142話 廃業
「どうにかなるか。」
そう思っていたのだが。いや実際、耕司さんに頼めば教員の方は見つかったので、そこは良かったのだが。
「不公平だ!」
「そうだそうだ! どうして奴らに!」
こういったふうに、開校を決めたあの一週間前から、僕達の判断に対する抗議が起こっているというわけだ。どうして戦敗国である向こうだけ優遇し、学校を建てるのかと。こういった場合、融和を図るためだという言い訳は不興を買うだろう。
「彼らは納めるものを納めていますから。」
こういった言い方をすることで、義務も無いのに、払っていないことが悪いことのように感じさせることができる。はずだ。
「彼らが出した資本を元に、仕事を発注しています。ですが、こちらではいただいていません。ですから、作ろうにも作れないのです。」
「む...そ、そうか。」
本当は、納めてもらったものをこちらで使うということをすれば、全く問題は無く学校を作ることができる。彼らは事実上服従状態。生活保障さえあるが、納めてもらったものはどう使おうがこちらの国の自由だ。
だが、それでは少し僕の理想に反する。僕は、国民に差別を覚えて欲しくない。あくまで彼らは対等だという形を装いたいのだ。
「なら、俺たちも納めたらいいんだな?」
「そうですね。そうなります。」
しかし、彼らにそんな余裕があっただろうか。元敵国の彼らは、出さなければそこを追い出されるからなんとか出している状態だが、その生活に余裕は無い。日々生きるのが精一杯という状況だ。
「なら署名だ。出資者を募る。」
「出来るんですか?」
「未来の若者のためだからな。」
こんな爽やかな笑顔で言われてしまうと、騙しているような気分がして嫌だ。彼らが損をする必要は無いと思ってしまう。ここはある程度、僕も自腹を切ろう。
「僕も署名します。」
「国王さんが?」
「はい。僕だって、若者の未来は大切にしたいですから。」
元敵国の彼らから徴収した税を使わない時点で、この国の人からすれば偽善者なのだが、やらないよりは良いと思う。騙されやすい彼らも悪いのだ。
「あれ?」
「どうした、四包。」
「橘さん。何してるんだろ? 箱みたいなのを運んでるけど。」
「...そうだな。」
「あ、ダジャレじゃないよ?」
「わかっている。」
わざとでないことはわかっていたのだが、つい引っかかってしまった。無難にスルーできる紳士を目指さなければ。
「何をしているんですか?」
「はい、今荷造りを...国王様方。」
「お堅い呼び方は止めてよ。」
「わかりました。海胴さん、四包さん。」
名乗った覚えはあるが、まさかひと月も前のことを覚えてくれているとは。僕達だって覚えていたし、そう珍しいことではないのかもしれないが。
「それで、荷造りというのは?」
「はい。今まで営業してきました橘宝石店ですが、この度閉店することとなりました。」
「え?」
表情一つ変えずに淡々と告げた内容は、僕達を驚かせるのに十分だった。荷造りと言うくらいだからそうかもしれないとは思ったが、あまりにあっさりとしすぎている。
「悲しくないの?」
「悲しくないと言えば嘘になりますが、前々からわかっていたことです。こんなご時世に宝石などは売れません。」
言っていて悲しくなりそうな台詞だが、腹は括っていると言わんばかりに、悲哀の感情を顔に出さない。
「お兄ちゃん、どうにかならない?」
「いくら国王とはいえ、僕達は所詮個人だ。店の経営を支えるほどの出資を続けることはできない。」
「どうか、お構いなく。せっかく決めた覚悟を揺らがせないでくださいませ。」
「そう...じゃあさ、これからどうするの?」
「幸いなことに、店は残っていますから。農業でもしようかと思っています。」
「なら、うちで働かない?」
四包は唐突にそんなことを言い出した。これには橘さんも面食らっている。僕だって驚いたが、顔には出ていないだろう。
「稔君一人だと心配だから。ね、お兄ちゃん。」
「ああ、そうだな。あいつなら何か粗相をしかねない。」
四包の意図は不明だが、とにかく乗っかっておくことにした。四包はそれを望んでいるだろうから。それに、稔一人では不安というのは本当だ。
「橘さんは接客が上手だから、いてくれると安心なんだけど。」
「そういうことでしたら、お世話になります。」
「はい。よろしくお願いします。」
早速明日から、働いてもらうこととなった。報酬は稔と分割ということで、少なくなるかもしれないということは了承してもらっている。だがしかし。
「それでは、面接を始めます。」
「よろしくお願いします。」
また始まった。採用が確定している人に対する嫌がらせとも言える面接が。四包の我儘にも冷静に対処してくれる橘さんが、稔とは大違いで少し面白い。
「名前と年齢、経歴を教えてください。」
「はい。名は橘。三十九歳です。中央大学校を卒業し、自身の店舗、橘宝石店を立ち上げましたが、つい先程廃業となりました。」
「御愁傷様です。」
実年齢よりだいぶ若く見える。ともすれば二十代後半としても通りそうなほどだ。店の評判にも繋がるレベルの美人さんだと言える。
「家族構成は。」
「両親がおりましたが、母は二十年前の襲撃で死に、父はこの度の戦争で亡くなりました。」
「ごめんなさい。悪いことを聞いちゃったね。」
「構いません。もう十数年会っていませんでしたから。」
またもや悲しげな表情をおくびにも出さず、淡々と言葉を告げる。
「そして妹がいますが、同じく十数年会っていません。」
「そうなんだ...」
こうして、質問をすればするほど暗い雰囲気になる面接が終わった。落ち込んだ四包を慰めつつ屋敷に戻り、団欒の時間となる。
「で、どうしたんだ、四包。」
「どうって?」
「どうして急に橘さんに勧誘をしたんだ?」
「あー、お兄ちゃんは...気づくわけないか。」
癪に障る言い方だが、気づかなかったものは仕方がない。もしかすると、橘さんが装っていた無表情から何かを読み取ったのだろうか。
「橘さんね、すっごく悲しそうな顔をしてた。」
「そうなのか。」
当たりだ。僕の生まれつきで強固な無表情すら読み取ってしまう四包には、作り物の能面を見破ることなど容易いということか。僕のせいでとんだ特技を習得してしまったらしい。
「だからさ、少しでも元気づけてあげられたらいいなって。」
「優しいな、四包は。自慢の妹だ。」
「そんな急に褒めないでよ恥ずかしい。」
赤くなってそっぽを向く四包。いつ見てもその仕草は可愛らしい。だが同時に、少し心配でもある。いつまでも子どもっぽさが抜けきっていないのだ。
「お兄ちゃん、先にお風呂入るね。」
「ああ。」
洗濯や料理など、いろいろと仕込み始めて、花嫁修業は順調と言って良い。しかし、僕のことはいつまでもお兄ちゃん呼びで、時々べったりと甘えてくることもある。
「どうしたものか。」
今までは、唯一の家族だからと大目に見ていたが、そういうわけにもいかなくなってきた。この世界に来てから、元の世界の田舎と違い、たくさんの人と出会っている。その中にはきっと、四包のお眼鏡に叶う人だっているはずだ。
そんな人が現れても尚、いつまでも僕に引っ付いているわけにはいかないだろう。
「たまには別々の仕事に...いやしかし...」
平和を体現したような現代日本ならまだしも、未だ戦争が残るこの物騒な世界で四包を一人にするのは、僕の精神衛生上よろしくない。信頼できる人と一緒なら良いのだが。
「信頼できる人...そうだ。」
良いことを思いついた。明日から、四包には僕とは別の仕事をしてもらおう。信用できるあの人の元で。
「計画開始だ。」
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