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ポルックス  作者: リア
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157話 林業

「無い。」



 目が覚めると、たしかに机の上にあった封筒がすっかり消え去っていた。いつも僕が起きる時間は日の出より早く、ソルプさんもまだ眠っている。



「本当に魔法が...?」



 いや待て。落ち着け。僕が手紙の返事を書いたのが昨日の夜。そして今起きると手紙は無くなっていた。

 つまり、もし魔法のせいだとするならば、その発動は僕が眠ってからということになる。

 まず可能性の一つ目。僕が眠ってすぐという可能性だが、これは現実味が無い。四包に僕が眠るタイミングを知る術は無いはずだ。それも魔法と言われてしまえばおしまいだが。

 二つ目の可能性。四包が僕が起きるより早く起きた可能性。四包の体質からして考えられないことではあるが、どちらかと言えばこちらが現実的である。



「誰かに起こしてもらったのか? まさか自分で起きたなんていうことはないだろうし。」



 そう呟きつつも、朝のルーティンのために服を着替え、家を出た。

 しばらく林業労働者となるので、少し濃いめのトレーニングをこなした後。屋敷に戻って昼からの支度をし、部屋に戻ると。



「また封筒か。」



 昨日僕が返事を書いたものとは別の封筒が机の上にあった。これはもう認めるしか無いかもしれない。

 ソルプさんと結託している可能性も考えたが、もしこの手紙に木材収集のことが書かれていれば魔法であることが確実になる。何しろ鋸地獄が決まったのは昨日なのだ。



「どれどれ...お兄ちゃんへ、今日の午後、この間の集合場所でいいんだよね? か。」



 これは確定だな。どうせこの後会うのだから、この魔法についてはそのときみっちり聞かせてもらおう。返事には「ああ。」とだけ書いておけばいい。



「にしても、これは革命的だな。」



 情報というのは何より重要だ。例えには悪いが、戦争では早く正確な情報によって、戦力差をひっくり返す戦略が立てられるのだ。

 四包の魔法の性質上、送ることはできても回収が難しいだろうと思っていたのだが、どうにかその壁を乗り越えることに成功したようだ。



「あっ、お兄ちゃーん!」

「昨日ぶりだな。」

「うん。で。手紙、びっくりした?」

「ああ。こんなことができるようになっていたとはな。」

「えっへへ。お兄ちゃんが剣道を頑張ってるから、私も頑張りたくなったんだよ。」



 それにしたって、魔法は剣道とは違い、師となる人がいない。完全に手探りの状態であるのに、よくやり遂げたものだ。



「プリムさんがやってた魔法にヒントを貰ってね。今はまだこの種類の封筒だけしかやり取り出来ないんだけど。」

「それでも十分凄いことだ。よく頑張ったな。」



 尊敬と労い、ほんの少しの羨望を込めて、四包の頭を撫でてやる。照れくさそうに体を震わせたが、しばらくは僕のなすがままになっていた。



「ありがとっ。頑張った甲斐があったよ。」

「これからも頑張ろうな。」

「うんっ。」

「ついては、これからの鋸地獄なんだが。」

「あはは。私も頑張るから、お兄ちゃんも頑張ろうね。」



 前回の木材収集時における、男性陣のヘロヘロ具合を思い出したのだろう。その口からは苦笑いが漏れていた。



「それで、これが終わったら、ついに学校が出来るんだよね。」

「ああ。僕達が就労している間に、耕司さんが手配してくれるそうだ。」

「ほんと、耕司さんの人脈はどうなってるんだろうね。」



 いったいどんな経験をすれば、そんなありとあらゆる人脈を築くことができるのか。僕達も、関係を持った人達には名前を聞いて、覚えて回っているが、教員が務まる人などそうはいない。



