140話 聖夜
「またいらっしゃい。待っているわ。」
そう言われたので一週間後の仕事が落ち着いた日、クリスマス当日ではあるけど、お兄ちゃんへのプレゼントを完成させるために出かけることにした。
「いってきます。」
「いってらっしゃい。」
また出かけるという四包を見送る。最近は毎週のように出かけているが、新しい友達でも出来たのだろうか。このあたりの若者人口は少なかったはずだが。
「僕もいってきます。」
「いってらっしゃいでござる。」
「すぐ戻る。」
マフラーは既に完成していて、当日である今日は取りに行くだけでいい。あとは隠し場所を考えるだけだが、取りやすいようにベッドの下なんかが良いだろう。
「こんにちは。」
「ああ、海胴さん。暖かいですね、このまふらーとやらは。」
四包に作っていると、蜜柑さんも作ると言い出したので、教えてあげたのだ。蜜柑さんがしているのは、彼女自身が作ったもの。彼女は編み物の速さで言えば僕以上だ。
「四包さんの分も、包装が終わっています。」
「ありがとうございます。」
この世界では珍しい、色鮮やかな紙で包まれた品を受け取る。年に一度のことなのだからと、代価に糸目をつけなかったが、少しやりすぎた気がしないではない。
「では、僕はこれで。」
「ありがとうございました。」
受け取って早々、屋敷へUターン。今日は四包より遅く帰るわけにはいかないのだ。クリスマスプレゼントのことはまだ秘密にしてある。
「ただいま。」
「おかえりでござる。言葉通り早かったでござるな。」
入ってすぐ周りを見回す。四包はまだ帰ってきていない。計画通りだ。プレゼントをベッドの下に隠すだけで、あとは夜を待つばかり。
寝付きの良い四包が寝静まったことを確認して、枕元へ設置。朝起きたらお手製のマフラーが。という作戦だ。
「しかし、やることをやると暇になるな。」
この世界に来てからというもの、四包抜きでの休みという休みは無かった。「天恵」をしていたときの店番も暇と言えば暇だったが、そこには常に四包がいたのだ。
今は稔がいるが、いくら親友と言えど、家族の気楽さに比べると見劣りしてしまう。
「退屈だな。」
この世界に来てからの自分の無趣味さを実感する。前の世界でなら図書館で本を読み漁るなり何なり出来たのだが、今はそうもいかない。それに準ずるものの存在は、国王という立場にあっても耳にしたことがないのだ。
「いつも四包殿といれば、退屈など感じないのでござろうな。」
「そうだな。四包はいつも、僕を楽しませてくれる。」
「拙者では役不足でござるか?」
「そうだな。」
「少しは否定して欲しいでござるよ!」
憤慨する稔を宥めつつ、これからどうするか考える。出かけようにも、稔は店番でお供がいない。一人きりで昼間の街を歩くというのは寂しいものだ。
「せっかくの休みでござる。ゆっくりしてはどうでござるか?」
「そうは思うんだが、鍛錬のおかげか疲労の回復が早くてな。それに、僕は昼寝が出来ない質なんだ。」
そうして盛り上がらない話を続けていると、コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。四包は扉を叩くことなどしないし、一体誰だろう。
「海胴、稔、久しぶりだね。」
「万穂さん。どうしたんですか、こんなところまで。」
「まあちょっとね。」
万穂さんは後ろ手に持ったものを僕の目の前に差し出した。これは、鉢植えだろうか。土も入っていて、そこからちょこんちょこんと沢山の芽が出ている。
「これは?」
「ほうれん草だよ。この間来た時は、あんまり食べて無いって言ってたじゃないか。それであんたたちにあげるために育ててたんだけどね。」
「徒労に終わったでござるな。」
「急に国王になるなんて思わなかったんだ。ということで、これは就任祝いってことにしといておくれ。」
「ありがとうございます。大切に育てます。」
と言ったものの、国王としての職務がある僕や四包には難しい。もしかすると、稔に丸投げする可能性だってあるのだから、少し心苦しいものだ。
「それじゃあ、渡したからね。」
「どこかへ行くんですか?」
「帰るのさ。ひと月近く経ったと言っても、まだまだやらなきゃいけないことは残ってるからね。あんたも王様、頑張るんだよ。」
「はい。わかっています。四包にも伝えておきます。」
「じゃあね。」
忙しそうに小走りで帰っていく万穂さん。そんな姿を見ていると、休んでいる僕の良心が痛む。何か手伝えることがあるかもしれないのに動かないのは、落ち着かない。
「僕も働きに行こうか。」
「海胴はいつも国中を飛び回って働いているのでござる。たまには休むでござるよ。」
「そうか。」
