13話 疑問
「この教会、どこかおかしい。」
万穂さんに違和感を感じてから寝るまでの間、この教会と万穂さんについて考え続けた。その結果、いくつかの疑問が生じた。
一つ目。僕達兄妹は朝起きてから、晩ご飯の後で各自が部屋に戻り寝るまで大人たちと一緒にいる。それなのに、彼女らが教徒らしく、お祈りをしているところを見たことがない。テオス教のことを詳しく知っているわけではないが、この数日間で、1度もお祈りが無いなんてことがあるのだろうか?前の世界には1日に何度もお祈りをする宗教だってあったのに。
二つ目。子どもたちが魔法を使うところを見たことがない。「過魔素摂取」を発症するのは普通幼児の頃で、それを経験することで、魔素の循環経路が広がり、魔法が使えるようになるという。つまり、子どもたちはほとんど魔法を使えるということになる。どうして魔法を使わないのだろう?
三つ目。二つ目とも関連するが、子どもたちが調理場に入らない。子どもたちの顔を洗うのを大人の役目にするのは不適切だろう。実質、万穂さん1人で朝食を作っている。晩ご飯はその限りではないが。子どもたちに魔法を使わせて、その間、大人たち全員で朝食の支度をすべきだ。調理場になにかあるのだろうか?
「テオス教のことについて教えてもらってもいいですか?」
「ごめんなさい、私は教徒ではないの。孤児院の管理を手伝っているのよ。」
「私も同じです。」
翌朝、食料問題解決の作業の続きをした後、聞き込みを始める。ちなみに、四包はまだ寝ている。梓さんと千代さんは教徒ではないが、住み込みで働いているような状態らしい。
「では、調理場に何か不自然なところはありませんか?」
「んー、特にこれといったことはないわね。」
「あ、万穂さんが子どもたちを中に入れようとしないんです。手伝ってもらえば楽だと思うんですけどね。」
調理場の中には何もないようだが、万穂さんが怪しい。どうして子どもたちを中に入れないんだ?
「私も調理場に違和感はありませんが、テオス教について、少しは知っていますよ。」
聞き込みをしていると、柑那さんがタイミング良く現れる。丁度いい、テオス教のことを教えてもらおう。ちなみに、柑那さんも教徒ではないらしい。案外、小さな宗教なのかもしれないな。
曰く、テオス教は知っての通り、女神「繋」を信仰の対象とする。
なんでもその女神様は実在していたそうで、牛の糞から作る肥料などはその女神様が齎したらしい。そのため、向日葵区画のような農業が盛んな土地では、豊穣の神として崇められることもあるとか。誰にでも非常に優しく接し、幸福を分け与えたことから、専ら慈愛の神として捉えられるのだそう。
聖典と呼ばれるようなものはなく、ただ一言、「思い遣りを大切に。」だそうだ。
お祈りのようなものは基本的にない。だが、向日葵区画の信者は、収穫の直前に1分ほど黙祷をし、繋様に感謝を伝えるという。
「あれ?そういえば万穂さんが黙祷しているところなんて見たことないような。」
「確かにそんな気がするわね。」
「どうでしたかね?」
おや?万穂さんはテオス教徒ではないのか?
いや、自らをテオス教徒だと言っていたはずだ。まあ、教徒じゃなかったとしてどう、という訳では無いのだが。
万穂さんがこちらへ歩いてくる。確たる証拠もないのにわざわざ疑ってかかる必要もないだろう。テオス教徒かどうかは今は保留しておく。
「あんたたち、何の話だい?」
「あ、いえ。もう朝ごはんですか?」
「ああ、できてるよ。早く来な。」
四包を起こすときにほっぺたを舐められて、また顔を洗う羽目になった。僕は飴じゃない。
僕達全員が食堂の椅子に座ったのを確認して、万穂さんは話し始める。
「今日は収穫だよ!千代以外の大人たちはは手伝っておくれ。千代と子どもたちは教会で収穫祭の準備だ!」
これだ。収穫に参加して万穂さんが黙祷するかどうか。これでテオス教徒かわかる。
「僕達も収穫に参加してもいいですか?」
「ん?うーん、まあ、あんたたちならいいだろう。」
僕達なら、というのが気になるが、許可はもらった。これで疑問を解消できる。ところで、収穫祭というのは、教会が主催する豊穣を祝うお祭りで、この辺りの人々と一緒に採れたて素材の料理を食べ、ただただ騒ぐというものらしい。毎年、個人での出し物なんかもあり、結構盛り上がるそうだ。
「お兄ちゃん、収穫祭楽しみだね。」
「そうだな。」
万穂さんのことで上の空になりながら答える。すると、四包が服の袖をぐいっと引っ張ってきた。思わず顔を向けると、頬を膨らませた四包の顔が目に映る。くそっ、可愛いじゃないか。こんな表情が可愛いと思える人なんてそういないぞ。
「お兄ちゃん!聞いてるの?」
「ごめんごめん、ちょっと四包が可愛くて。」
「か、かわいいっ?!」
おっと、つい本音が。真っ赤に縮こまった四包の手を取り、歩き出す。たしかに、折角の収穫祭だ。楽しまなければ。
「行こうか、四包。」
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