「はぁ、はぁ、やっぱり疲れるな。」



 移動速度の関係で、僕達二人は他の作業員の方々より先に現場へ到着。すぐさま作業を開始した。早く始めて早く終わろう。



「鎌鼬。」

「いいよな、魔法っていうものは。」

「僻まないの。お兄ちゃんはお兄ちゃんの出来ることをしよ。ね?」

「そうは言うが...」



 全て人力である僕に対し、魔法を使えば何倍も速く作業が進むのだ。いくら魔法を使っても魔素の底が見えない四包だからこそ出来る離れ業であるが、羨ましくて仕方ない。



「四包、せめて雰囲気を盛り上げてくれ。」

「そうだね。辛い辛いと思うからダメなんだよ多分。」

「気をそらすためにも近況報告といこう。」

「はーい。...って言っても、大したことはなんにも無いけどね。」

「気にしないでくれ。僕もだ。」



 互いに話を始めたが、驚くほどに何も無かった。せいぜい依頼の傾向がどうとか、教会のメンバーがどうだったとかその程度。



「そういえば、千代さんの家族に会ったよ。」

「へえ、どんな人だったんだ?」

「人柄まではわからなかったけど、同じ茶髪のおじさんだったよ。お父さんなんだって。」



 人柄まではわからないとなると、そう長くは滞在していなかったようだ。



「僕達がお世話になっていたときは見なかったよな?」

「うん。その人ね、学校を作るための署名をしているっていうので、教会まで来たんだって。」

「ああ、あの人だったか。」



 茶髪のおじさんはこの世にごまんといるが、署名活動をしている人は一人しか知らない。



「お兄ちゃん、知ってるの?」

「そりゃあ、署名を渡された本人だからな。」

「そうだったんだ。」

「その人の名前は聞いたか?」

「うん。千里さんだって。」



 ビンゴだ。なるほど、あの人が千代さんの父親だったか。気弱そうな彼女のイメージとは程遠い人だったが。



「千代さんね、お父さんに頭を撫でられて恥ずかしがってる姿がすっごく可愛くって。」

「ああ、想像できる。」

「お風呂でのソルプちゃんもそうだったんだけど、女の子ってどうして照れるとああも可愛いんだろうね。」

「それは知らんが、お風呂で何かあったのか?」



 僕がそう尋ねると、四包は失敗したとでも言うような表情をして目を泳がせた。言ってはいけないことだったらしく、必死に誤魔化し方を考えているようだ。



「乙女のお風呂事情に首を突っ込むのは野暮ってものだよ、お兄ちゃん。」

「わかったわかった。そういうことにしておこう。」



 見当はついているが、あれは僕とソルプさんの間で思い出さないようにしようと話した。だから四包も、バレバレだが隠そうとしたのだろう。



「んーと、さっき思い出した話があったんだけど、何だったかな...」

「おいおい、まだボケるには早いぞ。」

「ちょっと思い出せないくらいで大げさだよ。いくらこの髪がおばあちゃんみたいだからって、からかわないでよね!」

「そんなつもりではなかったんだが。」



 ぷりぷりと怒ってそっぽを向いてしまう四包。可愛らしく怒っているように見えて、実は内心、結構煮えくり返っていたりするのだ、これが。



「悪かったよ。嫌なことを思い出させて。」

「ふんだ。」



 こうなってしまうと、平謝りする以外の方法を僕は知らない。乙女心というのは複雑なもので、ほんの少しでも機嫌を損なう発言をすると、数百倍の怒りが飛んでくるのだ。

 理不尽だと思わないわけではないが、家族という付き合いの中で、慣れてしまったというか、自分の中で仕方ないものだと折り合いをつけるようになってしまった。



「悪かったよ。機嫌を直してくれ。」

「つーん。」



 その結果がこの有様であったりするのだが。平身低頭謝り尽くしても、四包の心には届かないらしい。

 そもそも、四包がなぜこうも記憶力云々に関して不機嫌になるのかと言えば、それは中学生の頃に遡る。

 日本では当然ながら、銀髪というのは珍しい。中学校では当たり前のように浮いた存在になっていた。それ自体は、四包の性格上問題ないはずだったのだが、如何せんタイミングが悪かった。

