表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポルックス  作者: リア
へミニス
156/212

155話 船漕

「はふぅー。」



 ソルプちゃんと一緒にお風呂に入ると、ついいつものように力が抜けて、長い息をついてしまった。気持ちいいんだから仕方ないよね。



『んーっ、はぁ。...うぅ、思い出しちゃうなぁ。』

「何を?」

『はにゃっ?! 聞こえてましたか!』

「まあね。」



 お風呂場で思い出すというと、なんだろ? 私はおっぱいマッサージとかお兄ちゃんとのお風呂とかあるけど、やってきて数週間のソルプちゃんにそんなことあるかな?



『その、実は、お風呂に初めて入ったとき、のぼせてしまって。』

「え、大変じゃん。大丈夫だった?」

『は、はい。ご主人様に、助けていただいたのでぇ...』



 尻すぼみになったものの、言葉を言い切った後、ソルプちゃんは顔を真っ赤にして湯船に口をつけ、ぶくぶくとやり始めた。可愛い。



「お兄ちゃんに見られちゃったんだ。」

『うぅ...はい。』



 見た目は幼稚園児なのに、恥ずかしがっちゃって可愛い。私がソルプちゃんくらいのときはまだ一緒にお風呂に入ってたのに。おませさんなのかな。



「ね、そういえばソルプちゃんっていくつなの?」

『ええと、この前十六歳になりました。』

「え゛。」



 その見た目で、十六歳、ですと? 私たちより一つ下だから、稔君と同い年くらいかな。見た目はその三分の一なんだけど。裸を見られて恥じらうのも当然の年齢だったよ。



「わ、若々しいですね。」

『...遠回しに貶してますか?』



 というより、そんな人のお風呂を覗いたお兄ちゃんにガッカリだよ。見た目は園児だから、仕方ないことは仕方ないけど。



「そんなことないよ。驚いてるだけだから。その見た目で十六歳...」



 よく見ると耳の先が尖っているのがわかるから、その見た目の理由は予想がつくんだけど。明日香さん以外に見たことがなかったから、驚きが強い。



「あれ、じゃあプリムさんはいくつなんだろ?」

『巫女姫様ですか? えっと確か...三十代後半でしたかね。』

「私より年下に見えるのに、三十路?」



 それだけの年月があれば、あの胸の膨らみも納得できるよ。体の生育は遅いのに、そこだけ早いなんて羨ま、じゃなくて意味が分からないよね。



「見かけによらないねぇ。」

『私たちの感覚で言うと、天使様たちの成長が早すぎるんですが。』



 まあそうだよね。私たちが遅いのを驚いているんだから、向こうも早いのを驚くよ。



「ところで、その天使様っていうの、どうにかならない?」

『私にとって貴方様は天使様ですから。』

「私は四包だよ。」

『いいえ、天使様です。』



 こういう強情なところは見た目相応に子どもっぽい。しばらく言い合いが続いたけど、結局は私が折れることになってしまった。



「髪乾かしてあげるね。」

『ありがとうございます。』

「熱かったら言ってね。温風。」



 魔法で起こした温かい風をドライヤー代わりにして、髪にあてる。ソルプちゃんはそれがくすぐったいのか身をよじるけど、そうは問屋が卸さない。



「お痒いところはございませんかー。」

『きゃふふ。大丈夫です。』

「うん。これでおっけい!」

『ありがとうございます。』



 ソルプちゃんは眩しい笑顔を向けてくれた。裸のお付き合いって、案外有用なものかもしれないね。



「じゃあお兄ちゃん、今日はソルプちゃんと一緒に寝るからね。おやすみ。」

「ああ。おやすみ。」

「おやすみなさい。」



 私たちがお風呂を上がるのを察知してきたお兄ちゃんと、すれ違いざまに挨拶を交わす。それけら、今はソルプちゃんの部屋になっている場所のベッドへダイブ。ダイブの瞬間、部屋の中が真っ暗だったので明かりも付けた。