しかし落ち着かないものは落ち着かない。何かやるべき事、やりたい事はないものか。
「そうだ、料理をしよう。」
「こんな時間からでござるか?」
「少し手の込んだ料理なんだ。」
まずは食塩水を準備する。それを、小麦粉を入れたボウルに回し入れて、手で混ぜる。全体がしっとりとしたそぼろ状になり、黄色っぽくなったら次のステップ。ボウルの中で生地をまとめる。
生地をボウルから出し、テーブルの上で思いっきり体重をかけて捏ねる。前の世界であれば、足で踏んでもよかったのだが、今はラップが無いから不可能だ。
「ふう、ちょっと休憩だ。」
乾燥しないようにしつつ生地をねかせる。このまま30分から一時間ほど放置。その隙に、水、だし、醤油、酒、みりんを混ぜ合わせた、つゆを作っておく。トッピングのネギも切っておこう。
「よし、また作業開始だ。」
生地を押して、三分の一程度が戻るほどの反発になれば、取り出してもう一度捏ねる。そして形を整えて、もう一度、今度は十分から二十分ほどねかせる。
「ただいまー。」
玄関のほうで四包の声がするが、僕は粉まみれで食堂にいるので出迎えてはやれない。二階に往復する足音が聞こえたあと、四包の方から来てくれた。
「ただいま、お兄ちゃん。」
「おかえり。」
「何作ってるの? そんな粉まみれで。」
「当ててみてくれ。」
「パンとか?」
「惜しいな。材料は近い。」
「またパスタ?」
「いや違う。正解は、まあ見ていてくれ。」
そう言って取り出したのは麺棒。それを使って普通に生地を伸ばしていく。そして、今度は麺棒に巻き付けるようにして生地を伸ばしていった。そうすると、だいたい四角い形になる。
それを丁寧に三つ折りにし、端から包丁で1センチ間隔程度に切っていく。
「わかった、うどんだ!」
「正解だ。四包、お湯を沸かしてくれ。たっぷりな。」
「りょーかい!」
十分ほどゆでたら、ザルに上げて水で洗う。その隙に、四包には先程作った出し汁を温めてもらい、そこへ洗った麺を投入。器に分けて、ネギを乗せれば完成だ。
「お待ち遠様。」
「おおー。生地から作ったんだよね?」
「まあな。」
「さすがだね、お兄ちゃん。」
褒められて悪い気はしない。まだ残っていた稔も一緒にうどんを食べることになったが、うどんに関しては情報を持っていたらしい。
稔の驚いた顔が見られなかったのは残念だが、美味しいと言ってくれる二人の笑顔を見ているのは料理人として冥利に尽きる。
「ふぅ、明かり消すね、お兄ちゃん。」
「ああ。」
その晩。僕の心の中は、柄にもなくワクワクしていた。朝起きたときの四包の顔が楽しみで仕方がないのだ。
「四包、寝たか?」
「起きてるよ。どうしたの?」
「いや、なんでもない。」
気持ちが急いてしまっていけない。四包が寝静まるのを待とう。四包のことなのだから、どうせすぐに寝息を立てるに決まっている。
「お兄ちゃん、寝た?」
「起きてるぞ。どうかしたか?」
「なんで起きてるの。」
「四包こそ。」
二人とも眠らないまま、一時間ほどが流れた。おかしい。いつもの四包なら一分とかからずに寝息を立てるはずなのに。
「四包、何か隠してないか?」
「えっ? そっ、そんなことないよお?」
「怪しい。」
ベッドの中でジト目を向けてやると、四包はとても居心地が悪そうな顔をした。
「そ、それを言うならお兄ちゃんだって、隠し事してるでしょ。」
「ぎくっ。」
立場が逆転した。このままでは埒が明かない。
「四包、お互いの秘密を同時に発表しよう。それで平等だ。」
「わかった、じゃあそうしよっか。」
「よし、手を離してくれ。隠し事の種はベッドの下にあるんだ。」
「え、ほんと?」
「ああ。」
なんだか信じられないといった表情で僕の顔を見る四包。何かおかしなことを言っただろうか。
「どうかしたのか?」
「あ、いや、私もベッドの下に用事があって。」
「そうだったのか。」
笑える共通点だ。隠し事はベッドの下にするものだと遺伝子で決まっているのだろうか。
「じゃあいくぞ。」
「せーのっ。」
同時に差し出した手。僕は包装されたマフラーを。四包はお手製だと見られるぬいぐるみ。今まで気づかなかったが、四包が差し出した手には、小さなカサブタが出来ていた。
「手編みのマフラーだ。四包のために作った。」
「手作りのぬいぐるみだよ。私だって、お兄ちゃんのために作ったんだから。」
「「ありがとう。」」
双子らしい、息の合った感謝の言葉にどちらからともなく笑い出した。寒い季節の暗い部屋の中で、明るく温かい笑い声が響いている。
「「メリークリスマス。」」
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