から、印刷機を自作できるレベルにまで育て上げることは不可能だろう。



「何か元になるものがあったのかもな。」

「案外、前の世界から飛ばされてきたのは私たちだけじゃなかったりして。」

「...その可能性が一番高いかもな。」



 異世界に転移する。前の世界で言えば神隠しのような出来事が、そう何度も起こっているとは考えにくい。だが、実際僕達の身に起こったことだ。可能性はある。



「そんな人がいたら、記録の一つでも残しておいて欲しいけどね。」

「何かと記録を残していたのは、襲撃で荒廃した中央区画らしいからな。そんな記録は灰になっているだろう。」



 襲撃が起こる前の国王の居住地も薔薇区画だったらしい。記録が見つからないはずだ。ちなみに、これらの情報は全て耕司さんがソースだ。



「製紙工場も印刷機もあるのなら、原本にする貴重な本も、この近くにあっていいと思うがな。」

「そうかもしれないね。まだ時間はあるし、探してみる?」

「なら少しだけ。といっても、こんな崩れた建物の中に無事にあるとは思えないが。」



 案の定、辺りを探してみても、破れた本や、半分が焦げて無くなっている本、カバーしか残っていない本ばかりだった。



「漫画みたいに、地下シェルターに避難されてないのかな。」

「どんな世界だよ。」



 二百年間、ただの一度も侵攻が無かったという襲撃前のこの国に、避難用のシェルターなどあるはずがないだろう。印刷機の技術力から考えて、作ることはできるだろうが。



「あ...お兄ちゃん。」

「どうした?」

「あったよ。」

「地下シェルターがか?」

「うん。」



 四包も僕も冗談のつもりで言ったのだが、どうやら存在していたらしい。印刷機が置いてあった家の床をよく見ると、不自然に揃った切れ目がある。



「中、見てみるか?」

「干からびた骸骨さんが出てきたりして...きゃー!」

「自分で言って怖がるなよ。開けるぞ。」



 嬉しいことに四包の予想は外れ、骸骨などは出てこなかった。しかしこの空間、シェルターと言うには狭すぎる。大きめの床下収納といったところか。人が入るほどの広さは無い上に、本で埋まっている。



「本ばっかりだね。」

「原本の保存という予想は正解だったらしいな。」



 ホコリを被った本を外へ出していく。その度にブックカバーをチラチラと確認していると、どうやら機械の説明書らしいことがわかった。



「農業機械に、水道インフラ? どうしてこんなものが。」

「全部この国で使われてたってこと?」



 今は見る影もない機械の説明書や、実際にこの国で見た、あるいは聞いた機械の説明書なんかがたんまりと保存されていた。



「ぱっと見た感じ、印刷機の説明書より簡単に書かれている。」

「整備の仕方なんか特にそうだね。」



 目次の次ページあたりに用語の解説も載っている。詳しくない人でも分かるような工夫がなされているのだ。これらを印刷して、各地に配ろうとしていたのだろう。



「四包。全部持ち帰るぞ。ひとまずは家の倉庫だ。」

「うん、わかった。」

「これでこの国はより豊かになる。」



 機械というのはいずれガタがきて、使えなくなる。そうすると、向日葵区画の作物生産量は一気に減り、この国は窮地に陥ることとなるはずだった。だが、これさえあれば、そんな心配は必要無く、さらに新しい技術を開発することだって可能だ。



「思わぬ大収穫だ。」

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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