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ポルックス  作者: リア
へミニス
151/212

150話 妊娠

「大丈夫か?」



 久しぶりにシリアスな様子から始まった夢。ここ一ヶ月程はずっと甘々だった。というのも、母さんの体調が安定せず、仕事を休むことが多かったからだ。

 そして今日、この夢で、事態は転機を迎えることとなった。



「ごほっ、ごほっ。うえっ。」

「よしよし。大丈夫だ。」



 父親は嘔吐く母さんの背中を摩った。その母さんは、涙目になって洗面台に俯いている。

 原因は、今日の朝食。おそらく、匂いの強い粕汁によって吐き気が増したのだろう。母さんが食卓を囲んだ途端に「うっ。」と声を上げ、口を押さえて洗面台に駆けた結果、今の状態だ。



「すまない、ツムギ。粕汁が嫌いだとは思っていなくて。」

「クライス君は悪くないよ。私、酒粕は嫌いじゃないはずなのになぁ。せっかくクライス君が時間をかけて作ってくれたのに...ごめんね?」

「気にするな。」



 再度、粕汁を取り除いた夕食を囲む。祖父も心配そうな顔で母さんをのぞき込むと、ふと思い出したように口を開いた。



「なあ紬、お前、妊娠したんじゃないか?」

「「え?」」



 両親の口から同時に間抜けな声が漏れる。仮定とはいえ、新しい生命が宿っているかもとなれば、驚きもする。



「微熱ってだけで、風邪でもねえのに吐き気となると、それくらいだろ。」

「えっ、ええっ。」

「なるほど。ツムギ、検査をしよう。」



 それが勘違いでも本当でも、確かめてみれば良いだけのことだ。早速検査薬を購入、検査開始。その結果は。



「マーク出てるね。」

「だな。」



 くっきりとした陽性反応。検査薬というのは百パーセント正しいというわけではないが、十中八九おめでただと考えて良いだろう。



「そっか...」

「なんというか...」

「言葉が出ないね。」



 言葉無く頷きを返す父親。感慨深いというかなんというか。実感が湧かないというのが一番大きいだろうか。



「私たち、お母さんとお父さんになっちゃうんだよね。」

「そう、だな。...頑張らないとな。」



 ぎゅっと拳を握り固めて決意の眼差しを交わす両親の姿に、僕は胸を掴まれたような気がした。




「おはようございます。」

「おはよう、ございます。」



 ソルプさんの留学が決まってから一週間が経った。彼女はだんだんこちらでの生活に適応し始め、今では稔たちの仕事を陰から支えている。



「いってらっしゃいませ、ご主人様。」

「誰の入れ知恵ですか。」

「稔さん、です。」

「あの野郎...」



 だが、僕のいないところで、何やら良くない教育が行われたらしい。



「いってきます。くれぐれも家から出ないようにお願いしますね。」

「わかる、ました。」



 彼女は僕の言いつけ通り、人前には出ないように気をつけながらも、魔族の特徴である豊富な魔素に強靭な体力を駆使して手伝ってくれる。国王になってから疎かになりがちだった掃除も、彼女がしてくれているのだ。



「ただいま。」

「ただいまでござる。」



 アゴンさんによるいつもの厳しいトレーニングと、僕による余計な教育をしてくれた分の鉄拳制裁を以て、ボロボロになった稔と玄関をくぐる。



「また、鍛錬、ですか?」

「はい。そうです。また新しい言葉を覚えたんですね。」

「はい!」



 嬉しそうににっこりと微笑む彼女の頭を優しく撫でてやる。一週間共に暮らし、話した中で教えてもらったのだが、ソルプさんの言葉もこの国の言葉も、文法としては大差ないらしい。

 というわけで、あとは生活に触れて単語を覚えていくだけだ。彼女は物覚えが良い。完璧にマスターして教鞭を執るのもそう遠くないだろう。



「お風呂、湧く、ました。」

「ありがとうございます。」

「ありがとうでござる。」



 まだ活用系や助詞に関しては弱いようだ。しかし、単語さえわかってもらえれば、文法に関してはこちら側で意味を補填するか、繋ぎ合わせてやれば問題ないのだ。指摘するほどのことではない。



