144話 練磨
『よし、行くぞ。』
アゴンさんの掛け声で、トレーニングが始まる。まずは一対一。アゴンさんのパワフルな攻めをどうにか捌いていく。
『ほっ、よっ。』
まともに受けていては腕がもたないので、受け流すことを重視。初めの頃は上手く受け流すことができず、鍛錬終わりには手をビリビリと痺れさせていたものだ。だが、今は違う。
「ふっ、はっ。」
決して剣を直交させず、常に傾けて受け流す。しかし、アゴンさんは強い。受け流されることを予想していて、動きに無駄が無いのだ。
それでいて体力も無尽蔵。僕の息が切れ始めても、アゴンさんの息は整ったまま。攻めにも隙が出来ない。
『そろそろか。』
「ここっ!」
そして、疲労により僕の集中力が低下してきた頃合を見計らって、アゴンさんはわざと隙を作る。そこを突けなければ、手痛い反撃が待っているため、死にものぐるいで剣を振るう。
『よし、合格。』
「はあ、はあ、ありがとうございました。」
「次は拙者でござるな。」
アゴンさんが稔の相手をしている間、僕は体づくりのトレーニング。朝のこの時間は、休むことなどしない。
「お兄ちゃん、やるようになったね。」
「そうだろう。」
先日までは、反応が遅く、攻めが中途半端で隙が大きかった。そこを思いっきり叩かれ、しばらく動けなくされたものだ。
「最後の反撃、出来るようになってたし。」
「一週間前より反応が早くなったからな。」
それを回避するために攻めを磨いた。それがこの一週間。アゴンさんは教育が上手い。少々手荒な方法ではあるが、きちんと生徒を成長させてくれる。
「稔君も強くなってるよね。」
「ああ。どんどん動きが速くなっている。それでいて隙が無い。」
もともと稔は隙が少ないスタイルだった。それが速さまで手に入れたのだ。強くならないわけがない。僕よりも洗練された動きだ。
「ほえー、まだ速くなるんだ。お兄ちゃんも凄かったけど、稔君も凄いね。」
速さだけならば僕も負けていない。だが、稔は攻撃の際の隙が少ない。僕が師匠に追いつくためには、そこを直す必要がある。アゴンさんもそれが分かっているから、僕にあんな修業を課すのだ。
『よし、次は二人がかりで来い。』
「はい。」
「頑張って、お兄ちゃん。」
妹の応援を背に受けて、稔と並び立ち、アゴンさんと向かい合う。片腕だというのに隙が全く見当たらない。二人がかりでようやく本気を出してくれているのだ。
「はっ!」
先に動いたのは僕。自慢の瞬発力で攻めに入る。初撃は躱されるものの、反撃は食らわない。それを回避する練習は、アゴンさんと出会う前、稔師匠と行っていた。もちろん、二本目の木刀は使っていない。
「ふっ。ふんっ。」
「はっ。つっ。」
『くくっ。』
激しい攻防が続く。僕がメインで攻めている分、稔よりも体力の消費が厳しい。よって隙が出来てしまい、そこを攻められるが、稔がカバーする。ここで僕と稔の攻守交代だ。
「ふっ。」
「はあっ!」
『くひひっ。』
アゴンさんは本気で戦うときだけ、こうして笑う。狂気に満ちた不気味な微笑。まるで戦いに取り憑かれているように見える。
二百年余り剣を振るっていれば、こんなふうになってしまうものなのだろうか。
「はあああっ!」
そんな思考をしているうちに、稔が本気の攻めに入った。アゴンさんの体が防御のために、動きを止める。となれば、やることは一つ。
「せやあっ!」
『くはははっ!』
背後からの挟撃。それすらもアゴンさんは躱して見せることは分かっている。だから、成長した僕は背後からの一撃に満足せず、連撃を繰り出す。
『くっ、はっ!』
さすがに体勢が厳しいのか、受けはするものの苦悶の声を漏らす。あと少し、あと少しで押し切れる。もう少しだけでも良いから速くっ。
「はあっ!」
そこへ稔の一撃が重なった。これにはアゴンさんも堪らず。
『らああっ!』
全身から波動を出した。
「ぐあっ!」
「くっ!」
僕達二人はそれに吹き飛ばされ、みっともなく地面を転げ回る。火傷こそしていないが、波動を受けた場所が熱くなっている。
波動かのように見えたそれは、人体を吹き飛ばすほどの重みを持った熱風だったのだ。
『はあっ、はあっ。またやっちまったか。』
「い、今のはっ。」
「魔法?」
そう、アゴンさんは魔法を使ったのだ。僕と稔はその光景を初めて見た。魔族であっても、僕達のように魔法を使えない人がおり、それがアゴンさんなのだと思い込んでいた。
「アゴンさん、魔法が使えたんですか?」
『ああ、まあな。二十年前に封印したはずだったんだが。』
「となると、原因は稔の師匠ですか。」
『ご名答だ。』
アゴンさんは、今日の鍛錬は終わりだと告げ、その場にどっかりと座り込んだ。大きなため息と共に。
「アゴンさん、大丈夫ですか?」
『問題ねぇよ。ただ、ちょっとな。』
「話くらいなら聞くよ。お兄ちゃんがお世話になってるんだから。はい、お水。」
四包も近寄ってきて、アゴンさんに水を手渡す。アゴンさんはそれを一気に呷って、『ぷはあっ。』とお決まりの台詞を吐いた。
『なら聞いてもらおうか。また封印するためにな。』
忘れもしねえ、二十年前のあの日。俺たちの国は、安寧の地を求めて、奴らが寝静まる夜の海へと旅立った。
見つかれば最後、堅牢な鱗を持つ奴らには、剣も魔法も通用しねえ。為す術もなく蹂躙される。だからこそ、安定して居住できる場所を求めているのだ。
『物音に注意を払え。何かあればすぐに報告しろ。俺たちは巫女姫様を失うわけにはいかねえ。いいな。』
『『『はっ。』』』
年老いた巫女姫様を連れて、島を出る。後継者となる巫女姫見習いはいるが、まだ青い。それ故に、まだ俺たちが今代の巫女姫様を失うわけにはいかねえ。
『無理を言って申し訳ねえ、巫女姫様。』
『よい、アゴン。これが私の役目じゃ。』
老体に鞭打ってまで同行してもらってんのは、侵略した先にいるかもしれねえ脅威への対応のためだ。巫女姫様が操る竜さえいれば、怖いものなんてねえ。
俺の役目は、突入部隊の総大将だ。敵がいた場合の戦力の把握が主な役割だが、対象によっちゃあ俺たちだけでの対応でも良い。
『というよか、俺たちだけで終わらせてえところだな。』
巫女姫様には無理を言って来てもらってる状況だ。これ以上の負担はかけられねえ。ただでさえ民を纏めるのに苦労してるみてえだってのによ。
『大将、見えてきました。陸地です。』
『ああ、わかった。錨を下ろせ。上陸は明日だ。今日はもう眠れ。』
『はっ。』
まだ月は真上。船内で就寝後、日が昇ってから探索に入る。海中の安全は小船で確認済みだ。今日のところは荒事にはならないだろう。ゆっくり休んで明日に備えるべきだ。
そして、次の日。この日も晴れて、絶好の探索日和だった。だが、上陸予定地の海岸には、こちらへ敵意を向ける人間たち。
『総員、突撃!』
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