158話 霜焼
「よし、頑張るぞ。」
そう意気込んで、一週間。既に後続の林業就労男性グループと合流し、精根尽きるまで働いて働いてようやく釈放となった。
決して心地よいとは言えない疲労感と共に、国の領土へ戻る。共同生活の再開が決まったということで、四包の荷物を取りにまずは教会へ。
「ただいまー!」
「「「おかえりー!」」」
ここはいつでも元気が良い。どれだけ疲れていても、元気を分けてもらえる。僕と別れて暮らすことになっていても、ここでなら四包も落ち込まずに済んだだろう。
「おや、海胴もいるのかい。どうしたんだい?」
「仕事の量が落ち着いてきたので、もとの生活に戻ろうかと思いまして。」
「はて? これから学校で忙しくなるのではありませんか?」
「あー、それはー。」
どうしよう。言い訳が思いつかない。四包に助けを求める視線を送ってみても、目をそらされる。どうにか誤魔化すしかないか。
「四包姉ちゃんも海胴兄ちゃんも、寂しくなったんだよね?」
「あ、ちょっと亜那ちゃんっ。」
「そうなのー?」
「えー、仲良しー。」
「どーせー生活っていうんだよね。」
「もう、みんなまで!」
既に手遅れだった。亜那ちゃんに物の見事に看破され、わたわたする四包を見ていて図星だと気づかない人はそういないだろう。
「そうだ、ここが学校として使われると聞いたんですが、本当なんですか?」
「はい。本当ですよ。」
あからさまに流れを変えようとしたのだが、家族との関係を晒す恥ずかしさを知っている千代さんが乗ってくれたおかげで上手くいった。
「僭越ながら、私が教師を務めさせていただきます。」
「あー、柑那さん、そういうの似合うよ。」
「耕司さんの紹介ですか?」
「そうですよ。彼には少しだけ関わりがあって、教師に良い人はいないかと問われたので、推薦したんです。」
「へー、梓さんと耕司さんが。」
「ちなみに私は補佐に就くんですよ。」
南西に住む梓さんと、今まで山茶花区画にいたはずの耕司さんに関係があるとはたまげたものだ。耕司さんの伝手にはとても驚かされる。
「梓さんも、先生が似合うよ。」
「ありがとうございます。四包さん。」
さしずめ、柑那さんは鞭で梓さんは飴といったところか。時として立場が反対するかもしれないが。普段優しい人が怒ると怖いというのはよくある話だ。
「さてと、四包の荷造りも始めるとして、今日はもう遅いんだ。泊まっていくだろう?」
「はい。お世話になります。」
「わーい! お泊まりー!」
「海胴兄ちゃん王様! いっぱいお話聞かせてね!」
僕のすぐ隣にも国王はいるのに、なぜか僕にだけ矛先を向ける子どもたち。チラリと四包の方を見ると、同情するかのような優しい目をしていた。この質問攻めは既に経験済みというわけか。
「浩介、早那。悪いけど海胴は、晩御飯の支度に付き合ってもらうんだ。四包姉ちゃんに遊んでもらいな。」
「え。」
「悪いな四包。」
「ちょっ、まっ。」
「わーい! 四包姉ちゃん王様だー!」
「王様ー!」
「もお、仕方ないなぁ。よし、みんな。付いておいで!」
「「おー!」」
作業の疲れもあるだろうに、明るく振る舞う四包。強い子だ。ヘロヘロな僕を引き抜いてくれた万穂さんに感謝しつつ、調理場へ。四包の労いのためにも、美味しいものを作ってやらなければ。
「「「いただきます!」」」
我先にと食卓に手を伸ばす子どもたち。その顔は皆満面の笑み。まるで何かのCMかと思うほどの良い顔をされると、料理人としてとても喜ばしい。
「「「ごちそうさまでしたっ!」」」
あっという間にお皿の上は空になってしまった。凝って作った分、量が減ってしまったので、成長期の子どもたちにとっては、少し物足りないかもしれない。
「柑那さん、どうかしましたか?」
「学校を開くにあたって、教材が必要だと思うのですが、どうしたら良いでしょうか。」
「対象年齢はどのくらいですか?」
「小学校の内容になりますが、こんなことを言っても仕方ありませんね。私の仕事なのですから。」
失礼しましたと頭を下げ、食堂の机に向き直る柑那さん。共に暮らしていた仲だというのに水臭い。
小学生というと、この世界では七から九歳だ。前の世界では、小学生の前半。このくらいの年齢の教科書というのは確かに必要だ。
「どんな内容なんですか?」
