147話 水呑
「良い劇だったね。」
拍手がなり止み、観客が散り散りになってそれぞれの帰途に着くと、四包はそう締めくくった。広場に残っているのは、僕達兄妹と、教会のメンバー。
「こんなの初めて見たよ!」
「勇者様かっこよかった!」
「また見たい!」
「ん。」
早那ちゃん、宗介君、浩介君、多那ちゃんは、未だ興奮冷めやらぬといった調子で各々感想を述べる。引率の万穂さんですら「よかったねえ。」と絶賛しているのだ。
「四包姉ちゃん、あの人たちと知り合いなんでしょ?」
「うん、まあね。」
「次いつやるのか聞いてきてよー!」
笑顔の亜那ちゃんと、テンションマックスの香那ちゃんがまくし立てる。演劇というのは素晴らしい力を秘めているようだ。こんなにも子どもたちの笑顔を咲かせることができるのだから。
「わかった。行ってくるよ。ほら、お兄ちゃんも。」
「ああ。」
四包に手を引かれるがまま、抵抗することもなく舞台の裏へと入っていく。二人の会話を耳にしながら。
「私も桜介兄ちゃんと見たかったな。」
「そうだね、亜那。」
舞台の裏はテントのようになっていて、小道具や衣服などが所狭しと並べられている。これら全てを三人で作っているというのだから驚きだ。
「四包ちゃんに海胴君。」
「見に来てくれたんだね。」
「どうだった?」
「最高だったよ!」
「皆さん絶賛していました。」
「「「よっしゃ!」」」
息の合った喜びの掛け声に、これまた息の合ったハイタッチ。こんな三人が同じ舞台に立てば、団結力がある劇になることは間違いない。
「それでね、次はいつやるのかなって。みんな気になってるよ。」
「あー、それは...」
「この通り三人しかいないからさ。」
「すぐには台本も小道具もできないんだ。」
「そうすると、次の公演はいつになりますか?」
「「「未定、かな。」」」
三人しかいない分団結力がある。しかし、それだけではどうにもならないことだってあるのだ。例えばこれ。準備に時間がかかりすぎること。
「ごめんね。」
「せっかく来てもらったのに。」
「でも、何か改善点があれば、次に活かすよ。」
人数が足りないというのは深刻な問題だ。改善点がどうのと言っているが、それはあくまで演技や小道具の話だろう。ここで僕が「音楽も入れて欲しい。」などと言っても無理なことだ。
「僕は特には。三人で四役をこなしているんですから、十分凄いですよ。」
「強いて言うなら、もうちょっと子どもたちを参加させてあげてもいいんじゃない?」
「子どもたちを?」
「参加させる?」
「どういうことだい?」
「例えばですが、攫われる姫様を観客の子どもに変えてみたりですとか。」
「そうそう。最後に勇斗が立ち上がる所も、子どもたちの声援のおかげでってすると、もっと盛り上がるんじゃない?」
幼稚園や小学校の頃に見たヒーローショーなんかはそんな要素があった。せっかく対象を子どもたちに絞っているのだから、それくらいしても良いのではないかとは、僕も思う。
「なるほど。」
「良いね。」
「参考にさせてもらうよ。」
「「よろしくお願いします。」」
息の合い方なら僕達も負けていない。今までずっと隣同士で支え合ってきた二人を舐めてもらっては困る。誰も舐めてはいないが。
「じゃあ、私たちはこれで。」
「これからも公演頑張ってください。」
「「「ありがとう。頑張るよ。」」」
舞台裏のテントを出て、教会のみんなの方へ向かう。すると、待っていましたと言わんばかりに亜那ちゃんが駆けてきた。
「どうだった?」
「未定だって。」
「えー。残念。」
亜那ちゃんは未定と聞いて、露骨に肩を落としている。そこまで早く次が見たかったのだろうか。とはいえ、焦らされた方が、感動も大きくなるというものだ。
「仕方ないことですよ。三人しかいないんですから。」
「たった三人であの劇を? へぇーえ、すごい人達もいるものだね。」
三人というところに食いつき、感嘆符を漏らす万穂さん。もう少しキャストを増やせば良いのではないかとも思うが、あの団結力に入っていけるだけの人材は確保が難しいだろう。
「それじゃあそろそろ、あたしたちは教会まで戻るよ。」
「じゃーねー! 四包姉ちゃん!」
「海胴兄ちゃんも!」
「ばいばい、みんな!」
「また会いましょう。」
教会メンバーとも別れて、時刻はおよそ午後三時。現在地はこの向日葵区画の西側寄り。ユーグレナドリンクによって栄養素を補給しつつ、これからの予定を話し合う。
「次はどうする? 帰るか?」
「ううん。まだまだデートはこれからだよ。」
「ならどこへ行くんだ?」
復興は進んでいるとはいえ、娯楽施設などは元々ほとんど無いないし、新しく出来てもいない。デートで訪れるような場所は特に無いはずなのだが。
「こっちだよ。」
「こっちって、教会の方向じゃないか。どうしてわざわざ別れたんだよ。」
「デートっていうのは、二人っきりだからこそデートなんだよ。」
そうかもしれないが、演劇鑑賞の時点でそこは有耶無耶になっているだろう。今更気にしなくても良いとは思うが、それが乙女心というものか。
「はい、着いた。」
「ここは?」
「依頼で来たことあるんだ。そのときにちょっと約束をして、それを果たしに来たの。いいでしょ?」
「僕は構わない。」
僕はこれっぽっちも予定など考えていなかった。ただ四包がいればそれで、と言うと聞こえが悪いかもしれないが、無表情のおかげか特に親しい間柄の人も出来ず、あまり情報を持っていないのだ。