 これは小学校の頃からだが、髪のことを弄られては怒るという、もはや芸とも呼べるやりとりがよく交わされていた。だが、母さんが死んでから四包の心は傷つきやすくなっていった。

 とどのつまり、怒るという反応が、極めて大きくなっていったのだ。



「頼むよ四包。せめてこっちを向いてくれ。」



 それが今でも、名残を残しているのである。中学校時代とは違って、こうなることは希であるのだが、今日は運が悪かったらしい。



「まったく。」

「本当にすまなかった。」

「いいよもう。気をつけてよね。」

「ああ。」



 どうにか謝罪を受け入れてもらうことができた。僕達兄妹の間では、喧嘩をしても謝罪と仲直りが済めば、関係は即座に通常運行に戻る。



「そうだ、さっきの話思い出したんだけどね。」

「どんな話なんだ?」

「教会が学校の代わりになるかもしれないんだって。周りに住んでる子どもたちを集めて、勉強するらしいの。」

「それはいいな。仕事は増えるかもしれないが、あそこの大人たちは子どもたちの扱いには慣れているだろうし、そうすれば孤児院の子達も馴染めるだろう。」



 それに、建築材料の削減にもなって、僕達労働者が楽になる。僕は一刻も早くこの鋸地獄から解放されたいのだ。



「お兄ちゃん、そんなにこの作業が嫌?」

「そんなことはないぞ。国民のために働くのが国王の仕事だ。」

「そう思ってるなら、せめてガッツポーズは隠そっか。」

「はっ!」



 無意識のうちに体が動いていた。これでは仕事が少なくなって喜んでいるのが丸わかりではないか。幸いなことに、周りには四包しかいないが。



「私は結構、この作業好きだけどなぁ。」

「どうしてだ? こんな辛い作業は他に無いと思うんだが。」

「本音出てるよ。」

「今更だ。気にするな。それで、どうしてなんだ?」

「だって、お兄ちゃんと一緒にいられるんだもん。」



 さも当然の如く言ってのけた四包。いや、少しだけ顔が赤くなっている。恥ずかしいのが分かっていても伝えたいことだったのか。

 しかし、これで四包が寂しがっていることが明らかになった。そうでもないと、赤くなってまで言う意味が無い。これはささやかな抗議ということか。



「なあ四包。また一緒の生活に戻るか?」

「え? 東西の分担は?」

「休みの日は無くなるだろうし、仕事も遅くまでかかるだろうが、それでも良いなら分担は無視していい。」



 そう、問題は四包の自立についてだ。ここ何週間もの離別生活によって、四包の生活力は確かめられただろう。だからもう戻してしまっても構わないのではなかろうか。

 というのが後付けの言い訳で、本当は四包の願いを聞いてやりたいという、僕の甘さなのだが。



「四包が不安になっていないかと心配になってな。どうする?」



 不安なのは僕の方である。信頼できる人の元に預けているとはいえ、可愛い妹を独り立ちさせているのだ。これが不安にならないわけがない。むしろ、よく数週間ももったと自分を褒めてやりたいくらいだ。



「じゃあ、うん。戻ろう。私、お兄ちゃんと一緒がいい。」

「そうか。わかった。」



 表面上はクールに見せているが、内心では少しだけ喜んでいる。それを悟ったのかはわからないが、四包も少し微笑んでいた。

 一つ悪い点を挙げるとすれば、仕事が増えることだが、その程度のこと、僕の精神の安寧のためには厭わない。僕は仕事より家庭を大事にするタイプなのだ。

 これが終われば再び四包との共同生活が始まるのだと思うと、少しやる気が出てきた。欠乏症の反動というのは凄いものだ。



「よし、頑張るぞ。」

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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