「物語を使って言葉の読み書きですね。主に漢字です。それから算数に生活といったところでしょうか。」
生活という教科は理科の前身のようなものだったが、思い出すと懐かしい。花のスケッチなんかをやったものだ。
それから算数。ここ最近は数学数学と呼んでいたこともあって、驚きすら感じる。五年かそこらの勉強でよく進化したものだ。
しかし、全ての教科において、どのような勉強をしていたのかさっぱり覚えていない。
「力になれそうにはありませんが、書き写しくらいなら手伝いますよ。」
「ありがとうございます。ですが、木版印刷にしますので、気にしないでください。」
さすがにコピー機で一瞬とはいかないとは僕も思っていたが、木版の技術があるものとは予想外だった。
「不甲斐ないです。」
「いえ、気にしないでください。引き受けたのは私ですから。」
手伝おうにも手伝えないというのはなんとも歯がゆいものがある。国王といえども所詮は十七歳の子どもというわけなのだが、何かとお世話になった人だ。どうにかして手助けがしたい。
「とは言ってもなあ。」
「だよねー。」
というのを四包にも言ってみたところ、名案など出るわけもなく、匙を投げた。また別の機会を狙うしかないな。
「寝よっか。」
「そうだな。」
今日は肉体的な疲労があるため、頭が回っていないのだろう。ぐっすり眠って、明日になれば良い案が浮かぶかもしれない。
「「おやすみ。」」
夢を見ることも無いほどぐっすりと眠った次の朝。屋敷への移動がてら、材料の運搬が終わっていることを確認するため、朝早くに教会を出る。
「またいつでも来な。待ってるよ。」
「はい。お世話になりました。」
「また来るよ。本当にありがとうね。」
早朝ということもあって、見送りは万穂さん一人。四包の荷物は、ソルプさん宛の手紙と共に魔法で送ってある。
「朝から走るのって疲れるね。」
「なんだ、トレーニングはしていなかったのか?」
「弓の方はしてたんだけど、着物で走り込みはしないよ。」
「それもそうだな。」
今日の四包の服装は、長袖の白いブラウスに、僕があげたマフラー、これまた長袖の黒いズボンだ。モノトーンの中にマフラーの赤が映えている。
「ううっ、思ってたより寒いね。」
「ここからが冬本番といったところか。」
どうせ走って暑くなるだろうと、僕も四包も比較的薄着だったのだが、それが油断だった。止まっていると凍ってしまいそうなほど寒い。
「あー、手の感覚がぁ。」
「マフラーより手袋のほうが良かったか。」
「いや、マフラーはマフラーであったかいから良いんだけどね。」
気を使ってくれているようだが、そう言う四包の手は霜焼けでもしているように赤く、少しだけ腫れているように見える。
「四包、魔法で暖かい空気を出せないか?」
「それだ! なんで気づかなかったんだろ! 暖気!」
朝の静かな街並みに四包の声が響くと同時に、快適な温度の空気が四包を中心に放たれ始めた。これで僕も、手が赤くなる心配は無くなったのだが。
『あまりあの子に魔法を使わせるなよ。』
ふと、そんな声が頭の片隅に流れた。どこからか聞こえたというよりは、脳に直接来たとでも言うような感覚。幻聴というのはこういったものなのだろうか。
だが、どうも僕にはこれがただの幻聴だとは思えなかった。いや、幻聴は幻聴でまずいのだが。
「四包。」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「その空気、出すのをやめてくれ。」
「え、なんで?」
「汗をかくと体が冷える。せめて手だけにしておけ。」
「でもお兄ちゃんは?」
「僕は毎朝トレーニングをしているんだ。このくらいどうということは無い。」
「うん。わかった。」
本当は、今日はこの世界に来てから最も寒く、早朝のトレーニングでもこんな寒波は感じたことがないのだが、それでもこの声に従っておきたかった。
「あ、耕司さんだ。」
「あの人も朝が早いな。」
いくつかの現場を確認して回って、ちょうど屋敷までの道のりが半分を過ぎたところの現場に耕司さんが立っていた。
「おや、お疲れ様です。」
お読みいただきありがとうごさいます。
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