145話 突撃
『総員、突撃!』
船員たちに向かって、上陸するなり俺は怒声を張り上げた。その瞬間からは、蹂躙。俺たちの軍の主だった攻撃は魔法による爆破。みるみるうちに、海浜の集落は更地となっていく。
『進軍だ!』
本当なら、上陸後に物資を下ろしたいところだが、敵戦力がどこにいるか分からない以上、迂闊に背を見せてはならない。
進軍した先に見えた光景は、低い外壁。見上げる程ではないが、いちいち登るには手間だ。ならば、壊してしまえばいい。
『魔法用意! 放て!』
巨大な爆発と共に、目の前の壁だったものは跡形もなく消し飛んだ。当然壁の内は大騒ぎだ。弱腰で逃げ惑う奴らばかり。拍子抜けだ。
『この程度、我らだけで充分だ! 巫女姫様が出る幕は無い! 進め! 我らの安寧のために!』
『『『おおおおぉぉぉぉ!』』』
雄叫びを伴って、魔法を十全に使うことのできる軍勢およそ千人が進軍を開始した。臨海の小さな集落を壊滅させた程度では、魔族の体内魔素は尽きない。
「くっ、うあああっ!」
『なにっ!』
時々、最後の力を振り絞って抵抗する人間に、油断した俺たちの仲間が傷を負わされるが、その程度の被害だ。このまま一気に領地を征服できるかと思われた矢先。
国の中央にある巨大な湖を迂回して、攻め入った分隊。行軍の中腹にいた俺は、そいつらの魔法が見えないことに気がついた。
『ぐああっ!』
それとほぼ同時に、俺がいる隊の先頭が、呻き声を上げた。その腹には、俺が腰に差しているものと似た刀。血をどくどくと流す同僚の姿に、俺の腸はフツフツと煮えくり返る。
『何者だ!』
「...」
その戦士は答えねえ。当然だ。言葉が通じていねえんだからよ。だが、一目見ただけで、そいつの心中が俺と同じだってことに気がついた。
『どけ。こいつは俺がやる。』
『大将、お下がりください。』
『うるせえ。お前らには荷が重すぎんだよ。』
こいつは魔法の間合いを見切って攻撃を仕掛けてきやがる。そんな奴に立ち向かっても、こんな練度の分隊では勝ち目がねえ。
『さて、死合と行こうぜぇ!』
「っ!」
磨き上げた踏み込みによる突発的な攻撃。二百年もの間、築き上げてきた剣の技だ。魔法に多大な適性を持つ魔族の中で、剣の道に入ろうって物好きは滅多にいねえ。
『らあっ!』
「くっ。」
だが、魔族の適性は何も魔法だけじゃねえ。身体能力だって、ただの人間と比べりゃあ月とすっぽんだ。人間で言う天才ってのが、魔族の標準。それが普通の人間よりも長い寿命を活かして鍛錬を続ければ。
『おらあっ!』
「ぐあっ!」
刀の一振りで、まともに受けた人間の体を吹き飛ばすことも出来るようになった。この実力を買われて、大将なんてもんに任命されたが、正直、性にあわねえ。
だってよお。
「ふっ、はっ!」
『くひひっ。』
俺はこうして戦ってる方が、何倍も楽しめるんだからよ。
『おらおらぁ!』
「つっ。くっ。」
次第に戦況は俺が有利になった。俺も敵も両方浅い傷を負ったが、数で言えば奴の方が多い。体力も落ちてきたのか、動きも鈍くなってきやがった。
『大将、魔法です!』
『魔法をお使いください!』
『っるせえ!』
後方の味方から魔法を使うことを進言されるが、即座に却下する。今、魔法を使っちまえば、簡単にこの殺し合いは終わるだろう。だが、俺にはそんな無粋な真似はできねえ。
「くっ、たあっ!」
『くひひっ。』
俺が攻撃を出す毎に、奴は対応を上手くする。体力が段違いに残っている俺相手に食らいつこうとしているんだ。こんな楽しい戦いを、魔法なんてもので終わらせるにはとても惜しい。
「ふーっ、ふーっ。」
『くひっ。ひひっ。』
どう見ても奴の体力は限界だった。次の攻撃で、きっとこの死合は終わる。それが残念でならなかった。
最後の攻撃だ。奴も決死の覚悟で攻め込んでくる。狙うとするならば、一発逆転の胴体か首だな。それを受け流して止めだ。予想はついた。
「はあああっ!」
『来たなっ!』
横ないし斜めに入ってくると予想した剣閃は、俺の剣に触れなかった。代わりに宙を舞う俺の左腕。奴の剣閃は縦。剣を受けるために構えた腕を下から狙ってきたのだ。どうにか右腕に到達する前には剣を弾いたが。
油断した。油断した油断した油断した。
『ああああぁぁ!』
「なっ!」
肩の熱い痛みと共に、俺の体から熱風が飛び出した。剣を振り抜き俺に半身で背中を向けていた奴はそれをもろに受け、そのあまりの熱に意識を失った。
『ちっ、くしょおおお!』
感覚の無い肩口から先。痛みばかりが脳に回ってくる。しかしそれよりも強い後悔の念。
奴の攻撃は決死の覚悟だった。攻撃の後のことなど少しも考えていない。だからこそ、最後に背中を見せていた。そこを斬る方法などいくらでもあったはずだ。だというのに俺は。
『魔法を、使っちまった...』
剣と剣の文字通りの真剣勝負に、魔法なんてものを使っちまった。それが悔しくて、情けなくて仕方がなかった。
『た、大将!』
『なんだ! 今じゃなきゃだめなのか!』
もう少し感傷に浸りたい気分だった。無粋に邪魔をするやつなど切って捨ててやりたいほどに。
『巫女姫様が倒れました!』
『なんだと?!』
そうも言っていられない用件が、仲間の口から出た。そうなってしまえば、進軍など続けてはいられない。巫女姫様が倒れたということは、竜の制御が効かなくなったということだ。今頃、島では制御を失った竜が暴れていることだろう。
『全軍撤退! 速やかに船に戻れ! 繰り返す! 全軍撤退!』
痛む肩など放置し、滴る血液さえも無視して声を張り上げた。無様に背中を向けて走り去る仲間たちだが、追い討ちをかけるような人間はこの国にいない。
『次は必ずぶっ殺してやるからな...!』
俺の魔法を食らっても尚、上下する胸に向かって捨て台詞のように言い放った。
そこからは見事な撤収劇だった。船に辿り着いたときには日も暮れ、怪物共が寝静まる時間。これ幸いとばかりに島へ全速前進。
倒れた巫女姫様は、船内で容態が急変。そのまま帰らぬ人となった。これにより、ますます船内の状況は混乱。帰ったところで故郷が更地になっているかもしれないのだ。無理もない。
『落ち着け、貴様ら!』
『ですが大将! 我々にはもう!』
『まだ新しい巫女姫様が残っているだろうが!』
『あんな年若い小娘にいったい何が出来るのですか!』
『口を慎め! 今は祈るしかねえ!』
船内の沈静化を図ったが、それは上手くいかなかった。そして、混乱のさなか、島へ辿り着き。
『何も、起こっていないだと?』
島の姿は平穏無事。火の手も上がっていなければ、崩れた建物も無い。どうなっていやがる。
『アゴンっ! 私、やりました!』
『次期巫女姫様。やったってのは、何を?』
『竜を従えたのです!』
船員の肩の力がどっと抜けた。その場にへたり込む者までいる。
『よかった...』
お読みいただきありがとうごさいます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