「おはようございます。みなさん。」

「おはよう、ございます。橘さん。」

「おはようございます。」

「おはようでござる。」



 さて、今日も全員が揃ったところで、各々仕事だ。今週は休みが取れていない。四包がどうなのかはわからないが。

 今まで離れて過ごすことが無かったから何とも思わなかったが、何か連絡手段が必要だ。こんな些細なことだけでなく、重要なこともやり取りできるような。



「少しつてを頼るか。」



 今日の予定に一つ付け加えながら、仕事の現場に向かった。




 ご主人様がお仕事に出かけられてからしばらく。雑巾と桶を持って廊下に立った。

 私は留学生とはいえ、居候させてもらっている身。留学先の家をお掃除するのは当然のこと。



「お兄ちゃん、ただいま!」

「いらっしゃいま...四包殿。おかえりでござる。海胴なら仕事でござるよ。」



 そんな考えの元、その家の廊下を雑巾がけしていると、玄関の扉が勢いよく開かれ、誰かの話し声が聞こえてきた。



「えーっ。せっかく仕事を頑張ったのに。」

「仕方ないことです。海胴さんは花水木区画の依頼もこなしていらっしゃいますから。」

「あ、橘さん。元気だった?」

「はい。お陰様で。」

「拙者には聞かないのでござるか。」

「稔君はどう見ても元気だしね。」

「それはそうでござるがぁ。」



 稔さんや橘さんと親しげに話すその声は、どこかで聞いたことがある気がする。とても速い会話で、全ては聞き取れないけれど、お友達なのだろう。



「ところで、海胴は今日、いつもより早く帰ってくると言っていたでござるよ。」

「そうでしたね。今日の分は急に入った仕事だと仰っていました。」

「お兄ちゃん、どこに仕事に行ったかわかる?」



 このお屋敷に誰かがやって来るのはいつものことだし、そのときに私は玄関にいてはいけない。ご主人様が言うには私の安全を守るためらしいけれど、掃除の邪魔をされると苛立つ。



「次、倉庫。」



 玄関で起こる会話を振り払うように、自分で声を出して切り替えつつ、奥へ奥へと掃除を進めていく。ここまで来ると、もう聞こえない。

 粗方掃除が終わった。扉を薄く開けて、玄関に誰もいないことを確認してから出ていく。



「ソルプ殿。お疲れ様、でござる。」

「稔さん。お客さま?」

「先程の方はお客様ではありません。海胴さんの妹さんに当たります。」



 稔さんは私と話すとき、ゆっくりと聞き取りやすく話してくれるし、分からない言葉の意味も教えてくれるけれど、橘さんは難しい言葉をたくさん使うから、少し苦手。それでも、どうにかお客さまでないことだけはわかった。



「拙者は仕事に出かけるでござる。」

「わかりました。」



 稔さんは語尾によく分からない言葉をつけている。ご主人様が気にしなくて良いと言うから私も気にしていない。



「そろそろ昼食の準備をしましょう。」

「私も、手伝う、ます。」

「結構です。休んでいてください。」



 橘さんは、私と二人きりになるのが嫌みたいだ。いつも何かとつけて一人になろうとする。スムーズに会話が繋がらないのが嫌なのかもしれない。

 でも、私だって努力している。全部とはいかないけれど、橘さんが言うことも分かるようになってきた。今日こそは話してみよう。



「橘さん。」

「ソルプさん。休んでいてください。」

「一人、寂しい、です。話す、ますか?」

「話しませんか、と、言いたいのですか?」



 少し強い語調だけれど、合っているので首肯。まだ細かいところはわからないけれど、聞く分には問題なくなりつつある。



「料理に集中させてください。」

「私も、手伝う、ます。」



 また遠ざけられそうだったので、そう言って、戸棚にたくさん並べてある食器の一山に手を伸ばした。その中の二枚を取り出し、橘さんの元へ運ぶ。そして橘さんに手渡そうとして。



「近づかないで!」



 叫ばれた。思わずお皿から手が離れてしまう。そのままお皿は自由落下。床に衝突して、音を立てて割れてしまった。



「...叫んだりしてすみませんでした。片付けは私がしますから、どうか離れていてください。」

「...ごめんなさい。」



 その音でハッとなった橘さんが咄嗟に謝罪を口にするが、私の心には届かなかった。それよりも、彼女の叫び声が耳に残って。



「ごめん、なさい...」



 食堂から逃げ出す。生まれてから二度目となる絶対的な拒絶の眼差しは、またも私の恐怖心を煽った。

 私の目から涙が溢れ出した。



「ただいま!」



 そこに聞こえてくる、陽気な女性の声。知らない人が入ってきたら、玄関に出てはいけない。そんなご主人様の忠告も忘れて、廊下からその人の元へ駆け出した。



『助けて...お父さぁん。』

お読みいただきありがとうごさいます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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