16話 桜介
「俺の、親のところへ。」
この教会って、「孤児」院として使われているんじゃなかっただろうか。それなのに親とはどういうことだ?
「親って、君たちは孤児じゃないのか?」
「俺以外はな。まあ、本当かどうかはわからないが、当人達はいないと思ってる。」
「じゃあ君は?」
「俺はな、親に捨てられたんだ。」
俺がまだ幼かった頃。だいたい5歳くらいだったか。俺の家は襲撃の影響で貧困状態に陥っていた。父親の仕事も上手くいかず、母親が働き出すくらいのことをしてもなお、生活は厳しかった。
「やむを得ないわ。桜介を置いてくるしかない。」
そんなある日のことだった。閑所に行くために部屋を出ると、居間から話し声が聞こえてきたのだ。気にするようなことではないと思って通り過ぎようとしたのだが、名前を呼ばれてつい立ち止まってしまった。
「そんな、さすがにそれは」
「このままだと家族全員が餓死するわ。それともあなたは一家心中がお望み?」
「いや...」
「ねえ、あなた、今この家には余裕なんてものはこれっぽっちもないの。手段を選んでいる場合じゃない。」
「そう、だな。仕方ないことだ。」
「明日の朝、ちゃんと連れていってね。」
俺は幼いながらも、身の危険を感じた。もうこの場所には戻ってこられなくなるかもしれない。どうにかして帰る方法を作っておかなければ。
そう思い、俺は庭にあった白い石を服の衣囊という衣囊に詰め込んだ。
「桜介、おいで。」
「なあに、お父さん。」
「今から一緒に仕事に行くぞ。」
「お父さんと? やったあ!」
父親のことは好きだった。不器用ながらも優しい性格で好感が持てるのだ。その代わり、母親は少し怖かった。なんでも出来て、怖いものなんて何も無いような母親を恐ろしく感じていた。
俺は何も気づいていない振りをして父親の後に従った。
「桜介、ちょっと待っていてくれ。すぐ戻ってくるから。」
「うん。」
そうして父親は離れていったが、何十分待とうが帰ってこないことは目に見えている。そこで、道の途中に定期的に落とした白い石を頼りに、家に帰りついた。
「桜介! おかえり!」
父親は微笑んで迎えてくれた。しかし、母親は暗い表情をして「入りなさい」とだけ言った。今思えば、この行動は母さんの心に負担をかけたのだと思う。
「桜介、悪く思わないでね。」
翌日の朝、その一言と共に、俺の意識は刈り取られた。
気づいたときには周りは沢山の瓦礫。無駄だとはわかっていても、立ち止まってはいられなかった。たとえそれが命を縮める行為だとしても、助けを求めて彷徨い歩いた。
「どうしたんだい。迷子かい?」
神は俺を見放さなかった。神なんて信じる質ではないが、この時ばかりは運命に感謝した。
「もう、帰るところはありません。どうか拾ってください。」
これまでの経緯を話し、助けを求めた。その人...万穂さんは俺に深く同情し、教会で面倒を見ることに決めた。
教会は、母親に虐げられていた俺にとって、天国のような場所だった。焼きたてのパンが食べられて、身体を洗うこともできる。だが、俺は考えてしまった。
「この家畜じみた生活の後には何が残るんだ。」
子どもの発想ではあるが、家畜と同様の扱い、つまり、食べられてしまうのだと。そこまではいかなくとも、どこか知らない場所へ売り飛ばされるのだと考えてしまった。
それから俺は、万穂さんがめっきり怖くなってしまった。子どもたちを集め、いつか売り飛ばすために養っている。そこからの脱走を考えるのは自然であった。
「でも、どうして親のところなんかへ?」
「見知らぬ土地よりはまだマシだろう。道がわからないのが難点だけどな。」
ふと、桜介君が僕から視線を逸らして、僕の後ろの方を見る。その瞬間に、桜介君の顔が強張り、固まった。
僕が振り返ると、万穂さんが、いつもの明るい表情からは想像もつかないほどの恐ろしい形相で仁王立ちしていた。
「桜介、あんたまた勝手に居なくなろうとしてるのかい?」
「え?また?」
「ちっ、見つかった。」
慌てて桜介君が走り出す。それをただ呆然と見送る僕の後ろから、息を吸い込む音がする。
「待ちなさいっ!桜介ぇ!」
鼓膜が破れるかと思うほどの爆音が響く。ここが教会の裏手でよかった。祭りの方までは聞こえていないようで、喧騒が続いている。
さすがに桜介君も立ち止まり、振り返る。
「なんだよ!俺が出ていこうが俺の勝手だろ!」
「桜介が居なくなったら、みんなが寂しがるだろう!」
「そんなの出任せだ!みんな俺の自立を応援してくれてる!あとはあんただけなんだよ!」
桜介君が万穂さんに反抗する。それはまるで、反抗期の子どもが母親に対しているような。僕は邪魔しないほうがいいだろうか。
「桜介は私の子どもなんだ!自立するのは子どもが決めることじゃない!親が決めることだ!」
「あんたは俺の親じゃない!それに、俺はもう大人だ!自分のことは自分で決められる!」
「桜介はまだまだ子どもだよ!」
「いつまでも子ども扱いするんじゃねえ!」
育ての親として、認められたい子どもとしての感情が、互いにぶつかり合う。
「子どもはみんな守られていればいいんだ!危険を冒す必要なんてない!」
「だから子ども扱いするなって、」
「もう2度と子どもを失いたくなんてないんだ!」
「...」
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