「こんにちはー! ってうわっ!」
「誰だ。気をつけろよ...って国王ちゃんか。」
「こんにちは、おじちゃん。」
四包がいつものように気さくに話しかけた老人。白髪で髭を生やした厳しい顔立ちは、見るからに頑固親父といった風格だ。ピンクのエプロンさえなければ。
「すっかり忘れてたよ。そういえばお皿でぎっしりだったよね。」
「気をつけろよ。頼むぞ。」
「はーい。」
「ところでそいつは?」
「私のお兄ちゃんだよ。」
「海胴と申します。よろしくお願いします。」
「おう。」
数えきれないほどの陶器によって、足の踏み場もない店内には入らず、外からご挨拶。あの人はいったいどのように生活しているのだろう。
「おじちゃん、約束。果たしに来たよ。」
「おう。じゃあ国王ちゃんだけ入ってきてくれ。陶器を重ねるときは、そこにある紙を間に挟んでくれよ。」
「はーい。じゃあお兄ちゃん、ちょっとまっててね。」
「あ、ああ。」
僕の預かり知らぬところでトントン拍子に話が進んでいく。店を追い出されたが、扉に聞き耳を立てていると、四包の笑い声が聞こえてきたので、心配するようなことは無いだろう。
「ほい、お兄ちゃん。終わったよー。」
「なんだ、随分すぐだったな。」
「次はお兄ちゃんの番ね。」
「どうしてだよ。」
「おじちゃんが良いって言ってくれたから。さ、早く早く。」
背中を押されて、無理やり店の中に押し込められた。扉は閉まり、もう退路はない。
「よろしくお願いします...?」
「おう。じゃあまず、この店をどう思う。」
いきなり商業的な質問が飛んできた。何のための質問かは全くわからないが、お世辞を言っても仕方ないだろう。かといって、ダメだしで終わるのも後味が悪い。
「棚など作ってはどうでしょうか。」
「ふむ、それもありだな。じゃあ次だ。儂を見てどう思う。」
というわけで、提案風の回答をしてみた。好感度は上がりもせず下がりもせずといったところ。次も同じ要領で答えよう。
と言っても、ピンクのエプロンが悪目立ちしている以外、特に何も無い。誰がどう見てもアンバランスなのはわかっていることだし、僕が指摘するまでもないだろう。
「厳格な雰囲気が出ていると思います。」
「そうか。ありがとよ。じゃあ次だが」
またいくつかの質問に答えさせられ、店を出て待っているように言われた。全くもって、意図がわからない。
「四包、これはいったい何をしているんだ?」
「うん? お皿を選んで貰ってるんだよ。」
「あの質問で?」
「うん。そうだと思うよ。依頼のお礼って言うくらいだし。」
「どんな依頼だったんだ?」
「えっとね、お孫さんの誕生日プレゼントを選んで欲しいって。」
「なんだそれ。」
変わった人もいるものだ。この現状でも切り盛りしている以上、腕は立つのだろうが。
そうこう話しているうちに、裏口から先程の職人さんが出てきた。
「国王ちゃんにはこの煎茶色の水飲みを。そして、そこの野郎にはこの沈香色の水飲みをくれてやる。」
「ありがとう、おじちゃん。」
「ありがとうございます。」
「丁重に扱えよ。」
それだけ言って、店の方へ引き返していった。僕達にはそれを止める理由も無い。ただその背中を見ているだけだった。
「お揃いだね、お兄ちゃん。」
「そうだな。」
「デートっぽいでしょ。選んだのはおじちゃんだけど。」
「たしかにな。ところで、あのお爺さんの名前を教えてくれないか? 顔と名前を一致させておきたい。」
「あ。聞いてないや。」
「おい。」
出会いは大切にしろと言われていたのにこのざまだ。しかし、再びお店に入っていくのはどうにも決まり悪い。陶器であれば、底の部分に名前が彫られていたりしないだろうか。
「あった。堤?」
「堤さんって言うのかな。」
「どうだろう。頭文字だけかもしれないが。」
ひとまず堤さんで覚えておこう。また機会があれば、そのときに本当の名前を聞けば良い。
さて、そろそろ日が傾き始めた。帰りは走ることになるだろう。この時期に走るというのは、体が温まって丁度いい。
「じゃあ四包、帰るか。」
「うん、そうだね...」
「大丈夫か? 元気がないぞ。」
「だって、また一週間はお別れだもん。」
そうだった。今まで同じ家に帰ることが普通のことすぎて忘れていたが、今日の帰り道は別々。夕方という時間も相まって、ひどく寂しいものに感じる。
「ねえ、お兄ちゃん。」
「どうした?」
「ちょっとだけでいいから、ぎゅってさせて。」
「...ああ。わかった。」
離れ離れで仕事をすると僕が勝手に決めたのだから、週に一度くらい、甘えさせてやっても良いだろう。
少し痛いぐらいに僕の胸のあたりを抱きしめる四包。陶器のカップを持ったまま。僕はカップを持っていない方の手で、四包の頭を撫でる。
「よしっ! これでまた一週間頑張れるよ!」
「ああ。お互い頑張ろう。」
「みんなの笑顔のために!」
僕が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた四包。もしかすると、見えなくなっても続けていたのかもしれない。
走って帰路につく僕の胸には、未だ残る四包の温もりと、冷たい寂しさが同居していた。
「みんなの笑顔のために、か。」
お読みいただきありがとうごさいます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