「ソルプちゃんもおいでー。」

『はい。お邪魔します。』

「ソルプちゃんの布団なのに。変なの。」



 控えめにモゾモゾとベッドインしてくるソルプちゃん。その小さな体をめいっぱい広げても、この大きめなベッドの半分も使えない。



「明かり消すね。」

『はい。おやすみなさい。』

「おやすみ。消灯。」



 明かりを消した後、ソルプちゃんを抱き枕にして目を閉じた。お風呂上がりのぽかぽかしたちょうどいい大きさの体は、ぎゅっとして眠るのに最適だった。



『天使様。天使様。』



 ソルプちゃんが声をかけてこなかったら、ものの数秒で眠りについていたところだったよ。もう少し声掛けが遅かったら寝てたね。間違いなく。



「どうしたの、ソルプちゃん。」

『苦しいです。』

「あ、ごめんね。」



 暗闇に目を凝らすと、ソルプちゃんの目から下がすっぽり布団に覆われていた。息苦しいはずだよ。



『ぷはぁ。』

「ソルプちゃん、抱き枕の才能あるよ。すっごく抱き心地良いもん。」

『そうでしょうか。』

「うん。これは癖になるよ。是非持って帰りたい。」



 私の場合、本当は数十秒しか変わらないけど、寝やすいのは確かだと思う。お兄ちゃんなんかで実験してみるとわかりやすいんじゃないかな。

 お兄ちゃんが女の子を抱きかかえて眠る姿を想像すると、妹として情けなくなるけど。



『天使様のお役に立てたなら良かったです。』

「可愛いなぁもぅ。うりうり。」

『ふふふっ。くすぐったいですよ。』



 まだ少しだけ湿り気を残す髪と、ゆたんぽのように温かいお腹を撫で回す。柔らかくって癒されるよ。

 これは是非お兄ちゃんにも触らせ...たら駄目だった。こう見えて、ソルプちゃんは十六歳の立派な淑女なんだから。



「ふぅ。満足満足。」

『今度こそ、おやすみなさい。』

「おやすみっ。」



 言ってからは早かった。それこそ数秒かそこらで、意識は現実から遠のいていく。




「錨を上げろ! やろーども! 出航だ!」

「あいあいさー!」



 目の前にはどこまでも広がる青い海に、どこまでも広がる青い空。その境となる水平線を目指して、私たちは船を出す。



「面舵いっぱーい!」

「あいあいさー!」



 私が船長を務めるこの船の名前は「レイニー号」。決してどこぞのゴム少年の船を意識したわけじゃない。



「風向きよーし!」



 船頭として船首の上に立ち、流れゆく水と空をぼんやりと眺めていると、不意に肩を叩かれた。



「四包船長大変です!」

「どうしたお兄ちゃん船員!」

「食料を積んでくるのを忘れました!」

「ばか! どうして確認しないの!」

「必要無いかと思ってました!」



 間抜けだ。こんなだからお兄ちゃんはいつまで経ってもお兄ちゃんなんだ。仕方ない。ここは私が頑張ってあげよう。



「ならここで調達しよう! お兄ちゃん、釣竿用意して!」

「はい! こちらに!」

「よろしい! そいやっ!」



 受け取った釣竿を使って釣りを始めた。どうして食料が無いのに釣竿があるのかわからないけど気にしない。



「おおっ、きたきた! 大物だよっ!」

「四包船長大変です!」

「何? 今釣りが忙しいんだけど! うーっ、そりゃっ!」



 種類とかはよく分からないけどおっきな魚を一本釣り。甲板でビチビチと元気に跳ね回っているのを捕まえながら、お兄ちゃんの話を聞く。



「おっきい魚、げっとだぜ!」

「船員がいません! 港に置いてきてしまいました!」

「ばか! どうして確認しないの!」

「必要無いかと思ってました!」



 さっきも見たようなやり取りを、気にすること無く繰り返す。



「ならあそこで調達しよう! お兄ちゃん、きびだんご用意して!」

「はい! こちらに!」

「よろしい! そいやっ!」



 ちょうどいいタイミングで着いた島の住民に、無差別にきびだんごを食べさせて仲間にしていく。



「今日から君たちは仲間だ! 一緒に世界の果てを見に行こうじゃないか!」

「「「おおー!」」」



 ソルプちゃん、プリムさん、アゴンさんを仲間に引き入れてまた海を進んで行く。



「四包船長大変です!」

「どうしたお兄ちゃん船員!」

「風がありません!」

「風が無いなら作ればいいじゃない! 暴風!」



 突然、平和だった海の上に嵐ができた。おかげで海は大荒れで、操縦どころじゃなくなり、見事転覆。



「ごぼぼぼっ。苦し...くない。息できるよ!」

「本当だ! 四包船長が神に愛されていたおかげだ!」

「さすが私の天使様!」

「さすがお師匠様!」

「さすが頭の弱い嬢ちゃん!」



 こうして無限に続く体力と呼吸を使って、無限に続く海を泳ぎ続けて早三十年。お兄ちゃんの髪の毛は白く染まり、髭もいっぱい生えてきた。私の髪は変わらないけど。



「もうすぐで世界の果てに着くぞー!」

「「「おー!」」」



 水平線の先に見える輝きへ、ようやく今手を触れ...




「さっさと起きろ!」

「はっ! ここは?!」



 つい1ヶ月か2ヶ月くらい前まで生活していた家の天井だった。



「世界の果ては?」

「は? 何を言っているんだ?」



 ぼんやりとしていた頭がゆっくりと目覚めていく。そっか、あれは夢だったのか。でももう少しだけお兄ちゃんがゆっくり起こしてくれたら、世界の果てが見えたのにな。



「そんなことより、戻らなくていいのか?」

「へ?」

「仕事。とっくにトレーニングが終わったぞ。」



 窓の外を見ると、すっかり日が昇っていて、小鳥たちのモーニングコールが聞こえてくる。

 現状を認識して、だんだん血の気が引いてきた。



「どうしてもっと早く起こしてくれないのぉ!」

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